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その4

「鳥って……なんだ?」

 アルシュの問いに、悲しそうにセシルは笑った。

「うちの国、それほど豊かな国じゃなかったのよね。それがある日を境に豊かな国になった。どうしてだと思う?」

「知らん」

「そりゃそうね。あのね、幸福の神さまを捕まえたからなの」

「あ?」

 怪訝そうな顔をするアルシュにセシルは少し得意そうに話を続けた。

「その神さまは鳥の姿をしていたの。それはとても美しくて……そうね、虹をその体に宿している、そんな感じだったわ」

「その鳥を……捕まえた?」

 彼女はうん、と頷いて、それから不意に遠い目になった。

「私には弟がいるの。私の母親は側妃なんだけど……あ、側妃って簡単に言えばお妾さんのことね……そんな私と違って弟は正妃から生まれた賢い王子さまでね、みんなから愛されて育ったわ。その弟が生まれた時、誕生を祝って父がどこからか……多分、違法な売買をしているような闇の組織あたりからだと思うけど……その美しい鳥を高額で買い取ったの。それは幸福の神さまだという触れ込みだった。その通り、弟はみんなから愛されて、病気ひとつせず健康に逞しく育ち、国も豊かになっていったわ。あの美しい鳥は、本当に幸福をもたらしてくれたの」

「その幸福の鳥を、お前はどうしたと言った?」

「逃がしたって言ったわね」

「なるほどな。……それにしても幸福の鳥とは」

 アルシュはふと自分の足元に目を落とした。黒い影の塊はまだそこにいて、じっとこちらをみつめている。

「ああ、シータ。まだそこにいたか。……判ったなら行っていい」

 きゅると小さく鳴いて、黒い影は素早く壁を伝って、開け放たれた窓から外に出て行った。それを見送った後、アルシュは静かに言った。

「鳥を逃がして王を怒らせ、ここに逃げて来たというわけだな」

「そういうこと。あの鳥が逃げてしまったら幸福も逃げてしまうものね。そりゃあ怒って当然ね」

「……お前が俺に攫われたとか北の塔に囚われているなんてでたらめを言いふらしながらここに来たのは、自分の足跡を残すため、だな。父親に自分を追わすために。ドラマチックにするため、なんて嘘だな」

「あら、それは本当よ。自分の父親に討たれるなんて、これ以上もないくらいドラマチックじゃない?」

「お前なあ」

 アルシュは心から溜息をついた。

「何だって死にたがっているんだ」

「死にたいんじゃなくて、生きる理由が見つからないから、生きていたくないだけよ。でもただおとなしく死んでやるのなんて癪じゃない。はっきりと爪痕を残して、父が私や母を忘れないような派手な死に方をしたかったのよ」

「母?」

「……私の母親はね、行儀見習いにお城に奉公に来ていたの。まだ十五歳で、とても可愛い人だったんだって。その母に父は目を付けてむりやり側妃にした。母には故郷に好きな人がいたのによ? 権力とお金で仲を引き裂いたんだって。ひどいと思わない? それでも、最初のうちは、父は母を大切にしてくれてね、母が妊娠すると父は大層、喜んで跡継ぎの男の子が生まれることを熱望したわ。でも産まれたのは私。がっかりよね。その数年後に正妃が男の子を産んだの。私の弟よ。それから父は、母も私も相手にしなくなった。まるでそこに存在すらしないみたいにね。

 だったら母を解放すればいいのに、父は変な執着心でずっと城の片隅に閉じ込めていた。その癖、母が病気になってもお見舞いにも来ず、息を引き取った時も涙ひとつ見せず無視したわ。

 私はずっと孤独だったのよ。だから、同じように孤独だったあの美しい鳥と仲良くなったの」

「仲良く?」

「ええ。その鳥は、お城の塔に設えられた大きな檻に閉じ込められていたわ。私は侍女たちの目を盗んでは毎日、会いに行ったの。彼はその度に美しい声で優しい歌を歌ってくれた。その歌を聴くことだけが私が生きている理由だった。

 その檻にはね、私には読めないけど、何かが書かれた札が貼られていたの。きっと鳥の力を抑える呪文ね。そのせいでこの鳥はここから逃げられないんだって思ったわ。だけど、それをはがす勇気は私にはなかった。

 だけど、ある日、いつものように鳥に会いに行くと、死にそうなくらいに弱っていたのよ。長らくあんな檻の中に閉じ込められていれば病気にもなるよね。

 私は勇気を振り絞って父にお願いしたの。あの鳥を解放してあげてと。父は怒って私を足蹴にした。冷たい床に倒れた時、閉じ込められて弱っていく鳥と、病気になって死んでしまった母とが頭の中で重なった。

 そこでやっと判った。あの美しい鳥もそして醜い私も、ここにいてはいけないのだと。

 だから鳥を逃がして、私も国を出たの」

「国を出た理由は判ったが、なぜここに来た? なぜ俺を選んだ?」

「最悪の悪鬼、だっけ?」

 さもおかしそうに笑うとセシルはまじまじとアルシュをみつめる。

「あんたが噂通りの魔族なら、追ってきた父の兵なんて簡単に蹴散らしてくれると思って。そうなれば面白いわ。私の気も少しは晴れるというものよ。

 それに、飛び込んできた私をあなたがどうするか……格好よく言えば運命に身をゆだねてみようと思ったの。魔族に自分の運命をゆだねるなんて愚かよね? でも仕方ないのよ。だって、私は世間知らずのお姫さまなんだもの。お城の中しか知らないの。それ以外の場所では生きられないわ。あなたが私を殺すなら、それならそれでいいと思ったの。私の運命はそれだけだったってことだもの」

「城の中でしか生きられないのなら」

 アルシュは額に手を当てて、呆れたように呟いた。


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