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その1

 アルシュが寝返りを打つと花の香りがした。

 その爽やかな甘い香りには覚えがあった。

 はっと目を開くと、彼の視界一杯に波打つ金の髪と、その隙間から覗く桃色を淡くぼかしたような色白のうなじが見えた。

「な、な、何!」

 弾けるように上半身を起こし、アルシュはずずっとベッドの端まで下がる。

「お、お前、どうしてここにいるんだ!」

「……ああ、おはよう」

 彼の隣でブランケットにくるまって眠っていた少年は、のろのろと寝返りを打つと物憂げに、狼狽(うろた)えているアルシュの顔をみつめた。

「もう朝?」

「な、何を呑気な! 性懲りもなくまたお前は俺の寝室……いや、そもそも俺の島に勝手に入り込んで……!!」

「……そう騒ぐなよ」

 うんと両手を突き上げて伸びをすると、金髪に明るい緑の瞳をした少年は、ベッドからのんびりと身体を起こした。

「この島は次のお仕事の、ちょうど通り道だったからさ、一晩、泊めて貰っただけだよ」

「泊めて貰ったって……俺はそんな許可を出していないぞ! そもそもこの島は魔族の住む『死の島』なんだ! そこに何だって光の勇者であるお前がのこのこやってくるんだ!」

「固いこと言わないでよ」

「固いとか柔らかいの問題じゃねえ!」

「ちょっと疲れちゃったから鋭気を養おうと思って……」

「俺の城は休憩場じゃねえよ!」

「そんなこと判ってるって」

 少年勇者は少し寂しげな顔になると言った。

「君に会いに来たのに、つれないこと言わないでよ」

「え。……俺、に?」

「うん」

 にこりと微笑まれて、アルシュはぐっと息を呑み込んだ。

「……お、お前な、そんなこと言われて俺が喜ぶとでも」

「判ったよ。忍び込んでごめんね。君を起こすと悪いと思ったから、お城の壁をよじ登って窓からそっと入ったんだ。ああ、大丈夫。君の部下は誰も傷付けてないから。聖剣を見たらみんな、怖がって逃げちゃうんだよね。どこに行っちゃったんだろ? あっという間に姿を消すんだよねえ」

「……逃げて当然だ。だいたい気軽に魔族の島に休憩に来る勇者がどこにいる?」

「ここにいるけど」

「そういうことをさらりと言うところが怖いんだよ!」

「そお? 僕はいつも紳士的に行動しているつもりだけどな」

 言われてアルシュは黙り込んだ。

 確かに、この光の称号を持つ小生意気で変り者の勇者は、他の六人の勇者に比べるとずっと紳士的ではある。

 勇者という者は大抵の場合、魔族は悪と決めつけて、神から授かった厄介な聖剣をひけらかし、魔族の棲む国を、島を、城を、当然のように急襲し、破壊し、殺戮を繰り返す。何もしていない小さな低級魔族まで一方的に斬りつけ、命乞いすら無視して殺す。 

 何故、殺す?

 その答えは簡単だ。

 俺たちが魔族だからだ。

 そして、あいつらは神から選ばれた勇者。彼らは善であり、俺たちは悪。そういう揺るがない法則の元であいつらは生きているからだ。

 なのに。

 アルシュは改めて、少年勇者の顔を見た。

 こいつだけは、勇者のくせに魔族を殺さない。

 依頼を受けて魔族退治にやってきても、他の勇者のようにいきなり斬りこんで来たりはしない。城門の前で丁寧に名前を名乗り、訪れた理由を説明する。だからといって、勿論、勇者を「いらっしゃいませ」と城の中に入れることはしない。その後はどうしても戦闘になってしまう。

 だが、それでもこの勇者は殺さないのだ。相手が忌むべき魔族であっても、戦闘力を削ぐだけで、決して無益な殺生はしない。

『話し合おうよ』

 と微笑みかけてくるのだ。

 話し合って解決しないことなんかないよ、と。

「怖い顔だね」

 不意に、少年勇者が言った。

「僕のことがそんなに邪魔なら、睡眠も取れたことだし、そろそろ行くよ」

「え。もう?」

「あれ? 名残り惜しいわけ?」


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