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《主人公》ハルと機能不全の世界群  作者: 渡雀
第1章 雨と落下と主人公
2/6

2話 水の神様は割とフレンドリー

 あらすじ。

 私こと甲瀬(こうせ)(はる)は、気が付くと絢爛豪華な典型的中世ヨーロッパ風の部屋にいたのです。

 目の前には絶世の金髪碧眼美少年と置物存在感のクラシカルなメイドさん。

 運命の線がなんたら、管理者だか監視者だかなんだかそんな中二病的呼称の美少年は私を主人公と呼んだ。

 主人公て。

 なんでも、私はこれから異世界で役割を果たさないといけないそうだ。

 もとの場所に帰せと言っても帰れないのだとバカにされた。

 役割を果たせばあの部屋に戻る。で、また異世界へ。

 あと、そうだ、主人公は死なないらしい。

 意味わかんないよね。

 ざっくりというか雑というか……聞きたいことはいくらでもあるんだけれど後で聞くことにしよう。

 どうせ夢なんだから、覚めるまではなるようになればいいんじゃないの。

 うん、もう深く考えないようにした。

 

 

 

「うわあっ」

 

 束の間の浮遊感から開放されたと思うと重力に従って落下し、音を立てて水の中にダイブした。

 落ちた先は池というか……泉?

 慌てて手足をばたつかせたもののそんな焦るほどの深さはなかった。

 正座して腰にも届かないじゃん、恥ずかし!

 聞こえてくるどよめきに顔を上げると、無数の驚きの目が私を見ていた。

 

「ええっと」

 

 泉に座り込んだまま見渡す。

 ツギハギな着物を着た土気色の顔をした大人たちが大勢集まっている。

 男の人ばかりかと思いきや、奥の方に女の人や子供の姿も見えた。

 私の目の前、というか泉の前には織物やしなびた野菜が置かれていて、間に挟まれるように赤髪の小さな女の子がうずくまっていた。

 周りの様子が変わった事に気付いたらしい女の子はのそりと顔を上げてぼんやりと私を見る。

 うわぁ、縛られてんじゃん。

 誰かの趣味、この青空の下の衆人環視で?

 んなわけないでしょ、どう見ても捕まってんじゃん。

 あ、訂正。

 上見たら全然青空じゃなかった。

 のったりと流れる雲が空を覆っている。

 ぽつ、と額に水滴が落ちる。

 それを合図にしたように雨が降り始めると大人たちのどよめきがさらに大きくなった。

 私をちらちらと見ながら左右にいる人と小声で言葉を交わしている。

 なになに怖いんだけど。


 居心地の悪さに逃げ出したくなってきた頃、人々が左右に分かれてモーセみたいに一人のお爺さんが歩いてきた。

 白くて長い髭と眉に顔の大部分が隠れて表情がわからない。

 杖をついた仙人のような雰囲気のお爺さんだった。

 お爺さんは泉の淵で跪き、脇に杖を置くと頭を垂れる。

 後ろの人々もお爺さんに合わせて同じように動いた。

 

「ヒエンジ……!

 我らが願いお聞き届け下さり、誠に感謝申し上げまする」

「なんて?」

 

 私の疑問の声が聞こえているのかいないのか綺麗に無視して、お爺さんは語り始める。

 

「ヨウゲの国が陽神、ヒヨウライの力は増すばかりでござりますれば。

 川干上がり大地渇き、畑の実りの痩せ果てる日々に子らへ与える粥も薄く。

 家畜家禽も次々と倒れ伏し今や空の畜舎を呆然と眺めるばかり……。

 レイゼンの国が月神、ヒロウレイの御許へ列拝す日も近いと……覚悟を。

 しかし明日こそは雨、明日こそはとっ……唯一水を湛える泉に祈り、供物を捧げ!

 辛くも命を繋ぎお待ちしており、おりました……っ」

 

 お爺さんの声に嗚咽が混ざり始める。

 やっば、何言ってんのかほんとわかんない。

 

「祈りに応えこうして雨を降らせるばかりかっ!

 御姿を、我らが前に現して下さりましたこと!!

 ヨウロの長たるこのシャグが、村の総代として感謝申し上げまする!

 水神エンジよ、ようやく……この日が……っ!」

 

 泉の水は澄んで冷たく、水面に無数の雨粒が打ち付ける。

 今鏡を見ればぽかんと口を開けた私の間抜け面が見れるだろうなぁ。

 もう一度見渡せば、お爺さんもとい長……村長かな、と同じようにおんおんと咽び泣く村人たちが地面にずらり。

 赤髪の女の子はなにを訴えるでなく、見ているのか見ていないのか微妙な視線を私に向け続けていた。

 一体全体何がどうなってこんなことになっているんだろう。

 

「……とりあえず、頭を上げてくれません?」

 

 ひれ伏されたままで居られてもどうしようもない。

 頭を上げた村人たちの額には砂やら泥がついている。中にはこすりつけすぎて赤くなっている人もいた。

 

「ええと、みなさんどなたかと勘違いされていませんか?」

「まさか!

 青き長衣、ぬばたまの髪と揃いの瞳。

 伝承通りの水神様の御姿にございます」

 

 人違いじゃないの、と思ったけど即否定される。

 青き長衣ぅ……?

 そんな物着てたかなと自分の服を見下ろす。

 

「あっ、レインコート」

 

 確かに青いけどさ!

 今更も今更だけど自分がレインコートを着ていたことを初めて知る。

 あの部屋でも着てたっけ?

 それどころじゃなかったし、あの鏡も別の物映してて全く気が付かなかった。

 なんでこんなのを着ていたのかもいまいち思い出せないけれどとりあえずは置いておこう。

 っていうか、安物のレインコートと神様の衣装を間違うなんて罰が当たりそうなんだけど大丈夫?


 だんだんと強くなっていく雨がレインコートにばんばんあたる。

 ……正直水に浸かってるから意味ないし滅茶苦茶寒い。

 今冬なの?

 梅雨だと思ってたけど冬なのかな、そうだここ異世界じゃん季節どうなってんだろ。

 自覚した寒さに黙り込んだ私に、村長は言った。


「どうぞこちらへ、もてなしを致しましょう」


 


 通されたのは高床式な木造の屋敷。

 扉代わりの暖簾をくぐると広間になっていた。

 案内してきた村長は後から来た若い男の人に耳打ちされると、

 

「世話の者を遣わせましょう。

 その者に何なりとお申し付け下さいませ」

 

 と言って恭しーく頭を下げて外に出ていった。

 男の人は奥へ消えていき、ぽつんと私だけが残された。

 部屋を見回す。

 古い家みたいだ。

 壁とか補修されたっぽい場所が、いち、にー……四ヶ所かな、ある。

 壁には窓らしき枠があるけど、ガラスは無くて木の板で蓋をしてるみたい。

 内装はさっぱりしてて、床の一部にはくすんだ絨毯が敷かれている。

 男の人が消えた奥にもいくつか部屋がありそうな雰囲気で、慌てたような人の気配と物音が聞こえてくるようになった。

 

 雨はさらに強くなったみたい。

 ざあざあと音を立てて降り続いている。

 体が物理的に冷えたのと、放置されて呆然としているうちにだいぶ落ち着いたぞ、うん!

 風邪はひきたくないし、このまま濡れたままいるわけにもいかないよね。

 がばっとレインコートを脱ぐと見慣れたセーラー服が現れた。

 上半身は水に触れてないはずなのになぜかずぶ濡れで、なんでだろと思ったけどとりあえずは拭いてしまおう。

 拭くもの拭くもの……っと、リュックサックを背負っていることに気が付いた。

 なんであんの?

 制服にリュックとか、通学か下校の途中だったんだっけ?

 レインコートを着ていると言うことは雨が降っていたということだろう。

 ……全く覚えがないけど。

 まぁ夢の中での服装が慣れたものであることなんてよくあることだしねー、とリュックを開く。

 制服と同じようにリュックも水浸しで、嫌な予感を感じつつも外ポケットのチャックを開けた。

 中から出てきたのはやっぱりびしょ濡れで役目を果たせそうにないハンドタオル。

 他の中身も絶望的だった。

 教科書、ノート諸々紙類は全滅。

 スカートのポケットに入っていたスマートフォンも案の定。

 くぅうう、買ったばかりだったのにぃ……!

 夢だからといって都合良くはいかないとか変なリアリティがあるじゃん。

 がっくりと肩を落とすと、突然頭に落ちてきた何かに視界を覆われた。

 

「なっ」


 すぐに剥ぎ取った何かは布だった。

 上を見上げると天井付近に小さいのがふよふよと浮かんでいる。

 

「呼ばれたから来てみればのう」

「は……、」

「どこから青の長衣など手に入れてきたか知らぬが……。

 わらわの出る幕がないではないか」

「ねえ、」

「まあ、どうせ誰もわらわの姿なんぞ見れぬのじゃがの。

 ほっほほ……ハァ」

「ねえってば」

「……む?」

 

 ようやく小さいのは私の声に気付く。

 そして黒いつり目と見つめ合って数秒の沈黙。

 

「……誰?」

「おお……っ?

 わらわの声が聞こゆるのか!?」

 

 外から聞こえる雨のざあざあ音に、くつくつとした笑い声が混ざる。

 ふわふわと私の目線まで降りてきたのは一羽の……いや、一人かな?

 顔は人間だし一人でいいや。

 目の前で浮かぶのは身長十五センチくらいのファンタジーな生き物だった。

 

「えっ、なに、翼生えてるし」

「……翼じゃと?

 そなた、わらわの姿がどう見えておるのじゃ」

「どうって、人の頭でしょ、体……も人だよね、でも鳥の翼生えてるし……うわ、尾もあるじゃん、あと足も鳥?」

 

 見たままに言うと、小鳥人間は目を瞬かせて面白そうに喉の奥で笑った。

 

「なんと、わらわの真の姿を見ゆるのか。

 そうか、そうか」

「何これヘンなの……」


 ぽろっと零れた本音にムッとした顔で小鳥人間は私の前髪を蹴る。

 可愛らしい見た目に反して行儀は悪いのかな。

 

「わらわを認識できる人の子がようやっと現れたかと思えばなんたる無礼な。

 わらわをなんと心得る、天雨統べし水神ぞ」

「水神?」

「然り」

 

 神様、これがぁ?

 偉そうに胸を張るこの小さいのをよく見てみる。

 着ているのは青い着物のようなもの、髪と目の色も墨みたいに真っ黒。

 あれ、と思う。

 村長が水神を表すと言っていたのと一緒だ。

 何て言ってたっけ、確か……。

 

「確か……ヒ……ヒエンジ?」

「確かとはなんじゃ確かとは。

 その年であらば神の名くらい諳んじよ」

「さっき聞いたばっかだし……ばかりなので?

 ついさっきこの世界に来たん、ですから」

 

 神様というのなら丁寧に話しておかないとヤバいんじゃ、と思ったので言葉遣いを修正する。

 そのくらいのジョーシキはあるつもりだよ、うん。

 

「……この世界に来た、じゃと?」

「そうです」


 あ、もしかしてしくじった?

 異世界人です、とか普通信じないでしょ。

 と思ったら、


「おぬし、神子かと思うたが異界の子か。

 なるほど……ふうむ。

 それでありながらと言うべきか、だからこそと言うべきか。

 われらが(もと)の子らでさえもはや希少な素質を持つとは……。

 面白い、気に入った」

 

 一人感心したようにぶつぶつと頷いているけれど私にもわかるように言ってくれないかな。

 美少年といい優しくないなぁ。

 

「希少な素質って……あなたの姿を見れることがですか?」

「うむ。

 かつては人の子と鬼の子のうち数いる神子らはわれらが声を聞き、見たものじゃ。

 おぬしのように真の姿を見る者はそういるものではなかったが、ま、そういうものじゃからの。

 しかし見過ごせんのは一定数おったはずの神子が急に数を減らした事よ。

 子らが神を必要としなくなったのか、別の要因か……」


 時折両腕の翼を羽ばたかせて浮く水神様は長いため息を吐いた。

 

「われらが下の子らの道を均し、示すのが神の役割。

 いずれ神と子らの距離が離れるのは摂理じゃがあまりにも早すぎる。

 なにやら妙なのじゃ」


 妙と言われたところで来たばかりでこの世界のデフォルトが分からない私はとりあえず黙って水神様の言葉の続きを待った。

 神の姿を見れる人間は希少、神子は声を聞けたけどいなくなってる、神と人が離れるのはまだ早い。

 オーケーオーケー、ちゃんと耳に残ってるな。

 どういうことかはよく分かんないけど。

 

「わらわも久々に目を覚ましたところで現状を把握しきれておらぬが……。

 世界の空気の流れが変わってしまっておるのだ。

 そもそも、神が眠りについていたことからしておかしい」

「えっ、神様眠んないの?」

「必要ないからの。

 ……多くの神は各地に散らばる子らのための目と耳としてあらゆる場所に分霊を置いておる。

 単体でも本霊と変わらぬ権能を行使出来るようにの。

 本霊は社からそれらの統括をしておるのじゃ。

 水の神たるわらわの分霊ならば必要に応じて雨を呼ぶはずが……ほとんど機能しておらなんだ」

「そういや村長さんたち、雨が降ったって喜んでたな……」

「人の子らの雨を乞う声にわらわは目を覚ましたのじゃ。

 見渡せばどこもかしこも渇いておるではないか。

 慌てて権能にもとづき雨を降らせようとしたのじゃが……なかなか上手くいかぬ。

 どうやら風の神も眠ってしまっておるようでの、雨雲が動かせず手間取ってしもうた。

 やっとのことで降らせたそこにそなたが現れたのじゃな」

「そういうことだったん……っくしゅ、ですね」

 

 やば。

 忘れてしまいそうになるけれど濡れた体を拭きそびれてたんだった。

 さっむい、凍えちゃう!

 水神様は呆れ顔で翼を伸ばして指し示す。

 

「じゃからほれ、使えば良かろ」

「そうする……します。

 ありがとうございます」


 水神様は首を少し傾けて、じっと私を見た。


「……あの?」

「それ、やめてよいぞ。

 異界の子であらば、われらが下の子ではない。

 故に義理もなければ好きに喋るがよい」

「いいんです?」

「よいよい、わらわ堅苦しいのは嫌いじゃ。

 そうじゃ、名も聞いておらんな」

「そう言うなら、楽だしそうするけど。

 私は甲瀬春、春でいい。

 ……何て呼んだら?」

「ハルか。

 わらわに明確な名はない故、好きに呼べばよい」


 それはそれで困るんだけど……。

 

「じゃあ、水神様」

「なんじゃ堅いのう」

「ヒエンジ……様?」

「ヒは尊称じゃからの、重複しておるな」


 Ms.なんちゃらとかみたいな感じかな。


「……エンジ様」

「別に尊称なくとも構わぬぞ?」

「エンジ?」

「うむ!

 久々に呼ばれた名じゃ!」

 

 呼び捨てでいいのかなと思いつつ、喜んでいるようだしいいんだろうな。

 私は手に持ったままだった布を広げ、とりあえず頭から被ることにした。

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