とある戦士の退職願
「パーティを抜けたい?どうして」
パーティの皆が寝静まった夜。
まだ騒がしい酒場の一角で覚悟を決めて俺達のパーティのリーダーである勇者にきり出した。
それを聞いた勇者は出来の悪い冗談を聞いたみたいに顔を顰めて聞き返す。
「俺は只の戦士です。勇者の様に神に選ばれたわけでも、聖女の様にどんな傷や病を癒せるわけでも、姫騎士の様に闘気を巧みに操って戦える訳でも、魔法使いの様に状況に応じた魔法を使えるわけでも、斥候の様にどんな場所にでも潜り込んで情報を集められる訳でもない、只の戦士なんですよ」
俺の独白に、勇者は黙って耳を傾ける。
旅に長けた人員として各地を冒険者として回ってた俺に白羽の矢が立ったが、この数年の旅の間に体力の絶頂期も過ぎたのもあるし、パーティも成熟している今ではお役御免だろう。
「俺は盾を構えて槍を振るうしか出来ませんが、俺の技量はもう斥候よりも下になっているのは知っています。昔の様に俺が敵を引き付けるよりも、聖女の守護を纏って皆が一気呵成に戦う方が圧倒的に強いし、効率も良い。勇者も俺へのフォローに出す人員を無くせばもっとパーティ全体の動きが良くなるのに気付いてる筈だ」
「成程な」
摘まみの腸詰を弄びながら勇者は溜息をつく。
「お前がパーティの事を想って言ったのは分かった。けど駄目だ」
「……理由は?」
「陛下から預かった人員を、はいそうですかで外してみろ。あっちこっちからバッシングを受けるわ」
「パーティに関する裁量権は貰ってるはずでしょう」
「確かに貰ってはいるがな、問題の無いのを外したとあってはオレの勇者としての資質を問われる事になるんだ」
「これからの闘いの戦力として使えない。これ以上の理由がいりますか?」
俺の言い分に勇者は首を振り、面倒臭そうに説明を始める。
「まず技量云々だがな、各々で扱う武器は違うからそう簡単に判断を下せる類じゃないし、武具ごとに有効な場面もある。実際数日前に戦った魔法を弾く殻に籠る魔物もお前の槍があったから助かった。姫騎士だけだと数が多いと厳しいしな。
それに聖女の守護も何度でも使えるわけじゃない。回復とかの為にも奇跡は温存して貰う事が多いし、そういう時にパーティを守る盾役の有無は大きく戦局に関わる。少なくとも俺はでっかい盾を持って敵の攻撃を凌ぐとか嫌だぞ。
フォローに関しても別にお前一人にしてるわけじゃない。聖女や魔法使いへのカバーもあれば突撃する姫騎士の抑えの時もあるし、勝手に動く斥候がやらかす時の後始末もある。お前だけじゃないのにそれを理由にしたらオレや他の連中の責任も問わなきゃいけない」
此処まで言って、勇者は温くなったビールに冷却魔法をかけて呷る。
「まぁ、お前の言い分への反論だけでもこんなもんだ。それに戦い以外の事を無視するのはフェアじゃねぇな。お前が居なかったら未だに世間慣れしてない聖女、姫騎士、魔法使いの世話とか、世間慣れし過ぎて色々と問題を起こす斥候とかの後始末とか一人でやる破目になるだろうが。しかもパーティの男女比が1:2から一気に1:4へと広がるんだぞ?胃に穴が開くわ!ハーレムパーティ?誰も彼も手を付けたら一生首輪付決定の御身分ですよ!身分が一応平民な斥候も義父が国王秘蔵の密偵長と来た!」
ダンッ!!とビールの入ったジョッキを机に叩き付けながら勇者が叫ぶが、それを気にする素面は酒場にはいない。
「野営の準備とかは最近出来るようになってきてるけどな、眼を離せば斥候の入れ知恵で変な事をやらかす連中ばっか!止めろよ、ちょっと考えればどうなるかなんて分かるだろ。戦い以外の時の方が下手したら厄介ってのはどういう事だよ?せめて野外演習でも体験させてから旅に付けろや!上級将校身分の野外演習じゃなくて一兵卒のな!小姓があれこれ世話してくれるような旅じゃないんだよ!それならそれ用の人員も付けろって話だ!」
「まぁまぁ、落ち着いて勇者。ほら、水を飲んで」
話してる内に酒が回り始めたのか勇者の口からパーティメンバーへの愚痴が次々と吐き出されていく。
勇者の顔は赤くなっていて、渡した水を飲んでも勇者の愚痴は止まらない。
「それになぁ、オレは神に選ばれたとか言っても元は只の平民、町民なんだよ。冒険者として実績のあったお前とは違って、あの連中公ではそれなりにしてても旅の道中酷かったからな!聖女はマシではあったけどそれでも全員がオレを格下って思ってるのを隠しもしねぇ!確かに王宮に招かれるまで剣に触れた事も無かったし、魔法なんて実際に見た事もなかったよ。三男坊だったから学も碌に仕込まれなかったしな。けど、もう少し扱いってのがあるだろう」
確かに旅に出た当初は、誰も勇者の事を認めてなかった。
小さな町出身の田舎者が運良く勇者の天命を受けたとしか見てなかった。
勇者だから何事も熟せる才能を期待され要求され、それを満たせなかったら落胆の視線を受ける。
針の筵に包まれてる気分だっただろう。
今ではパーティの全員が勇者の事を認めてるし、女性陣は皆勇者の事を憎からず思ってるのは傍から見ればすぐに分かる。
けどこの様子だと、彼女らが勇者の隣に立つのはかなり厳しそうだ。
「そうだ、そうだよ。お前の冒険者としての経験はまだまだオレ達のパーティに重要なんだ。で、それなのに単純な戦力にならないから抜けさせろ?出来るか!抜けたきゃあの連中に残りの経験とお前抜きの戦術を叩き込んで本当に必要無くなってから言え!てかオレの方が辞めたい!ビールおかわり!」
「勇者、それ以上は飲まない方が―――」
「うるさい!たった数杯で酔うか!」
酔っ払いは皆そう言う。
でも確かに勇者がこれだけ早く酔うのも珍しい。
女性陣の愚痴が酔いを早めたか、それとも―――
「言っとくがな、まだまだ楽隠居はさせないからな。世界の為、オレの為、戦士には盾を持って踏ん張らせるぞ」
俺に指を差して宣言する勇者は成人はしてるが18にも届いていない。
それに思い至った時、なんでか自分が卑怯者な様に感じてしまう。
「分かりました。抜けたいっていうのは撤回しますよ」
「それでいい。ったく、酒が不味くなる」
新しく届いたビールを呷る勇者を見ながら、良く効く酔い止めを用意しとく事を決めた。