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《主人公》ハルと機能不全の世界群  作者: 渡雀
第1章 雨と落下と主人公
5/6

5話 これからどうしようね

「ヨガメノキミは善の神。

 ってことはさ、悪い神もいるの?」

「いる。

 アガメノキミ、善嫌う、嘘広める。

 嘘と悪許さないヨガメと裏と表、背中合わせ、対の神」


 鬼族の神の名を教わりながら、私とカサラギは手を繋いで白い靄の中を歩いている。

 いつまでも沼地(ここ)にいるわけにはいかないしね。

 と言うものの、どっちに行けばいいかなんて私に分かるわけがない。

 かといって当てずっぽうに進むわけではなく。

 

「向こう、水の匂いする、きれいな水」

 

 と言う風にカサラギの鼻を頼りに歩いていた。

 私にはどこもかしこも土の匂いしかしないんだけど、カサラギにとっては違うらしい。

 歩いているうちに沼は減って、腐臭も消えて足を取られることもなくなった。

 もう、沼地というか精神衛生に良いマイナスイオンたっぷりな森の中って感じ。

 カサラギは機嫌よく繋いだ手をぶんぶんと揺らしている。

 この短時間でずいぶん気を許されたような……?

 

「さっき言ってた……ええと、クラヨってのは?」

「死んだら行く場所、クラガミノキミの世界、アラビの裏側。

 アラビ、この世界、ビダカノキミの世界」


 カサラギが言うにはクラガミノキミは夜の神で、ビダカノキミは昼の神なんだと。

 ところで、鬼族の神って、みんな「ノキミ」って付いてるっぽいんだよね。

 アガメノキミ、ヨガメノキミ、クラガミノキミ、ビダカノキミ、ほらね?

 村の人、っていうか人族の言うところのヒエンジの「ヒ」みたいな尊称的なやつなのかな。

 私には日本語にしか聞こえないからこの世界の文字とか言葉がどうなってるのか知らないけどさ。

 耳で聞く限りの鬼族の固有名詞って日本語に近い響きな気がするんだよね。

 古文とか日本史でこんな感じの名前の人物出てきたじゃん。

 アマテラスオオミカミとかヒカルキミとか。

 カサラギって名前もなんかそんな感じするし。


 クラヨは死んだら行く場所…………って言うけど私はそんなとこに行った覚えないなあ。

 私は別に死後の世界とか信じてるわけじゃないし、神様とかいたらいいなーくらいの認識だったんだけどさ、世界が変われば常識も変わるわけじゃん。

 実際に水神ヒエンジと会ったし、美少年も「常識は通じない」とか何とか言ってたし。

 私は別の世界から来たわけだから、この世界のあの世的な場所には行かないのは分かるよ。

 神様も誰だお前ってなるじゃん。


 うーん、クラヨに行ったって言うならカサラギもやっぱ死ぬには死んだんだよね。

 追い返されたって言うけどどういうことなんだろ。

 生きてて良かったんだけどさ、分かんないよね。

 臨死体験した人の話とかよくあったけど、カサラギは見るからに助かりそうにない怪我だったわけじゃん?

 それが全部キレーに消えちゃってるし、カサラギの口ぶり的には生き返り自体は無いこともなさそうだけど……って聞いてみたら滅多にないことって言ってた。

 神側の手違いとかで死んだら生き返らせてくれることもあるらしいけど、でも基本的に死んだら終わりだって。


「あ」

 

 ふと思い至って足が止まる。

 つられてカサラギも一歩踏み出したところで立ち止まり、首だけくるり振り向かせて私を見上げた。


「……どうしよ、一応言ってたほうがいいのかな」

「どうした、ハル」


 異世界から来た主人公がどうのってやつ。

 私の自覚的には人間なんだけどさ……いやいやフツーの人間は生き返らないよ。

 カサラギは私が一回死んでること知らないみたいだけど、一緒に行動してるうちにまたうっかり死ぬかもしれないじゃん私。

 そりゃあ死ぬ気はないよ痛いのヤダもん。

 って言うかさ、わざわざ「死なない」って強調されたのって、もしかしてめっちゃ死にやすいからじゃないの?

 住人とのコミュニケーションミスったらさっきみたいにサックリ殺られちゃうことあるわけじゃん!?

 これ絶対そのうちまた死ぬやつだよね止めてほしいんだけど!!

 あー、うーん、でもさぁ一応、もしものために伝えとくべきじゃない?

 信じてくれるかわかんないけど、カサラギに嘘はつかないって言ったし。

 死んだのに生き返った、嘘ついた! 人間じゃない! とか言われたくないじゃんだって嫌われたくない。


「カサラギ。ちょっとおかしなこと言うんだけど聞いてくれる?」

「? わかった」

「実はさ、私も一回死んでんだよね。カサラギと同じくらいのタイミングで」

「ハル、カサラギと一緒、追い返された?」

「いや、気付いたら沼にいたから。クラヨとか行ってないし誰とも会っては無いんだけどさ……」

「嘘、ついた?」


 ほらぁー!

 繋いだカサラギの小さな手のひらがぎゅっとして爪が刺さる。

 思ったより爪鋭いよこの子。


「人族も鬼族も生き返り、ない。人族、違う?」

「違う違う嘘はついてないよ。もちろん人間。だけどちょっと特殊というかさ。めんどくさいことになってて。私ね、死なないらしいの」

「とくしゅ……」

「信じてくれないと思うけど、私、泉に落ちてきたでしょ? あの時別の世界からやってきたの」

 

 カサラギはぽかんと私を見上げている。

 そりゃそうだよね、別の世界とか突然そんなの言ったら混乱するよね。

 でも言い方他に分かんなかったんだもん!

 私だってあの金髪碧眼が何を言ってたのかよく分かってないし!

 もう、あの部屋に戻れたらわかんないこと全部聞いてやる!

 それか元の世界に返してもらうもん、帰れないったってなんか方法あるでしょ!

 思い出すと無性に腹が立ってむくれる私とは違って、カサラギはじっと私の目を見ていたかと思うと力を込めていた手を緩めた。

 そして両手で私の両手を包んでおでこに当てる。

 

「……カサラギ、信じる。

 ハル、嘘つかないって言った、ヨガメノキミに誓った。

 嫌な気配しないのわかる。

 ハルが来たからカサラギ助かった、クラヨから帰って来れた、傷も治った。

 今も命、ある。

 ハル、命の恩人」

 

 ふわ、とカサラギが笑って抱きついてきた。

 細っこいのに意外と力強くぎゅっとされて、私は迷子になった両手をそっとカサラギの背中に回す。

 何だろ、めっちゃいい子じゃない?

 私がカサラギの立場だったら信じないよこんなの。

 お姉さん泣きそう。


「カサラギ、里に帰りたい。

 ずっと、ずっと人族に捕まってたから、里長に会いたい。

 ハル、どこいく?」

「……どこに行けばいいんだろね。

 なにかやらなきゃいけない事があるみたいなんけど……。

 カサラギの里は遠いの?」

「遠い。

 山、森、大きな川、海越えてきた。

 ハル、共に行く?」


 世界の事情を知らないままほっつき歩くのは無謀だと思うし……。

 それにカサラギをひとりで行かせるのもちょっとどうかと思うんだよね。


「私人間だけど、いいの?」

「鬼族、恩返す。

 言葉通じる、なら大丈夫。

 カサラギ、ハル一緒、嬉しい」


 この世界についてはカサラギの方が当然ものを知ってる。

 ひとりよりふたり……うん、一緒にいたほうが安心だよね。

 カサラギと一緒にいればこの世界の常識ミスって死ににくくなるし、何かあったらカサラギを庇うくらい出来ると思うし。


「それなら一緒に行こっか。

 ねえカサラギ、さっきみたいにこの世界のこと教えてもらってもいい?」

「もちろん、まかせて」


 胸を張ったカサラギがにぱっと微笑む。

 やっぱ可愛いこの子。

 

「じゃあ改めて。よろしく、カサラギ」

「うん!

 あっ、ハル、やらなきゃいけない事、なに?」

「それがまだよく分かんないんだよねえ。まぁ何とかなるでしょ、気にしないで」

 

 と言ったその時。

 カサラギがバッと振り返って森の奥に視線を向けた。

 相変わらず森には白い靄がかかって視界が悪い。

 靄の向こうは私には見えないけれど、カサラギには見えているみたいだ。

 

「カサラギ?」

「すごい速さ、来る、水の気配」

「え」

 

 ひゅーーーーーん、と風を切る音がして、()()は勢いよく私の顔に張り付いた。

 

「あだっ!」

「なんと、生きておったのか!!」

「痛い痛い痛いってば!」

 

 私の顔の上で頬を叩いたり前髪を引っ張ったりする聞き覚えのある声。

 それを剥がすと指の先にぶら下がったまま翼をバタバタとしてまくしたてた。

 

「すまぬ、すまぬの、しばし放心してしもうた。

 全くなんじゃあの子らは!

 かつてはあのような愚かものではなかったはずじゃというのにどうなっておるのじゃ!

 おぬしらの姿が見えんと思えばいつの間にや沼に捨てて来たと話しておるであろ?

 会うたばかりとはいえわらわの依代に足る人の子と哀れな鬼の子、せめて弔いをと探しに来たのじゃが……なんと!

 確かにおぬしらは死んでおったはずじゃ!

 ハル、おぬしなどひどいものじゃった、頭から血と脳……」

「その先は言わなくていいから!」


 ぶら下がったままだったエンジは手から抜け出し、私の後頭部に回ると翼で器用に髪をかき分け、血で固まった束を引っ掛けながらひとしきりかき分けて、ったい痛い!

 ひとしきりかき分けてから呟いた。


「……本当じゃ……一体どのようにして夜の神に見逃されたのじゃ」

「っていうかエンジ、何でこんなところに?」

「弔いじゃと言うておろうが!

 しかし生きておる、何故じゃ、異界とはいえ人の子であろ!?

 おぬしの世界の人の子はどうなっておる!」

「人間だけど私はそういうもん……ああもう説明めんどくさっ!

 あのね、別の世界から来たって言ってたじゃん、それと関係してるの。

 普通の人が死ぬことでも私は死なない、ことになってる

 詳細は私もよく分かってないから聞かないでくれると嬉しい」

「な、なんじゃおぬし、妙な事情を抱えておるのか?

 そも、異界渡りをする時点で……ううむ」


 エンジははたはたと頭を離れ、私たちの前に浮かぶ。

 正確にはカサラギの前に。


「この鬼の子は間違いなくわれらの下の子じゃ。

 ハルよ、納得は出来ぬがおぬしは異界の子、まあ良い。

 鬼の子がかように生きておるのは、なぜじゃ」

「うん、わかんない」

「は」

「わかんないの。クラガミノキミに追い返されたって言ってるけど」

「あの偏屈者の夜の神にかっ!?

 信じられぬ……」

「ほら、汚れてるから見た目はひどいけどさ、怪我無くなってるでしょ。

 ぴんぴんしてるし」

「そう、じゃな……」

 

 エンジとわあわあ言っているとカサラギが私の袖を引いて恐る恐るというように言った。


「ハル……」

「ん?」

「カサラギ、神子じゃない。

 けど、青い燕、喋ってる、見える」

「なぬっ」

「ああごめんごめんカサラギ、水の神の……」


 エンジが高い声を上げる。

 目を見開いて、羽毛が逆立ってるけど何をそんなに驚いて……えっ、あっ!?

 普通神様って見えないんだっけ!?

 カサラギは明らかにエンジを見ている。


「もしかして、見えてる?」

「お、おぬし……わらわが見えておる、のか……?」

「青き燕……雨の神……」

「え、燕?」


 エンジは感極まったように震え、くるくると旋回している。

 そしてカサラギの目の前に移動すると、小さな額をカサラギの鼻に押し当てた。

 カサラギは大きな目を丸くして固まっている。

 

「アマバメノキミ……?」

「そうじゃ……鬼の子らはそう呼ぶ。

 すまぬの、わらわが居りながらおぬしには……」


 カサラギはエンジを落とさないように小さく首を横に振った。

 

「カサラギが人族に捕まったから。

 アマバメノキミ悪くない、それにカサラギ生きてる」

「そうじゃの、生きておる。

 大事にせよ、ただ一度きりの生ぞ」

「うん」


 可愛いのと可愛いのが一緒にいるのはとても目の保養になるなあ……。

 と言って眺めていたいところだけれど気になることがあるのでそういうわけにも行かない。

 

「……あのさ、聞きたいことがあるんだけど」

「なんじゃ」

「アマバメノキミって?

 あなた、ヒエンジじゃなかったっけ」

「ハル、それ人族の神」


 とはカサラギ。

 エンジはカサラギの頭の上によじ登ると頷いた。


「うむ。

 ……実はの、どちらもわらわの名なのじゃ。

 人の子らの前では青き長衣を着た人の子を模る水神エンジ、鬼の子らの前では青き燕を模る雨の神アマバメとして存在する。

 姿は違えどふたつはひとつ、同一の神じゃ。

 見え方が異なるだけよ」

「……ややこしいね。

 何でそんな風なの?」

「認識の問題じゃ。

 もともとわれら神は互いを違えることなどない上に、実体というものも持たなかった。

 必要となって作り上げた実体は各々の司るものを元に、子らの認識……想像じゃな、それを混ぜ合わせたものじゃ。

 故に、鬼の子から見れば鳥獣であり、人の子から見れば同じ人の子となる。

 実体も持たねば名という名もなかったからの。

 強いていうならば司るものそのものが名と言うべきか、号と言うべきか。

 わらわならば水や雨と言うようにな。

 信仰の都合かの、鬼の子と人の子、それぞれに馴染む音で『神の名』が呼ばれるようになったのじゃ」


 水神って呼ばれたりヒエンジだったり「ヒ」は尊称だったりってだけでもうめんどくさいのに、そこに雨の神とかアマバメノキミとか名称増えてパンクしそう。

 全部同一神のことなんでしょ?

 他の神も似たような感じで呼び方いっぱいあるわけだよね、うわあ……。


「……どっちで呼んだらいい?」


 ヒエンジっていうのしか知らなかったからエンジって呼んでたけどさ。


「どちらでもよいのじゃ。

 それがわらわを表すものであれば」

「じゃあ、変わらずエンジって呼ぶよ」

「うむ。

 して、そこな鬼の子、カサラギと言うたか?」


 エンジに名前を呼ばれ、びくっとして目だけを上に向ける。

 

「……ハナキの里のカサラギ。

 アマバメさまと呼ぶ、いい……?」

「おお、おぬしら鬼の子らが親しみを込めてそう呼ぶのは知っておる。

 こうして面と向かって呼ばれると嬉しいのう」


 眉尻を下げて笑うエンジにはにかむカサラギ。

 うん、可愛いよね、バタバタしたけど癒されるよね。

 のんきだって?

 なんか色々吹っ切れた気がするんだけど、やっぱ主人公効果なのかな。

 とりあえずやること分かるまではカサラギの笑顔を守りたい。

 精神衛生的にすごく良い気がする。


 そうだ、忘れそうになるけれどここはまだ森の中だ。

 

「ねえ、とりあえずはここから出ない?

 泥まみれだし、疲れたし、お腹空いたし、綺麗にしたい」

「確かにそうじゃな。

 しかし今のヨウロの村に戻るのはまずいからのう…………待て、確か……」


 そうしてぽん、と手を打ち鳴らしたエンジは、

 

「着いて参れ。

 いい所があるぞ」 

 

 と言ってカサラギの頭から飛び立った。

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