第5話 無理な注文だ
リニスが王女…
俺の動揺を余所に参加者が出揃った事でギルドマスターのキャレドが説明をはじめる。
「優秀な冒険者の諸君、ご苦労さんだ…急な募集のところよく集まってくれた」
キャレドは40代半ばのずんぐりむっくりとした男だ。こう見えても現役時代はB級まで登り詰めた優秀な冒険者だったらしい。
「早速本題に入らせてもらおう。この任務の目的は精霊石の入手だ」
いささかシンプルに過ぎるキャレドの説明であったが、それでも会議室がざわつく。
それもそのはず。
精霊石とは…一説によると手に入れた者のどんな願いでも叶えてくれると言われるお宝なのだ。
しかし…
「精霊石?なんでござるか?」
「特別なダンジョンマスターがドロップする……魔石の超凄い版といったとこネ」
イジィの言い方だと身も蓋もない感じだが…実のところはその通りだ。
まず魔石だが…それはダンジョンの魔物を倒すと出てくる魔力の込められた不思議な石のことである。
魔石は魔法の補助や魔導具の出力媒体に使われるなど、この世界では無くてはならない、そして冒険者の主な収入源でもあった。
そして精霊石は願いを叶えると言われているがそれは御伽噺や都市伝説の類であって、とんでもない魔力が込められた魔石、というのが現代での一般常識である。
非常に珍しく価値の高い物ではあるが、その存在はいくつか確認されてもいる。もちろんその精霊石で願いを叶えたという人物は現れていない。
周囲の冒険者達も似たような認識であるのだろう。
「精霊石……協同任務でもおかしくない目的だが…」
そう、問題はその精霊石をドロップするダンジョンがどれなのかが分からないこと。
「みなも疑問に…もしくは精霊石が出るまでこのウラカ周辺にある…数百もの迷宮をしらみつぶしに攻略するのか、と懸念しとるかもしれんな」
単に高難易度ダンジョンだから入手できる、という話しでもないのだ。AやBといった上級ダンジョンだけでなく、過去にはC級といった中級難度のダンジョンで発見された実積もある。
ここで少しだけ真面目な顔をするギルマスのキャレド。
「実はお隣の…グゾン教国の教皇様が精霊石の出る迷宮を神のお告げで知ったらしい。その情報を元に我々がダンジョン攻略を行い…精霊石を手に入れる」
グゾン教国…ここブルノート王国の東南に隣接する小国。
政治と国教である聖ダイアボ教が密接に繋がっている宗教国家であり、国王と教主を同一人物が代々務めている事は有名だ。
ただ最近ではグゾン教国に本社を置く民間企業が力をつけてきたという噂もあり、宗教色は若干薄まったとも聞く。
とは言え…
「精霊石と…お告げって…なんか胡散臭い話しだな…」
俺の近くにいた冒険者の言葉は…皆の心を代表したものでもあったろう。
「ちょっと!聖ダイアボ教を…教皇様を胡散臭いなんていうのは許さないよ!」
そうか…コイツは聖ダイアボ教の神官だったか…
ウィークエンドの神官…セトが血走った目で発言者を探しはじめる。
「…落ち着けセト。それにみなも口を慎め…今ここには聖ダイアボ教の司教さんも来てるんだ」
「ギルマスまで!司教さんじゃなくて司教様だろ!!」
「五月蝿い!黙れ小僧!貴様こそギルマス様と呼べ!ギルドから除名すんぞ!!」
さすがギルマス…セトが昔の自分と同じBランクとはいえ場数が違う。
蛇に睨まれたカエルのようにセトは押し黙ってしまった。
様付けを強要できるとは…精霊石無くてもやりたい放題出来るんじゃない?
ギルド酒場のウェイトレスが全員可愛いのはギルマスが一枚噛んでるに違いない。
趣味が合いそうだ。ってことは俺がギルマスでもいいんじゃないだろうか。
「えー、ゴホン…司教さんでも何でも私は構いませんが……ここには辺境伯様とリニアリス様もいること忘れずに…」
若干気まずそうに声をあげたのは線の細いヒョロリとした印象の薄い男。たしかにセトの着る神官衣に似た服装をしている。
辺境伯の周囲にいる文官達に混ざっていたため気づかなかったようだ。
「冒険者の皆さま…聖ダイアボ教徒でない皆さまが教主様のお告げに疑問を持つのも尤もであります…が」
ここで司教さんは若干得意げな表情を浮かべて話しを続ける。
「我らグゾン教国はこのお告げにより…この10年で二つの精霊石を入手しております」
司教さんの言葉に会議室が一際ざわつく。
「それはすごいのぉ…あの帝国ですらここ50年では一つしか入手しておらんはず…」
老エルフのワイクリフが何気に情報収集力の高さを自慢してくる。ギルマスもウンウン頷いてるけど…本当に知ってたのかよ…
「これで皆の心配も若干は薄まっただろう。そういう事でギルドの総力をあげて精霊石の入手を…絶対に成功させる!!貴様等も成功時の報酬は期待しておけ!金も…昇格ポイントもだ!」
成功報酬が高いことを匂わせるギルマスの発言に冒険者たちも色めき立つ。
「でだ…具体的な話をする前に…ちと残念なことになる奴等も出てくるが……作戦の参加パーティを選別する!」
そういやそんな話しだったな……選抜前に聞いて良い話しだったのか?
それに辺境伯やリニスのいる理由も分からん。
「参加パーティ上限は目的のダンジョンの都合により4枠。そのうち2つはA級のウィークエンドとB級のヴァルキリーで決まりだ。残りはB級が一組にC級が三組……」
ここで選ばれないとリニスとの接点が無くなっちまう…
何としてでも選ばれなければ。
「ギルド条項により残り枠の一つは推奨ランクと同じ…B級ベテランズだな。最後の1枠をC級で競ってもらう」
ベテランズはその名の通り冒険者歴20年を越えるベテランおっさん達で構成された、派手さはないが手堅い作戦立案能力とそれを無難にこなす確かな実力をもったパーティだ。
新人の頃からこのパーティ名だったのだろうか…
よくぞここまで…彼らのモチベーションの源泉が気になる。
って今はそんなことどうでもいい…ギルマスの野郎こっからどうする気だ?
「C級の三組には…ウィークエンドと模擬戦をして判断しようと思う!模擬戦とはいえ辺境伯様とリニアリス様もご覧になられるから気合い入れておけ!」
そういう事か…
冒険者…というかウィークエンドの実力を辺境伯達に見せてギルドの評価上げや任務達成の根拠にする気だな。
全員に説明があったのは報酬の高さを俺たちに知らさせてウィークエンド相手でも辞退や手を抜かせないようにするためか。
ウィークエンドの連中…事前に知ってたのか?
C級と三連戦するってのに涼しい顔してやがる…
だがむしろ世間的な評価を鑑みればそれは当然の態度。
これは中堅上位のC級が舐められてるわけではない。仮にB級であってもさほど扱いは変わらないだろう。
それ程までにA級とB級のあいだに立ちはだかる壁が、高く厚いのだ。
他のC級パーティの連中は若干青褪めた顔をしているが…
「上等だ!!ぶっ殺してやる!!」
「ウィークエンドの血で塗装したナイフを辺境伯に献上してアピールするヨ!!」
「なんとかエイベルと一対一にしてもらえんか?」
ジャングルの頼もしいこと。。
殺すのは無しだし、辺境伯はそんな猟奇的な人じゃないし、パーティ戦だから一対一にはそうそうならないけど。
「はぁ…ま、やるしかねぇな。前回の1人よりはマシだろ…」
どっか水魔法の有利な…プールサイドとかでやりたいんだけど言っても無駄かな…?
ついでにリニスが水着姿だとやる気出るんですが…
◆◇◆◇
ウラカ冒険者ギルド 修練場
クエストの参加パーティ選別のために会議室から模擬戦の会場にゾロゾロと移動した俺たち。
もちろん模擬戦会場はプールでもお風呂でもない。
移動の合間になんとかリニスに近づこうとしたが、護衛のヴァルキリーや近衛兵が邪魔で一度も話すことは出来なかった。
現在はウィークエンドと他のC級パーティが模擬戦を行なっている最中。
ジャングルの出番はこの次の次…つまり最後だ。
ギルマスわかってるな。
「アロウズ…エイベルとは…まだ喧嘩してるの?」
順番待ちをしていた俺に話しかけてきたのはヴァルキリーのサブリーダーであるサラ。
何だかんだで同年代の冒険者はたいがい知り合い同士なのだ。
「喧嘩って…ガキかよ?」
「男なんてガキかジジィしかいないわ」
「子爵家令嬢のセリフじゃねぇな…まぁ否定はできねぇが……エイベルがどっちかは分からねぇけどな」
「…そうね、元許嫁なのにわたし、彼のこと…好きな女性のタイプとかも知らないし…もしかして…」
なんとサラとエイベルは…正確にはエイベルの実家である男爵家がお家取り潰しになるまでは婚約関係だったそうな。
エイベルは実家が潰れた15歳の時に冒険者となり、その後しばらくは俺と行動を共にしていた。
サラも子爵家の令嬢でありながら冒険者となり、今ではヴァルキリーのサブリーダーでもある。
その特質上、ヴァルキリーでは高貴な出であることも重宝されるためそれほど不思議な話ではない。
だがそれが元婚約者エイベルを追ってのことだとしたら……なかなか泣かせる話しじゃないか。
「あいつの好みか…」
サラはとても美しい女だ。それも文句なく。
目鼻立ちの整った貴族的な顔に背が高く抜群のプロポーション。
今は鎧を着込んでいるが、普段は清楚で可憐な格好を好んでおり服装の趣味も良い。匂いもなんかメチャよい。
10人いたら9人は美人と言い、3人は恋に落ち、1人は晩のオカズが一品増えるだろう。
「一応、オトコよりオンナが好きみたいだから…諦めんなって!!」
「なっ!?…別にそういう訳じゃ…」
「たまにはアホみたいに厚化粧してみるとかは?」
「そんなの好きな訳ないでしょ!!もう、わたしのことはいいのよ…それよりミミが貴方とやり直したいって言ってるらしいわよ?」
「…おいおい、万年C級冒険者より…妾でも貴族の坊ちゃんがイイってフラれたのは俺だぜ?」
ミミはヴァルキリーの新人の娘だ。それ以上の説明はいるまい……ぐすん…
「まったく…執着しないのは良いことなのかしら?その調子でイジィをウチにくれない?」
「兄貴のダインもセットになるけど?」
「遠慮しとく…置き物にしても趣味が悪いわ…場所も取りそうだしね」
「サラ、お前とトレードでもいいぜ?」
「元相棒の元婚約者に手を出そうかなってこと?」
「…はぁ…そりゃ気色の悪い冗談だ」
「そう……リニアリス様のことも冗談よね?」
まさかの展開…誰がどこでそんな話を言いふらしてやがるんだ。
「…何のことか分かんねぇな」
「リニアリス様から伝言よ、この選抜説明会のあと話がしたいそうよ。でも正式には無理だから…」
「な、どうすればいい!?」
「はぁ…本気なのね…惚れるにしたって相手くらい選びなさいよ」
「そりゃ無理な注文だ…男の行動原理は上半身の脳ミソじゃなくて下半身の指揮棒が握ってるって話しだったろ?」
表現は多少変わったがそんな内容だったはず。
「…その流れで王女に会わせる護衛がいるとでも?」
「…誠に申し訳ありますん」
「それ謝ってないわよね?はぁ…でも命令だから仕方ないわ……ギルド貴賓室の向かいにある護衛の控え室。そこに一瞬だけ時間を用意してあげる」
選抜説明会のあとギルド貴賓室向かいの控え室か…
早めに…もう今から向かった方がいいかな。
「わかった…」
サラにお礼と詳しい段取りを確かめようとしたその時…
「ぐはぁ!!」
模擬戦会場から苦悶の声とこちらに向かって怒鳴り声をあげるギルマスのキャレド。
「そこまで!!…次が最後だ!!ジャングル!!」
もうかよ…前の二組の戦い全く見てなかったな…
「じゃあ頑張って…アロウズ。友達として応援しておくわ」
「模擬戦の審判やってくれてもいいんだぜ?」
「わたしがエイベルに不利な判定をするとでも?」
審判の買収は見事に失敗。
俺は無言のまま後ろ向きで手をヒラヒラしてからウィークエンドの待つ舞台に向かう。
ちなみにヒラヒラに意味はない…なんかしないと格好つかないと思っただけだ。