第1話 100点満点だ
興味を持って頂きありがとうございます。
現地主人公ですが言い回しや例えに地球的な表現が含まれることもありますが、そう訳されている、という事で。
お気軽にお読みくださいませ。
「あのっ!!これでどれくらい乗れます!?」
うだるような暑い日差しのなか、気持ちの良い涼風が耳元を通りぬけた。
思わず風の吹いてきた方向へ汗ばんだ顔を向けると、アーチ型桟橋の細い手摺から身を乗り出し1枚の硬貨を見せる少女。
その硬貨を覆う黄金色の輝きが俺の脳細胞を活性化する。
…どれくらい、とは時間なのか距離なのか。
つばの広い帽子を被っているせいで少女の顔は見みえない。その代わりではないだろうが、スカートのスリットからは白い細脚がチラリと覗いて見える。
…桟橋より一段低いこの位置からは特に。
いずれにせよ金貨1枚も出すなら、このボートを1日貸切ろうが、ここ水の都ウラカの水路を一周しようがお釣りの方が多くなる…
だがその考えは、少女の身につける仕立ての良い高級そうな衣服や、都市で流行りの実用性のないショルダーバッグに気づいたため、口から出ることはなかった。
育ちの良さそうなお嬢さんのワガママに付き合うんだ。少しくらい役得という名の臨時報酬があっても良いだろう。
数瞬の黙考ののち、なるべく余裕を保った表情をつくりながら口を開く。
「この時間ならウラカ中心部から西部にかけてのコースがお勧めだぜ。中心部の大運河から眺める領主館は地上とは違う絶景だし、タイミングが合えば海に沈む夕日が西岸近くからは見えるんだ」
標準的な水路巡りコースより、かかる時間も距離も長くなるが料金も特別価格だ。それなりのイロはつけて然るべきだろう。
そもそもこのボートは小綺麗ではあるが、水先案内船ではなく貨物運搬用のただのボート。都市のお勧めモデルコースに従う道理もない。
「急いでるんです!それで構わないのですぐ乗せてもらえないでしょうか?」
行き先を決めずに急いでいるとはこれまた奇怪な。まるで子供向けの英雄譚に出てくる悪者に追われたお姫様じゃないか。
俺の配役が気になるところだ。
「そうかい…じゃ、さっそく出ようか?その桟橋の脇から…」
そう言いかけたとき、少女が何か小声で囁いたかと思うと……
「えいっ」
ボートに向かって桟橋の手摺を越えて飛び降りる。
「うぉ!あぶっ……なくないね…」
自然の落下速度を明らかに無視してゆっくりと、華麗とも思える姿で音もなくボートに着地した少女。
ご丁寧にも帽子に手を置いて顔は隠したままだ。
「こういうのも空から女の子が降って来たって言えるのかな?」
この水の都ウラカが属するブルノート王国全土で人気の大衆劇の一場面が思い浮かぶ。
「?…今のは失礼にあたったでしょうか?」
「いや、100点満点だ。シチュエーションと言い…可愛らしい下着といい」
「ちょ……見たんですか?」
「見たんじゃない、見えたんだ」
金貨1枚と…美醜は分からないが年頃の少女のパンティ拝観料。こりゃ気合い入れて案内しないとな。
「急いでるんだろ?しっかりボートの手摺に掴まってな」
「あっ、まだ話しは……わっ!は、早い!」
ったくこれだから箱入り娘は…男に「はやい」なんて言うもんじゃないぜ?
水魔法で操られた水流に押し出され、ボートはグングンと勢いをあげながら進む。
向かう先は水の都ウラカを東西に切り分ける大運河…その名もウラカ大運河。シンプルイズベストだ。
出発当初はボートの速度に驚いていたようだが、その後は会話らしい会話もなくウラカ大運河に到達した2人。
「まだ…怒ってるのかい?」
「…怒られるようなことをしたってことですよね?」
「君が過程ではなく結果を重視する人間なら」
「っ!?…すみません」
ちなみに俺は結果重視のタイプであるため、パンティが見えるなら大抵の過程は気にならない。
「ふふ、こっちにお礼を言う義理こそあれど、謝られるような事は何もされてないぜ」
「もう……いえ、なんというか…変わった人ですね」
「そうかな?仲間内じゃあ特徴が無いのが特徴って言われてるくらいだけどね。物欲煩悩エロ魔人って呼ばれてるよ」
「それ…メチャクチャ特徴ありますよね?」
「誰にだって物欲や色欲はあるだろ?」
「はぁ…やっぱ変わってます、貴方は…それにしても…水魔法お上手ですね」
ウラカ大運河に着いてからはゆったりと…地上を歩く人々より少し早いくらいの速度でボートは都市の中心部へ向けて進んでいく。
「まぁ商売道具の1つだからね。10年もやってりゃ誰だってこれくらいにはなるさ」
「そうですか?これほど淀みなくボートを…水を操る水先案内人は貴方が初めてです」
少女が勘違いをしていることを示す言葉ではあったが、それは無視したまま話題を変える。
「そんなことより見てごらん。あれが我ら小市民を厳しくも優しく治めるウラカ辺境伯の領主館だ。地理的にも政治的にも正しくこの水の都の中心ってとこだな」
「…遮るものが少ないからでしょうか?地上より壮観に見えますね」
感心はしているようだが思ったより反応が薄いのは残念だ。そもそも平民なら地上であれ、これほど近くに領主館を見る機会は無いはずだが。
白と群青を基調とした美しい領主館。その付近では騎士や憲兵たちが慌ただしく動きまわっているのが見えた。少女はどこか身を隠すように、ボート内部に深く身を沈めて座っている。
しばらく他愛のない会話をしながら、領主館や運河に浮かぶ他の船に近づきすぎないようにボートを進める。
「あんまり浮かない表情だね…まぁ顔はよく見えないんだけど…」
「か、顔は…ご、ごめんなさい…」
「悪者に追われたお姫様だったり?」
少女は慌てた様子で運河の景色へ顔をそむける。
「まぁ気にすんなって。もし顔を見て…さっき拝見したパンティの価値が下がったら大変だ」
「…二重の意味で失礼ですよ!でも…自分で言うのもアレですけど…わたし怪しくないでしょうか?揉め事に巻き込まれるとは考えませんでした?」
「商売柄揉め事は避けて通れないんでね、今さらだよ」
「そう…なんですか?勇気、あるんですね」
「じゃあもっと勇気出して…パンティの価値が上がる方に賭けてみようかな」
そう言ってワザとらしくワシワシと動かした手を少女の帽子に向ける。
「ぼ、帽子は取ったら駄目ですよ!本気じゃないですよね?」
「賭けの話し?冗談だよ、ふっふっふ」
顔の造形でパンティの価値が変わるのは本気だ。
「ふぅ…ふふふっ、ほんと変な人。エッチじゃなければ面白いって評価もつけてあげるのに」
「その条件だと、この世に面白い男はいないってことだよ」
我ながら雑な極論ではあったがその台詞に呆れたのか、それとも絶句しかけたのか…
反射的にこちらへ顔を上げようとして、寸でのところで思い止まった少女。
惜しい…だが細っそりとした美しい顎のラインや瑞々しい唇、整った鼻筋、細身で均整のとれた肢体。これだけでも十二分に美人の範疇に入るだろう。
だが1番重要な目が見えない……
それに顔全体を見るまで決して油断するな、とは俺の尊敬する聖戦士ダーヨシの自伝に口酸っぱく書いてあったな…
聖戦士ダーヨシとは現代では聖人として扱われている遥か昔に実在したと言われる救世の英雄の一人だ。
彼は酒も嗜む程度で度を越えた事はなく、争いで夫を亡くした女性を妻にするなど、その自律と博愛の精神が今でも根強い支持を得ている偉人だ。
「ちょっと小腹が空いてきたな、ウラカ名物の柑橘系スムージーでも一緒にどうだい?」
「わぁ、イイですね!暑かったのでちょうど…」
少女が涼を得ようと無意識に胸元の服をパタパタさせながら賛同の意を示す。ゴクリ…
俺はボートに乗ったままスムージーが買える水上屋台船まで近づいて船員兼販売員の男に声をかける。
「ヴァーップ!レモンスムージーを2つだ!」
「おーう、アロウズじゃねぇか!レモン2つだな…ちょい待て」
「なる早かつ、たっぷりな」
「わぁーってるよ!この我儘野郎め…それにしても今日の荷物は随分と可愛らしいじゃねぇか」
「バカ野郎、荷物じゃねーよ!デートだよ、デ・エ・ト」
「あの…ちょっと……」
「ワハハ、そりゃもっと珍しいわ!そんな貴族みたいな嬢ちゃんなんて特によ!……あいよレモン2つ!」
「あんがとよ!ほら、釣りは取っときな」
「って…おっ?ホントに多目に出すとは…こりゃホントに珍しい」
「幸運のお裾分けだ」
なんたって金貨1枚プラスαの報酬があるんだからな。
俺は片方のスムージーを少女に渡し、自らもスムージーを食べながら器用にボートを再出発させる。
「あの…デートじゃないですよ?」
「ノリだよノリ、デートってことにしとけば奢りだぜ?それよりソレうまいだろ?」
「んっ…ほんと美味しい!…わたし初めてです」
「おっ?マジか珍しいね」
「そうですか?アロウズさん…でいいんですよね?アロウズさんは色んな女の子にこうやって奢りになるんですか?」
奢りが初めてってことか……
「いや…うん、アロウズであってるよ。そして俺が奢るのは可愛い女の子だけだ」
「調子良いこと言って…」
「たはは…でも嘘じゃないぜ?ただ奢りたい女の子がたくさんいるから困っちまうけどね」
「女性には全員どこかしら可愛いところありますから」
「そりゃ世界の半分だけの意見だ。もう半分はその意見に猜疑心か不信感を持っている」
スムージーのお陰で機嫌が良くなったのか、少しずつ会話が弾んでいく。
「そうなると、少なくとも世界の半分は見る目がないってことになりますね」
「その説には賛成だ、お嬢さん」
どちらに見る目がないかの意見は分かれそうだが。
「あの、わたしのことはリ…リニスと呼んでください」
ついに名前ゲットだ!明らかに偽名っぽいけど、それに突っ込むほど野暮な男じゃない。
「リニス…いい響きだな」
ペニスよりも確実に……流石にその台詞は飲みこんだが、そんな他愛の無い会話に心地よさを覚えながら、2人を乗せたボートは静かに水をかき分けていく。
「…で、俺はこう言ったんだ『奥さま、荷物としてなら体重制限はありませんよ』って」
「ぷっ…ウフフ…それちょっと失礼よ!でもおもし…」
ボートが都市西部に入りかかり、リニスもようやく固さが取れて自然体で話すようになった頃だった。
穏やかな湖面に波紋を生み出す投石のような一言が飛んできた。
「見つけましたよ…リニアリス様」
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