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魔王城へようこそ!~良い天気なので死ぬのは勿体無い~

 勧善懲悪という言葉を知ってるだろうか?

 知ってたとしても説明しよう。

 勧善懲悪とは物語の一つ。善を勧め、悪を懲らしめる形式。

 因みに勧善懲悪を略すると勧懲(かんちょう)とも略すらしいが「この物語って勧懲(かんちょう)だよなー!」等と友人に言っても絶対に浣腸(かんちょう)と勘違いされるか「勧善懲悪を略したの? 意識高いな」と小馬鹿にされる気がするので普通に勧善懲悪と言おう。


 なぜ、そんな言葉の事を説明したかと言うと、私は魔王だからだ。

 話せば長くなるが、私は昔、元日本人で異世界に転移した冒険者だったが仲間に殺されて気付けば魔王に転生してたという感じだ。勧善懲悪と違ってこういう話は略した方が良いだろう。作者の指が腱鞘炎になる可能性を考慮してあげるのも魔王の務めだと私は思う。


 魔王と勇者。

 これは解り易い程の勧善懲悪の物語だ。

 魔王と勇者と聞くだけで魔王側の敗北で終わるのが目に見えてしまう。

 もしくは、魔王が勇者に恋をして脱税……いや、なんでもない。


 要は魔王が悪と決め付けるのは良くないという事を私は言いたいのだ。

 なんせ、今では私が異世界の魔王の一人だ。勇者とか来られてまた殺されてもなにも面白くない。

 それに最近の勇者はチートやら無敵やらスマートフォン……は違うか?何でも良い。何でも良いが、様々な能力を持ってる事が非常に多いと聞く。


 ――勝てませんって。


 こちらと魔王になってまだ一年程経過したぐらいの新米魔王だ。

 他の地域を収める魔王に魔王のいろはを教えてもらってるぐらいに何も知らない。


 だと言うのに……。


 「魔王!」


 一人の女性が私の前に現れたのだ。

 もう見るからに勇者と言った感じの女。

 歳は見た限り随分若そうだし、人間だった頃の私なら一発で惚れてるぐらいに可愛い。童貞だったしね?いや、今も童貞なんですけどね?魔王と名乗ってるとはいえ、まだ子どもなんですよ……。


 「どちら様だ」


 「こ、子ども!? も、もしかして……子どもに化けて僕の殺る気を削ぐつもりだな!?」


 普通に怖いから殺るとか言わないで欲しいし、後、自分の目で見た現実をしっかりと受け止めて欲しい。何でも良いけど、私の部下たちはどこに行ったのだろう?なぜこうもあっさりと勇者の侵入を許したのだろうか……。悲鳴とか魔力の反応とかは一切聞こえなかったし、感じれなかった。僕っ娘勇者も傷一つ、汚れ一つもない。仮にも魔王城だし……他の魔族や魔物も居るはずなのだが……。


 「私の配下を知りませんか? ここに来る途中でお会いしませんでしたか?」

 

 「僕もそれを不思議に思ってたんだ。魔王の城だと言うのに魔族も魔物も一匹たりとも居ない……何かの策略かい、魔王」


 ――ふむ……。


 居ないはずはない。

 記憶してるだけでも百に近い魔族と魔物がこの魔王城には居る。

 

 まさか……と思い私は両手を叩き、側近の魔術師(リッチ)を呼んだ。

 秒も待たずに魔術師(リッチ)は私の玉座の直ぐ横に黒い(もや)と共に現れ、僕っ娘勇者を驚かせた。


 「やっぱり……!」


 何がやっぱりなのか私はさっぱりだよ。


 「どうして他の魔族や魔物が居ないのですか? 教えてください、魔術師(リッチ)


 「はッ……――魔王様。そこの娘は勇者で御座います」


 「うん」


 「あの勇者の肉体は未熟です」


 「そうだね、身体は未熟だよね。主に胸とかお尻とか女性としての成長がどんまいと言わざる負えないけど成長期だろうからまだまだ大きくなる可能性はあると私は思うよ? 最悪、顔は相当良いから身体はあれでもいけるんじゃない。寧ろ、そっちの方が需要ありそう」


 「ぶっ殺すぞ」


 「魔王様。勇者を刺激しないでください。然しながら勇者を前にしてその何時もと変わらないデリカシーとかをわざと溝に捨ててそうな物言い、恐れ入ります。我もあの勇者はちっぱいのままで良いと思います」


 「おい、不死者おい。もっかい死ね?」


 「然しながら、あのちっぱい勇者は剣技は剣聖の域を達しております。そして魔力も我を越える程でしょう――はっきり言いましょう。あれはゴリラです。故に魔王様の他の配下は皆、あのちっぱい勇者を恐れて自分の部屋に居ります。スライム防衛隊長からの言伝を此処で一つ――……魔王様、頑張ってください!との事です」


 「う、うん」


 頑張るとかそういう問題じゃない。

 相手が普通のゴリラなら問題ないのだが、残念な事に目の前のちっぱい僕っゴリラは人間の知性を持ち、剣まで扱えて、最上級の階位魔法を行使する魔術師(リッチ)よりも魔力が高いと来てる。単純であるが故に強い。小手先など不必要なほどの実力を有しているシン・ゴリラ。


 まともに戦えば絶対に勝てない。

 私は自慢ではないが魔王の中では相当弱い。

 子どもなので仕方ない事だが、未成熟過ぎるこの身体では魔法も剣も満足に扱えないのに対してあの少女は神に愛され過ぎてる所為でそういう当たり前を超越してしまってる。


 「と言う訳で我も怖いので失礼します」


 と言って魔術師(リッチ)は消えていった。

 魔王を身体を張って守るとかそういうのはないのだろうか?


 「――……人望ないね。僕から逃げた配下に対して怒らないの?」


 「ない事もないと思ってはいますが、勇者相手では仕方ありません。怖いものは怖い。人間も同じでしょう? 皆、自分と違うから他人を怖がり、人間と違うから魔族を怖がる。私は勇者ではないから貴女が怖い。当たり前の事です。故に彼らを責める事は出来ません」


 「哲学的だ!――もう一度確認するけど、魔王なんだよね?」


 「はい。私が魔王です」


 配下に対して怒る事はないが、配下を守らなければならない立場なので下手に嘘を吐かずに勇者の問いに対して偽りなく答えておく事にした。


 勇者はその返事を聞いて剣先を此方に向ける。

 頭蓋の内を恐怖が撫でる。ぞくりと背中を震わしてしまう。勇者とは魔族に対する死だ。それが今、自分を標的にしている。


 ――どうしたものかな……。

 

 もう一度死んで転生出来る可能性はほぼ無いと思った方が良いだろうし……無駄に命を散らしても意味はない。いや、意味はあるが、私自身に意味がない。私が此処で死ねば配下の魔族や魔物は勇者からは守れるがこの無慈悲な世界から守る事が出来ない。


 魔王である私に付き従う配下の魔族、魔物は私の財産だ。

 何もない、私の大切な財に他ならない。それを守るのは他の誰でもなく私自身でなくてはならない。


 私にはその責務がある。

 それを放棄して逃げ出せる程、子どもではない。


 ――やるだけやってみよう。


 無謀だとわかっている。

 無理だと知っている。それでも、何もせずに死を受け入れられる程私は死に慣れていない。

 あの痛みも、苦しみも、辛さも、絶望も、二度と味わう事はしたくない。


 「仕方ない……勇者よ、私が相手をしましょう」


 「そうだね。言っておくけど、僕は……強いよ」


 「そのようですね。あぁ、そうだ。出口はわかりますか? 私を倒した後、無駄に魔王城を彷徨かれても困りますので一応教えておきましょう」


 「う、うん?……そ、そうだね?」


 「この城は広いので――勇者は正門から入られたのでしょうが、実はこちらに隠し通路がありましてね、外に直ぐ出られるようになってます。私の身にどうしようもない危機が迫った場合、その通路から逃げる事になってたのですが……」


 今となっては無駄な通路だった。

 

 「……その通路から逃げればよかったんじゃないの?」

 

 「そう思うのは間違いではありません。ですが、残念な事に勇者の到来にビビりすぎて皆、自分の部屋に逃げて誰も報告に来なかったので私が貴女を知った時点で時既に遅しという事ですね」


 「……なんで敬語なの?」


 「怖いから――さ、此方です。案内だけはしておきましょう」


 玉座の裏の床を滑らせ、地下へ通じる階段を晒した後、階段を下り始めた私の後ろを勇者が警戒しながら付いて来た。


 歩いて五分も経たずに勇者と私は隠し通路の出口に到着し、私は後ろに居る勇者へと振り返った。


 「こちらです」


 「――……」


 何故か無言の勇者。

 信用していないのだろうか?それはそれで困るので扉を開け、外に通じてる事を証明した。晴天が私と勇者を迎え、鳥の囀りが響く。穏やかな風が頬を撫でるのが少し擽ったい。死ぬのには勿体無い程の良い天気だ。


 「魔王の事だから騙してるのかと思ったけど……本当に通じてる……」


 やはり疑ってたのか……。

 勇者は扉の外に出て、空を見上げた。

 眩しそうに瞳を細めている。


 ――……。


 そして私は扉を閉め、勝手に外に出た勇者を魔王城から締め出す事に成功した。


 「え? えぇぇっ!?――ちょ、ちょっと! 開けてよ!」


 閉め出された勇者が鉄の扉を外側から叩く。

 その音が隠し通路内に反響している。相手はゴリラだ。鉄の扉ぐらい何とでもなりそうな感じだったので魔法で鉄の扉の強度を上げながら時間稼ぎに返事をする。


 「開けませんよ。怖いのでお帰り下さい。後、扉壊れちゃうので叩かないで……」


 強度を魔法で上げてる最中のはずなのに外側から鉄が凹みはじめている。

 流石にこれは突破されるか?と思ったが、勇者は私の言う通りに叩くのをやめた。


 ――お?……。


 「――わかった。今日は帰るね。天気良いし、死ぬのには少し勿体無いかな」


 死ぬ……。

 もしかしてこの勇者は私が強いと思ってる?

 申し訳ないけど、鉄の扉を素手で凹ませれる程のゴリラじゃないよ?


 だけど……――


 「奇遇ですね。私も今日は死ぬには勿体無いと思いました」


 「そっか。じゃぁ……また明日、だね?」


 「……それは無理でしょうね。明日もきっと良い天気ですから――」


 ――いい感じにまとめた雰囲気あるけど、もう来ないでね、勇者……いや、本当、来ないでね?

 

 扉の外側から足音が聞こえる。

 段々と離れていく足音に安堵し、私はほっと一息吐いた。


 明日も良い天気である事だけを切に願いながら私は隠し通路の道を戻る事にした。

 

 これは勇者と魔王の物語である。

 勧善懲悪もない。魔王と勇者の恋の物語……いや、流石にそれはないな。

 恋をするならもう少し……肉体的に女性らしい勇者の方が良い……。と言うか勇者じゃない、ゴリラじゃない、普通の女性の方がずっとずっと好ましい。


 ――顔は、まぁ、そうだね、好みだったけどね――



 完

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― 新着の感想 ―
[良い点] 魔王の性格、人当たりの良さが好きです。輪廻転生の前世の記憶を持っているならば、前世自分が勇者だった事を話してみればよかったのに。あ、相手がゴリラならば信じてくれないか(笑) [気になる点]…
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