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その2

 黒いカーテンが四方を囲み、白々とした小さなあかりが優しく灯るだけのその部屋は、幻想的な夜の景色をそのままに映していた。

 まるで野外にいるようだな。

 ラジェットは心でそう呟くと、天井から目を離して、魔女に目を向けた。そしてその直後、ぎくりとして半歩後ろに下がってしまった。

 いつの間にか、魔女の美しい顔がすぐ目の前に迫っていたのだ。

「あら、お逃げにならなくても」

 どこか意地悪く笑ってアレルギアは、自分からも半歩下がった。

「お楽になさって。サルターンの王子」

「……俺のことを知っているのか?」

「勿論」

 にこりと笑うと、アレルギアはすっとその手を横に差し出した。それに反応したのは少女で、すぐに傍らのテーブルから漆黒の煙管(キセル)を取りあげると、(うやうや)しくアレルギアに差し出す。

「ありがとう」

 煙管を受け取ると彼女は早速、口を付ける。ゆっくりと煙を吐き出し、改めてラジェットをみつめた。

「それで、何のご用かしら。一国の王子が護衛も付けず単身で、この北の果てまでやって来るとは。よほどのこととお見受けしますわ。勇敢な王子さま」

「……勇敢、だと」

「勇敢、でしょう? 私はとても怖い魔女ですのよ? その居城にひとりきりでやってくるなんて、とても勇敢か、あるいは」

「馬鹿のどちらかだな」

 途端に、きゃらきゃらと少年少女が笑い出した。それにつられるように魔女も微笑む。

「あなたみたいに勇敢で馬鹿で素直な子は好きよ。……だけど、事前の約束もなしにいきなりやって来るなんて、無粋だわ。私は無粋なことは大嫌いよ」

「……悪いが、こっちは切羽詰っているんだ。呑気に約束なんかしている暇はない」

「あらら。何をそんなに焦っているの?」

「……レイエ、という若い男がここに来ただろう」

「レイエ?」

「数か月前だ。そんなに昔のことじゃない。覚えているはずだ」

「レイエねえ」

 金色の長い爪を頬に当て、アレルギアは考える素振りをしてみせる。

「そんなのいたかしら。ねえ?」

 その言葉に少年少女は、人形のように同時に首を傾げた。

「いたかしら?」

「いたかなあ?」

「知っている?」

「知らないなあ?」

「いたかもね?」

「いたような?」

「もういい!」

 またもや始まった少年少女の不毛な会話に、ラジェットは大人げなく苛立ちの声を上げた。そしてその勢いのまま、魔女に詰め寄る。

「おい、魔女! レイエは……俺の大切な友はどこにいる! どこだ!」

「あらら。乱暴はやめて頂戴」

 するすると後ずさりして距離を取ると、アレルギアは邪悪に笑った。

「いい? 勇敢な王子。ここを訪れるお客さまはみなさん、私と会うために事前に約束をお取りになるのよ。たくさんの時間を掛けて、お金も労力も惜しまずね」

「約束がそんなに大事か」

「ええ。だってそれはある意味、契約と同じだもの。魔女との契約はとても大切なものなの。けれど、あなたはその手間を省いて突然、ここにやって来た。それがどれほど無粋で無礼で非常識か、あなたは判っているのかしら?」

 はっと短い息をつくと、ラジェットは自分を落ち着かせるために一度、目を閉じた。自分の鼓動の音が激しく耳を打つ。

「……頼む」

 次の瞬間、ラジェットは深く頭を下げていた。

「レイエに会わせてくれ。俺は、あいつに会いたいんだ。そのために、すべてを捨ててここに来たんだ」

「あらら。一国の王子がこの私に頭を下げるとは。面白いこともあるものね」

 くすくすと笑うと、魔女は言った。

「会ってどうするの? あなたは彼を選ばなかったのではなくて?」

「違う!」

 それは絶対に違う!

 ラジェットは顔を上げると、きっとアレルギアの顔を睨みつけた。そのことだけは譲れなかった。

「俺はいつでも、ずっと、あいつのことを選び続けていた。ずっと……ずっとだ! 永遠に俺は……!」

 すっと、目の前に魔女の白い手が伸びて、彼の唇をその細い指が塞いだ。

「勇敢な王子。ならば私はお前に問おう」

 漆黒だった魔女の目が金色に変わった。

「レイエに会うために、お前はここに来たと言った。では、彼と会うために、お前は私にどんな代償を払うのだ?」

 代償?

 その言葉に、少なからずラジェットの心は震えた。

 悪名高き魔女の元に乗り込んできたのだ。無傷で済むとは思っていない。とっくに覚悟はできているつもりだった。だが、それでも魔女の冷たい瞳を目の当たりにして、恐怖心が湧かないわけがなかった。

「どうしたのですか?」

 そっと指を離すと、アレルギアは値踏みするようにラジェットの顔をみつめた。

「何故、黙るのです?」

「……何が望みだ」

 掠れた声で、ラジェットは必死で言った。

「俺に払える代償なら、何でもくれてやる」


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