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その4

「お前は登場からして生意気で憎たらしかった」

「そうかな? 僕は話し合おうと言っただけだよ」

「話し合いなんかできるか」

「魔族の沽券にかかわるなんてつまらないこと言っているから、こうなる」

 つんと指で傷をつつく。

 アルシュはたちまち苦い顔になる。

 剣を振るって戦った結果、負けたのはアルシュの方だった。

 崩れ落ちるその瞬間に、アルシュは胸に突立てられた聖剣から確かに光を感じた。剣から体に流れ込んできた光の正体が『愛』とか『慈悲』とかという厄介なものだということは目覚めた後で知ったことだ。

「まったくあれは……不覚だった」

「……好きだよ、アルシュ」

 不意打ちで囁かれて、アルシュはぎくりと肩を震わす。

 少年勇者が彼の胸にぴたりと額を付けると、その金の髪から漂う花の香りがより濃厚になった。花油(かゆ)を髪に使っているのだろう、その甘い香りは柔らかくアルシュを刺激する。

「あ、阿呆! 何度も言わせるな。お前は勇者で俺は魔族だ。しかも男同士だぞ。すべての意味で相容れない」

「阿呆」

 と、今度は少年勇者が優しく言った。

「愛はすべてを超越するんだよ。年齢も性別も種族もね。知らないの?」

「し、知るか!」

 アルシュは吐き捨てるように言った。

「俺はお前など大嫌いだ!」


 少年勇者が城の大きな石門を出て行くと、途端に日が陰り、辺りは陰鬱な気配に覆われ、魔族の棲む島は元の『死の島』に戻った。

 隠れていた下級魔族たちがどこからともなくわらわらと現れて急いで城門を閉めると、はあっと安堵の溜息をついている。厄介な者がようやく帰ってくれたといったところだ。

 そんな様子を寝室の窓から見ていたアルシュは、皮肉に笑う。

 これから北の魔女のところへ行くと少年勇者は言っていた。きっと初めて俺のところに来た時と同様に、北の魔女にもあの宝石のような緑の瞳を輝かせて言うのだろう。

『話し合おうよ』

 と。

 その懐に飛び込んで、好きだよ、などと睦言を言うのかもしれない。

 ふつふつと胸の内が騒いだ。

 これが嫉妬というものなのか? 

 その感情を押し殺しながら、アルシュは隣の書斎へと移動した。

 薄暗く埃っぽい書斎の、書き物机に近づくと、彼は引き出しから一冊の分厚い本を取り出した。

 その本の一ページ目には、繊細な文字でこう書かれている。

『勇者の日常と魔族の事情 あるいはねじれた恋愛感情についての考察』

 本をぱらぱらと捲り、白紙のページを開くと彼は、傍らの黒い羽ペンを手に取って、たっぷりとダークブルーのインクを付けた。冒頭に今日の日付を書き入れた後、そのまま少し考える。

「……愛はすべてを超越する、か」

 口元だけで笑うと、彼は新しいページにこう書いた。

『愛はすべてを無意味にする』

 それからあることに気付いて、あっと小さく声を上げた。

「しまった」

 思わず、頭を抱える。

「何度も会っているというのに、また光の勇者の名前を聞くのを忘れた……!」

 自分の迂闊さに、アルシュは地味に落ち込んでいた。


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