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1話 私が主人公って何のこと?

 暗闇の中で電気をつけた時のように、突然意識が覚醒する。

 そこは知らない部屋だった。


「ようこそ、待っていたよ《主人公》」

 

 きらきらだぁ……。

 なめらかな光沢を放つ金髪、つやつやの白い肌とブルーサファイアの瞳にドキリとした。

 ふわふわそうなソファに、十歳くらいのとんでもない美少年がほっそい足を組んで座っている。

 お人形さんみたいな形の口元がニィっと笑って、髪の毛と同じ色のばっしばしな睫毛に囲まれた瞳がイタズラっぽく細められた。

 無理無理限界。

 テレビでしか見たことのない外国人の美少年がリアルに目の前にいるんですけどこれ一体何事で!?

 キラッキラに耐えられず優しい視覚情報を求めてさまよわせると、美少年の後ろに女の人を見つけた。

 メイドさんだっ!

 二十代かな、クラシックな衣装に身を包んだメイドさんは目を伏せたまま置物のようにたたずんでいる。

 控えめなメイクだからか美少年の顔面の眩さに霞んでいるけれど、整った顔立ちは文句なしの美女だった。

 美女と美少年だなんてここはどこの映画かな??

 

 突然置かれた状況がまっったく理解できない、のだけれど。

 

 ぎりぎりと首を回して部屋の内装を見る。

 中世ヨーロッパ……具体的にどの時代かと言われると困る、んだけど。

 マリーアントワネットとかいたじゃん、あんな感じ。

 貴族って言われて思い浮かべるような典型的中世風のさぁ。

 絢爛豪華とか豪奢とか贅沢……あと何か単語あったっけ?

 とにかくそんなのが当てはまるような私の場違い感半端ない部屋。

 スタジオのセットみたいだなぁ……。

 天井まで届く大きな本棚は壁の一面を占拠して、それでも納まりきらない本が床にいくつもの山を作っている。

 美少年が座るソファや、山積みのクッキーのお皿が置かれたローテーブルに薔薇の生けられた花瓶。

 いくつもある家具は私なんかが見てもわかるくらい滅茶苦茶高そうでできれば触りたくない。

 げ、私が座ってるのもふっかふかなんだけど何この手触りやば!?

 ソファの生地をさわさわしながら、何となく違和感を覚える。

 うわ、天井にめっちゃでっかいシャンデリアがあるじゃん!

 あるしロウソク灯ってるけど暗くない?

 あーそっか、部屋もきらびやかなんだけどくすんでるっていうか、灰色っぽいんだ。

 美少年だけが鮮やかで、部屋から浮いて見えるというかさ。

 出来の悪い合成というかコラージュみたい。

 

「えっ……と?」

 

 ここでようやく声が出た。

 そうだ、私はさっきまで確か──。


 確か、何をしていたんだったっけ?

 

「思い出せずとも支障はないさ《主人公》」

 

 私の心を読んだように美少年が口を開く。

 シュジンコー……主人公?

 何それ、私は……、

 

「私には甲瀬(こうせ)(はる)って名前があるんだけど。

 主人公ってなに?」

「キミの役割さ《主人公》。

 ところで、キミはお茶とコーヒー、どちらが好きかな」

 

 一体どういう脈絡なんだろ。

 

「キミは良い時に来た、おすすめしよう。

 今日はキヤーソ産の茶葉があるんだ」

「………………じゃあ、それ」

 

 この訳のわからない状況でなにを冷静に答えているのだろうね私は。

 美少年がぱちんと指を鳴らすと、それまで微動だにしなかったメイドさんが音一つ立てずに奥へ消えた。

 こっわ。


 そのメイドさんが戻ってくるまでは気まずい沈黙が続いた。

 っていうか気まずかったのは私だけで美少年は相変わらず微笑んだまま楽しそうに足を揺らしていたんだけど。

 ローテーブルにカップが置かれ、茶が注がれる。

 砂糖をひと匙加えてゆるりと混ぜる間も少年は上機嫌で、優雅にカップを取って香りを楽しんでいる。

 それから口元へ運び、満足げに言った。

 

「やはりこれが一番だな」

 

 ティーセットを運んできたメイドさんはさっさと元の位置に戻ってしまっている。

 仕方なく赤みの強い琥珀色のお茶を覗き込むとしかめっ面の自分の顔が映った。

 

「別に毒なんて入っちゃあいないさ。

 そんなもったいないことはしない」


 香りは良いし、聞き覚えのない名前でも茶は茶に変わりないか。

 どうせお茶の種類なんてろくに知らないんだしさ。

 訳のわからないまま知らない人間の出した飲み物に手を付けるなんてどうかとは思うけれどさぁ。

 訳わかんないといえば、そっか、これ夢なのかも。

 じゃあいいや夢だし。

 

「……おいしい」

 

 味は紅茶っぽくて普通に美味しかった。

 生粋の庶民だから市販のティーパックか紙パックみたいな既製品しか飲んだことがないんだけどさ。

 うん、ちゃんと茶葉から淹れればこんな味なんだろなぁ、って味がする。

 苦味も渋みもそんなに感じないほのかな甘みと温かさに、気分が落ち着いていくのを感じる。

 

「……で、ここはどこ?」

 

 四角いクッキーを一枚口に放り込んだ美少年はにやにやと観察するように見ていたけど、

 

「改めようか」

 

 私がカップを置いたのを合図にゆっくりとした動作で立ち上がって、両腕を開いて喋り始めた。

 

「ようこそ《主人公》、選ばれし者よ。

 ここは《管制室》あるいは《監視室》。

 またあるいは《運命の部屋》と呼ばれる場所。

 ボクはこの部屋の主であり、《管制官》あるいは《監視者》。

 またあるいは、《運命の線を引く者》と呼ばれている。

 まあ呼び名なんていくらでもあるがね。

 どれも些末で適当でどうでもいいものだ」

 

 役者みたいに喋りながら私のすぐそばまで歩いてきた美少年はソファの縁に腰掛ける。

 ぐいと顔を近付けて……って近い近い近いっまぶしっ!

 金色の睫毛一本一本まで観察できんじゃないのこれ!

 

「歓迎するよ、久々の《主人公》だからね。

 キミは運良く素質を持っていた。

 だからキミの運命を引き直してここに呼んだんだ。

 ボクにとっては幸だけど、キミにとっては幸か不幸か?

 そんなものはまだ誰にもわかりゃあしない。

 線を引くのは間違いなくボクだが、物語の行く末を決めるのは──

 他の誰でもなくキミの選択なのだから」

 

 にやにやと意地の悪い表情はそのへんの人間がやればただムカつくだけだと思う。

 けど、美少年の顔が凄まじく整っているだけにそういう題材の美術品とかに見える。

 教科書に載ってそうだなぁ……。

 良くわかんない話は聞くそばから耳をすり抜けていく。

 

「何言ってんの?」

 

 というストレートな疑問は、


「本当に助かったよ。

 タイミングが合わなくてね、なかなか次の《主人公》が見つからなかったんだ!」

 

 パッと離れた美少年に無視される。

 

「電波話に付き合うほど暇じゃないんだけどさ。

 帰っていい?」

 

 美少年は精巧な形の唇を左右に引いて目を細めた。

 そして無機質に短く言う。

 

「帰る?」

「何しようとしてたか全然思い出せないんだけどさ。

 とても大事な用事があったはずなんだよね」

「帰れると思っているのかい」

 

 かわいそうなものを見る表情を浮かべた少年は再度私の座るソファの縁に寄りかかった。

 背もたれに肘をかけ、諭すようにゆっくりと言う。

 

「いいかい《主人公》。

 キミはこれから、キミにとっての異世界へ赴くことになる。

 《主人公》として役割を果たすんだ。

 この部屋はいわゆる世界と世界の中間点、(はざま)なんだよ。

 キミのいた世界とはとても近くて、とても遠い場所にある。

 そうだね、鏡の向こうと言えばいいかな。

 触れられそうなほどそばにあるが決して触れられないのさ」

「……つまり?」

「キミは帰れない」

「………………うそでしょ」

「安心するといい。

 帰る場所がこの部屋になるだけだ」

 

 少年は軽やかにソファをおりて壁際へ向かう。

 壁際に掛けられた、魔法学校映画のあれみたいな大きな鏡に寄り添うようにして立った。


「運命の線は既に引かれている。

 これは決定事項だが、なるようにすればいい」

 

 展開の速さと訳のわからなさは夢だからだよね。

 でもほら石の車が空を飛んだり魚が空中を泳ぐ夢に比べればまだまともな方じゃん?

 起きれば、今は忘れてる用事だって思い出せるはずじゃんね。

 そう思うのに、とても嫌な予感がする。

 試しに自分の頬を思いっきり抓ってみた。

 普通に痛かった。

 

「……これは夢、なんだよね?」

「これが夢だと?」


 ハッ。

 と美少年が鼻で笑う。

 

「ある意味ではそうかもしれないな。

 そう思っていたほうが幸せかもね」

 

 いつの間にかメイドさんが鏡を挟んで美少年の向かい側に佇んでいた。

 存在感が薄くて超怖いこの人。

 美少年は元の微笑み顔に戻って言った。

 

「さて、この鏡の先が異世界だ《主人公》。

 そこで役割を果たせ」

「……役割ってなに」

「《 運命の線を引く者(ボク)》は《主人公(キミ)》が異世界に干渉するための線を引く。

 この異世界が本来あるべき道を辿るために必要な線をね。

 その上を《主人公》が歩んで世界の存続を確定させることが役割だ」

「なにそれ」

「あまり難しく考えなくていい。

 線を引いた時点で結末は決まっているのだから」

「じゃあ私いなくていいんじゃん」

「話を聞いていなかったのかい?

 《主人公》が結末を確定させるんだ。

 でなければその世界は滅びるのみ。

 大多数の無辜の住人達を救いたいとは思わないのか?」

「ムコ……?

 っていうか、話の半分も飲みこめてないし、やっぱ意味わかんないんだけど」

「なあに、役割を果たしたと判断されればここに帰ってこられる。

 そして次の世界へ行ってもらう」

「聞いてる?」

「もちろん」

「……はあ、もーいいや。

 で、具体的に何をさせたいのさ」

「さぁね。

 残念ながらボクに分かるのはこの世界が《主人公》を必要としていることだけでね。

 線を引く以外の干渉は出来ないことになっているんだ。

 誰が決めたのか、世界間を繋ぐ役目を負わされた者の理としてね。

 だから実際に歩んでみるまではどんなものかは分からない」

 まあ、行けば分かるだろうよ」

「……雑」

「なんとでも言えばいいさ、苦情は決めたヤツに言ってくれ。

 ──ああ忘れる所だった、言っておかないといけない大事な事があるんだ」

「今度はなに?」


 美少年は人差し指を立て、すーっと息を吐いて言う。


「キミはキミが《主人公》である限り、失われることはない」

「は?」

「簡単に言えば死の概念がなくなるのさ」

「もっと簡単に言ってくんない?」

「死なないし、欠損しても生えてくるし、狂人にも廃人にもならない」


 キャパオーバー寸前だった私の脳がいよいよバクハツしそうになる。


「何で?」

「《主人公》だから」


 主人公だからの意味が分からない。

 少年漫画的な努力・友情・勝利……はなんか違うぞ落ち着け私?

 もういいや考えるのやめよう疲れた。


「痛みも苦しみもあるだろうが決して死なない。

 キミがキミとして損なわれることはない」

「……はあ」

「そのうち理解できるさ。

 最初は多少混乱するだろうがまぁ……順応するだろう」

 

 少年が鏡の縁を撫でると鏡面が淡く発光し始める。

 チャンネルを変え続けるテレビのようにぐるぐると不明瞭な映像を映し出し始めた。

 一面の青、緑、赤茶……。

 

「しばらくは《主人公》を全うしてくれよ。

 また探すのは面倒だ。

 予定も詰まってるしね」


 鏡はやがてぼやけた砂色の中に何かの群れを映し出して止まった。

 一点だけ赤いのはなんだろ。

 

「そろそろお喋りはおしまいだ。

 さあレディ、こちらへ」


 手招きに誘われて鏡の前に立った。

 間近にするとバカでかい。

 よく分からないままだし混乱もしてるけど、夢なんでしょ夢。

 美少年もそう思っとけばいいって言ったじゃん。

 それなら目覚めるまではなるようになればいいや。

 頬抓って痛い夢だってあるでしょ。

 あるある。

 

「この先、キミのいた世界の常識は通じない」

 

 鏡の放つ光が徐々に強くなって、たまらず腕で目元を覆う。

 

「健闘を祈るよ《主人公》」

「まぶし……っ」

 

 途端、全身が浮遊感に包まれた。

一話につき3000~5000文字くらいで進めていこうと思います。

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