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第9話 中尉殿は王国の未来を憂う


俺の名はマーカス・ブリーチャー。


誉れ高いブルノート王国陸軍第3方面部隊の中尉である。


そして此度の任務に成功すれば…同期との出世争いで一歩先を行く大尉昇格も…決して夢じゃないだろう。


そして末は軍務大臣か将軍か…なんて野望もあるが今はそれどころではない。



「マーカス中尉。冒険者ギルドからダンジョン遠征に参加するパーティの書類が…承認印をお願いします」


精霊石の入手任務に向けた作戦会議や事務作業で寝る間もないほど忙しいこのタイミング…

部下であるキツネ獣人のキンタヌ軍曹が見たくもない数枚の書類を提出してくる。


思わずムッとした表情になってしまったが軍曹に対して含むところは俺にはない。

だが…キンタヌとは。。配属当初はなんとなくタヌキ獣人を想像してたのだが…


いや、何も言うまい。


我が王国軍…特に辺境伯さまを頂点とするこの第3方面軍では獣人族であろうがドワーフやエルフと言った精霊族であろうが実力が全てだ。



…それに我らが麗しの姫さま。


ブルノートの月姫、と社交界隈では近隣諸国にまでその美しさを讃えられるリニアリス第二王女。

彼女は隔世遺伝の影響でエルフの血が色濃く出たハーフエルフと呼ばれる存在だ。


王家にはもちろん第2王女の母方…正妃様のご実家であるウラカ家でも過去にエルフとの婚姻記録があるのでそれは不思議ではない。


ちなみに家名でわかると思うがウラカ辺境伯様の妹君に当たる方がリニアリス様の母君にして、ブルノート王国の王妃様である。


この方々の耳は第2王女のように尖ってはいない。



だけれど、と言う訳でもないのだが種族や出自には俺はそれほどこだわらない。だが…


俺は内心で苦々しく思いながらもキンタヌ軍曹に渡された書類に目を通した。


「冒険者なんぞの力を借りるとは…」

「親衛隊の連中が…油断して王女の家出を見逃したのも痛かったですね。半官半民とはいえ王女護衛の主導権をヴァルキリーに握られましたし」

「ちっ…胸糞の悪い話だ」


冒険者…


自由を愛し自由の為に戦う、そうノタマって憚らないイケ好かない破落戸ども。刹那主義者、日雇い労働者…言い方は何でもいい。


俺の、正確にはブリーチャー子爵家の家督を継いだ兄の領地でも…冒険者どもが日々起こす騒動で苦労が絶えない、とぼやく兄は最近ではめっきり老け込んだ様子。


それはここウラカでも同じだ。

力のある冒険者相手の場合、憲兵隊だけでは手に負えず我々軍が仲裁に入るトラブルも日常茶飯事である。



なんだかんだ由緒ある出自の者が多いヴァルキリーは厳しめの採点をしてくる顧客相手でも不評を聞くことが殆ど無い。


ウィークエンドも同じだ。

エイベル。奴がまだ貴族の…王都騎士学校においても天才の名を欲しいままにしていた後輩であった奴がリーダーだからだろうか。


その恐るべき戦闘能力の割には常識的な連中でもある。



そう考えるとやはり出自は大事なのだろうか…?


いや、攻略組のひとつベテランズというパーティは二言三言だが言葉を交わしたところ問題があるようには見えなかった。


軍情報部による内偵の報告でも過去に問題を起こした様子は…少なくとも表立ってはないし、出自もみな平民出身とあった。


だが…



「ジャングル…」



コイツらと何か因縁があるわけではない。


だが俺が思い浮かべる冒険者…まさにそれを絵に描いたようなガサツな言動と軽薄なナリをした連中。


会議室に入った時から、生意気にもどこか豪快洒脱な雰囲気を漂わせるコイツらがなぜか目に付いた。


それはジャングルにいた銀髪の…冒険者にしては美人の…異国情緒あふれるナイスバディの…砂漠の民の女が…


「ジャングル?イジィって女は佳い女でしたねぇ」

「ば、馬鹿者、その女のことだけではない!」

「へ?…その女のことだけ?」

「むっ…す、すまない…何でもない独り言だ」


独り言にしてはキンタヌ軍曹と話しの流れが繋がっていたが…それ以上は追求されなかったのでヨシとしよう。


俺なら根掘り葉掘り聞くがな。

…甘いぞキンタヌ。尋問力はマイナス1っと。



改めてジャングルの姿を思い返す。



さっきも触れたが異国情緒あふれる不思議な、それでいて優雅とも取れる色彩と模様で作られた砂漠の民の民族衣装をきた女盗賊イジィ…


軽くウェーブのかかった長い銀髪を1束だけ細かく編み込んで前に垂らしたその顔…髪と同系色のどこか浮世離れした大きい瞳、唇も厚く色っぽく…


なるほどヴァルキリーの連中が欲しがってるという噂もあながち嘘ではあるまい。

盗賊という何かと物議を醸す職業ではあるが、それを補って余りあるほど貴族や富裕層の女性護衛として人気が出そうだ。…男にもだろうが。



そして内偵の報告ではその兄…血は繋がってないようだが見た目の評判では妹と正反対の結果になること間違いなしの大男…戦士ダイン。


貧しいスラム出身と聞いたが…なんだあの体格は…

模擬戦で軽々と大斧を振り回していたのを見たので、あの筋肉が伊達でないことは証明されている。


内偵調査にあたった人物がギルド酒場(レッドハウス)で思わずその体格を作るコツについて聞いたらしい。


そしてその返答は…


「あぁん?筋肉をつけるコツ?…考えたこともねぇな…あぁそういえば俺様…食べる割にはウンコとか出ないんだ。ガハハ!食べたもんが全部筋肉になってんだろうな」


まさにクソな回答である…

ウンコしないって…帝国で流行りのアイドルでもあるまいし。


帝国ではいまアイドルと呼ばれる歌って踊れる庶民向け娯楽の演芸を生業にしたうら若き女性達が大人気らしい。


彼女アイドルたちはその見た目の可憐さと、手の届かない高嶺の花としての稀少さからか、ウンコもオナラもしない存在と言われてるらしい。


…馬鹿馬鹿しい。

帝国に出張する機会があったら…帝国の馬鹿さ加減を知る為にも視察せねばなるまい。



「そう言えば剣舞と互角に渡り合っていたサムライ…恐ろしいほどの腕前でしたね…親衛隊の連中も青ざめてましたよ。あれがなんでC級なのか…」


キンタヌ軍曹の疑問はもっともだったが、その答えは簡単に答えられるものであった。


「情報部の報告によれば…単に冒険者歴が浅いかららしいな。遠い東国の出身だからか…冒険者ギルドに登録してまだ一年とのことだ」


冒険者ギルドは公には民間企業の位置付けである。しかし所属する国の影響はやはり無視できない。


それどころか国は非常時に冒険者の強制徴兵権を持つなど、軍の予備戦力に近い立ち位置を余儀なくされてもいる。


だが基本的には独立組織を謳っているだけあって、近隣各国の冒険者ギルドは情報連携くらいはしている。

その為、拠点を変えた冒険者も基本的には等級を落とすことなく活動を続けることが出来るのだ。


だがそのどこにもソールと言う名の冒険者も、それと思しきサムライの情報も見つける事は叶わなかった。


「1年!?それでC級とは…それはそれで凄いですね」

「まぁソールについては正直言って調査不足ではあるがな…ただ剣呑な二つ名の割にそれほど危険な性格でもないらしい。強者との一対一に強い拘りはあるようだがな」


サムライに関しては騎士学校のテキストベースだが知識もある。


遥か東方の国における騎士階級の戦士。

義によって立ち、義の為に戦い、義の為には死すら厭わない、と。


それだけだったか…うむ…あんまり役立つ授業じゃなかったな。


だがダンジョン攻略の予備戦力としては申し分ない。

東方の田舎者をも受け入れるブルノート王国への義の為に存分に働いてもらおう。



そしてジャングル最後の1人…リーダーのアロウズ。


エイベルの元相棒。そしてエイベルと共にA級冒険者であった…あの『風来坊』の弟子。


暗い色の金髪を頭の両サイドで編み込み、残りを後頭部の辺りで小さめのお団子に纏めた…女のように凝った髪型をした冒険者。


服装にも金をかけているようで、普段は着心地の良さそうなグレーの半袖カットソーに濃い藍色のズボンを愛用し、お洒落だかマジックアイテムだか分からないがシンプルな指輪や腕輪をいくつか嵌めて、優男を気取っている。


そして、その為人ひととなりとしての評判は…



万年C級冒険者、物欲魔人、歩くセクハラ、顕現した煩悩、サキュバスの母乳で育った紳士…


内偵から上がってきた報告書を一つ一つ見ていくと頭痛がしそうな噂や通り名の数々である。


まぁ万年C級、の件はなるのが早かっただけで24歳でその等級はむしろ優秀と言えよう。


それに若くしてC級にのし上がる冒険者にしては暴力的な振る舞いも…無いとは言わないが問題視されるほどではない。あったとしても同じ冒険者相手のイザコザで、市民に対しては意外と礼儀正しいらしい。

妊婦に席を譲る姿も内偵に目撃されている。



だがやつは…やつの問題は兎にも角にもスケベであること。


女冒険者から酒場のウェイトレス、花屋の店員に女学生と職を問わず、種族においても人間はもちろん猫獣人やエルフ、果てはホビット娘などあらゆる女にちょっかいを出している姿が、聞き込みでも内定の監視でも目撃されている。


共通してるのは若く顔は可愛らしい造りで体格は華奢な女。…分かり易すぎるだろ。。


コイツだけは…絶対に何があっても我らが王女様に近づけてはならない。

特に…これからは大事な時期でもあるしな。



ただこの助平…その振る舞いにしては驚くほど女性からの評判も悪くない。


冒険者とはいえ俺と同じ子爵家出身のヴァルキリーのサブリーダーであるサラ。

男女の関係ではないようだが、現役の貴族令嬢でもあるサラと友誼を結んでいるのが何よりの証拠でもある。


それに女だけではない。

ウィークエンドとは何かと因縁があるようだが、ギルドでの交友関係の広さは特筆すべきほどだ。


ウラカに数多くあるパーティやクランと繋がるツテに関して、ギルド職員を除けばアロウズが最多数だろう、とはギルマスの言葉だ。


その中には軍でも尻尾を掴み切れてない情報屋や…

ウラカの闇である裏町を支配しているクラン・エッジ。そんな犯罪集団紛いの連中とも繋がりはあるようだ。



冒険者としての実力は2流、見てくれは1.5流、人誑ひとたらしの才能は1流と言ったところか…


まんまジゴロだな…



まぁさっきは心配したが…

ブルノートの月姫と呼ばれ、眉目秀麗、頭脳明晰、品行方正と三拍子揃った第二王女様が…


万が一にもこんな中途半端な男に引っかかることはないだろう。



俺が熟考するあいだ遠征の備品目録に目を通していたキンタヌ軍曹が話しかけてきた。


「マーカス中尉。…このアラム商会から仕入れてるポマード…とは?」

「ああ、それか…それはこれだ」


そう言って俺はビッチリと美しく七三分けに固めた頭を指差す。


「なかなか良い整髪剤でな。型崩れしにくいのだ。髪型の乱れは風紀の乱れ…以後マーカス隊の正式な髪型はこれにすることにしたのだ」



何とも言えない顔をしたマーカス隊所属のキンタヌ軍曹をよそに、俺はアロウズとかいう冒険者の髪型をポマードで七三分けする想像を楽しむのであった。



ノクターンでも連載してるのでそちらもよろしくお願いします。



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