海浜に眠る残月
英国詩人のかび臭い詩を脳裏に浮かべながら、せんべい布団の上で寝返りをうつ。いつ洗ったかも分からないシーツが首筋に引っ付いてきた。いいかげん小屋にこもる熱気にウンザリしてきたので、寝巻のままボロ靴つっかけ外へ。
あてどなく近場の海に来てみた。風があるだけ屋内よりはマシだが、潮風は俺を労ってくれないようだ。どうせ帰っても寝付けないので、浜辺を歩いてみる。そこでは打ち寄せられた藻が線となり、白と黒の境目を強調していた。白い砂は跳ねるから嫌いだ。藻の円弧内の海が撫でた所こそ、俺の道。
対岸に混在している工場は煌々たる輝きを放っていて、数キロ先なのに甲高い音を立てている。まるで不夜城だ。あらゆるものが人工的で機能的かつ合理的。俺の勤務先も絶賛稼働中ですよっと。こりゃ、詩の一つでも読みたくなるね。
ボロボロの俺の詩集たちを思い出してみる。湿っぽい島国の母なる海に相応しい詩は、ブレイク、キーツ、イェイツ、リルケ、山頭火(詩人か?)、白秋、修司……でも、やっぱ海なら……いや、どうでもいいか。
濡れ砂に足を取られながら進むと、透明な――月があった。こんなうらびれた砂浜でたった一匹か。寂しいヤツだ。地上の光に魅せられでもしたのかね。
水中でたゆたう姿は優雅だが、陸にうちあげられりゃ自重でだらしなく広がってるだけか。みっともねえ。俺の腹と一緒だな。
お、そうだ。コイツをスマホで撮ってやろうか。んでネットに上げて、みんなに『いいね!』されちゃって。……けっ、んなもんいらねえよ。青い鳥なんざ、俺はとっくにぶっ殺してやったぜ。
たしか今日は大潮だったな。『月も浮かばぬ今宵には、新月が浜辺で我を待つ』っと。はっ、ど素人丸出しの退屈な詩だ。こりゃ、箸にも棒にも陰毛にもかかりゃしねえ。
「ふっ、へっ、せっ」
ちっ、笑い方も忘れた……声が出ねえ。今日も誰とも話さなかったからな。短い夏休みだった。振り返ってみても何もない。年末年始と同じだ。『よい一年を~』なんて上っ面の台詞、聞きたくも言いたくもねえ。どうせあったかい鍋を一緒につつくような女もいねえし。アイツ、木耳の白湯が好きだったな……くだらねえ昔の話だ。今じゃ毎年、寒い部屋で缶ビール飲んで、センちゃんコイテ寝るだけ。それが至高の年始。
暗黒の海は、すべてが無だ。鋼鉄の稲光すら表面を撫でるだけ。
金属が擦れ合って耳をつんざく音がする。クソ工場が頭の中まで侵食して、俺を機械にしやがるんだ。声を奪って、言葉を潰して、詩を殺す。
ランボーはお天道さんと青海原の混じる中に永遠を見い出した……けっ、太陽なんか昇ってこないで、永遠にこのままでいいのによ。明日なんか来なけりゃいいんだ。
俺、誰にも見つからない深海魚になりてえや。あ、お前は深海にいれないか。水圧で潰れるもんな。そんなよわっちい体じゃ、すぐに負けるだろ。圧によ。
せめてツガイなら有終の美を飾れたもんだったろうに。そんなとこまで俺に似るなよ。寂しい野郎だ。お前はオスか? メスか? 雌雄同体だっけか? どうでもいいけどよ。
どうにも張りがねえ。水分不足は熱射病の元ですよっと。ほら、飲め(?)よ、海水。あ、わりい。砂もかかった。くそ、靴の中ジャリった。
やるだけ無駄だな。どうせ朝になったら乾いて死んでら。何でも刺すお前は、誰にも助けられないからな。変に魔が差して手を出したら、刺してくるんだろ? そんなのゴメンだ。なんの義理もねえし、帰るか。
お前に近寄ってみたのは、なんとはなしの気まぐれだった。あばよ。
おほっ! ガキが物陰でヤってやがる! これぞ夏の風物詩だ。おっしゃあ、最高の土産だぜ。速攻で脳にインプット!
やつらが一仕事終わった後に、波のせせらぎが聞こえた。飛沫でいいから、アイツの渇きを癒してやってくれ。けっ、誰に頼んでんだか。
今日もくそツマンネエ仕事が始まる。毎日毎日、きっと死ぬまでだ。
一向に時間が経過しないライン仕事の退屈しのぎに詩でも練ってみるけど一時間経ったか?ブヨブヨの脳ミソには落書き未満の代物しか浮かんでこねえまだ五分だ何かが頭に巣食ってる気がする吐き気がする十分も経ってねえ永遠を見つけた――どこに? コンベアとプラスチックの狭間に――労働と休日のあいだにもだ、クソったれ。
休み時間になってアイデアをメモ書きし、落胆する。いつもこうだ。実体は伴えば伴うほど、理想とかけ離れていく。俺が書きたいのはこんなんじゃなかったんだ。これはゴミだ。ここの製造品と同じだ。下請けの下請け。模造の模倣品。最後はオモチャにもなりゃしねえ。
ま、クズな俺には相応しいか。萎んでいくアイツと大差ないな。