その7
「これは!」
異様な気配に警戒してアルシュが壁際に下がると、その光は空中でゆっくりとまとまり始め、次の瞬間には半透明に輝く一匹の竜に姿に変えていた。
「こいつ! 剣に中に竜を飼っていやがるのか!」
牙を剥き、自分に迫ってくる竜にアルシュは剣を向け防御の構えを取る。やがてくる衝撃にそなえたが、やってきたのはアリーの呑気な声だけだった。
「飼う? 失敬な。僕と彼女は対等な立場だよ」
「か、彼女?」
「ああ。スタアラは僕の大切な恋人だ。妻といってもいい」
「はあ?」
顔を上げると、目の前に迫っていたはずの竜はいつの間にかアリーを慕うように彼の身体に柔らかく巻きつき、寄り添っていた。
一瞬、アルシュがぎくりとしたのは、きらきらと虹色の光が舞う中、黄金の剣を構えるアリーと彼に寄り添う竜の姿がとても高貴に見えたからだ。
「この子はスタアラ。見ての通り竜だよ。彼女と離れたくない一心で僕はなりたくもない勇者になった。彼女は聖剣により死に至り、聖剣の力で蘇ったから、聖剣の中でしかその命を繋ぐことが出来ないんだ。だから僕はこの剣を離さないために、勇者であり続けるんだよ。馬鹿だと君は笑うかな? だけど恋は盲目。そして無謀。理屈じゃないのは……君も判るよね?」
「まったく……」
アルシュは剣を腰の鞘に戻しながら、大きな溜息をついた。
「用が済んだのなら、とっととこの島から出て行きやがれ。このろくでもない勇者ども」
「承知」
にこりと笑うと、金の勇者も片手に持った鞘に聖剣を収めた。すると美しい竜の姿はたちまち消えて、剣も彼の手の中で元の万年筆へと戻っていった。
「では、失礼。死の島の魔王」
アリーが部屋から出て行こうと歩き出した時、一瞬早く外側から扉が開いた。深刻な顔をした侍女が飛び込んでくるや、狙い定めたようにアリーと正面衝突した。
「おっと、失礼」
「あ! 申し訳ございません! あの、何か今、おかしな気配が」
「何でもない」
アルシュが憮然として言った。
「勇者どもが帰るそうだ。送ってやれ」
「あ、はい……?」
おろおろと書斎の中を見回す侍女の横で、顔を出した光の勇者が無邪気に言った。
「アルシュ、また会いにくるよ」
「うるさい。早く帰れ!」
「もう、つれないんだから」
「そこがいいんだろ?」
「そうそう」
そして、光の勇者はアリーに顔を寄せると小さく言った。
「で、いい記事は書けそうなの? 記者さん?」
「勿論。書くさ。僕はこのペン一本で世界を変えてやるんだから」
アリーは万年筆を掲げると言った。
「ペンは剣よりも強し、ってね」
「わ。それすごいね。文字の色まで金色なんだ」
「こら、こっちに来るな。こんな小さな舟の上でバランスが悪いだろ。沈んだらどうする」
帰りの小舟の上で、手帳を覗き込もうとする光の勇者をアリーは鬱陶しいとばかりに手を振って追い払った。
「ほら、ちゃんと漕いでくれよ。クレモナに戻るのが明日になっちまう。まったくこんな夜に出て行けとは君の恋人は本当につれない」
「今夜は波が穏やかだから大丈夫だよ。アルシュだってそこは判って言っているんだよ」
「ほら、手が止まっている。漕いで漕いで」
「もう! 君も手伝いなよ。僕ひとりで漕がせて!」
「僕は記事をまとめるのに忙しい」
アリーは澄ましてそう言うと、自身の黒革の手帳とは別の手帳を懐から引っ張り出した。それは手帳サイズの大きさだが分厚く、しっかりと製本されている。
「あれ? それは?」
「七人の勇者の情報をまとめたものなんだが……ん? こんなに立派な表装だったかな?」
「ねえ、それってもしかして」
手帳を不思議そうに眺めているアリーに光の勇者はたたみかけるように言った。
「アルシュの書斎からくすねてきたの?」
「簡単だったよ。彼が僕のスタアラに気を取られている間に、机の引き出しから拝借した。鍵も掛かっていなかったよ。不用心だね」
「……スタアラって?」
「僕の大切な相棒であり恋人であり妻であり……まあ、そのうち、会わせてあげるよ。彼女の機嫌が良い時に」
「ふうん」
光の勇者は漕ぐ手を止めると、目を細めてアリーを見た。
「……アルシュらしいな」
「なんだって?」
「多分、彼は君がその手帳を狙っていることを承知の上で書斎に入れたんじゃないかなと思って」
「そう? まあ、どちらでもいいよ。この手帳は例の「病死した」姫君が暇つぶしに作ったものらしい。しかもそれを魔族に渡すなんて、まったく個人情報もへったくれもないよ。とんでもないことをするお姫さまだ。アルシュから取り上げておかないと、他の魔族にこの手帳が渡ってしまったら、僕たち勇者の死活問題に関わるからね。ここに僕たちのことは載っていないけれど、下手をすればスタアラに危険が及ぶかもしれない。くすぶる火種は早いうちに消しておかねば」
「今さ、僕たち勇者って言ったよね?」
光の勇者がにっと笑った。
「僕たち、なんだね?」
アリーも笑い返すと肩を竦めた。
「別に嘘は言ってない。君は僕が勇者かとは尋ねなかったし、それに、ひとりの勇者が島に向かっている、と本当のことを教えたろ」




