火雷利香登場
【怨みます・呪います】
「ぎゃあああああああああああああああああ!」
俺はあまりの恐怖に思い切り叫んでいた。周りに居た同級生や、同じ学校の生徒たちが何事かと一斉に俺の方を振り向く。
「あ、すみません。下駄箱に虫が居たもので・・・」
咄嗟に嘘をついて誤魔化す。「なんだこいつ?」って表情を浮かべながら散会していく皆さん。
俺が居るのは、俺が通っている高校の生徒用玄関だ。登校して下駄箱のドアを開けると一枚の可愛いデザインの封筒が入っていたんだ。いかにも女子が好んで使いそうなやつね。
いやあ、ついに俺にも春が来るのかと舞い上がっちゃったよ。で、封を開けてみたら、真っ黒な紙に白い文字で「恨みます・呪います」って書いてたんだよ。そりゃびびるっつーの!
まあ、こんなことを仕掛けてくる奴の目星は大体ついている。俺の友人である「火雷利久」の妹「火雷利香」だろう。
昨日、俺の家で利久の妹が利久のストーカーになっているという話を利久本人から聞いた。そして、ブラックアース絡みで俺を敵対視してるとも。
利久に言わせると「あいつは暴力的な事はして来ないのは断言できる。けど、精神的なダメージを負わせるほうは得意なはず」とのこと。
うん、まあ、朝から精神的ダメージは十分食らったよ。不特定多数の方々に変な目で見られたしね!
しかし、恐らく彼女のいたずらであろうと思われる現象はそれでは終わらなかった。
ある時は、一人でトイレで用を足していたら、いきなり風船が割れるような音で驚かされ、あやうく色んなトコにひっかかるとこだった。
そして別の時は、鞄の中にいつのまにかムカデのおもちゃを入れられ、ある日の朝なんか、下駄箱をあけたら、どこから集めて来たのかは知らんが、ありとあらゆる「ゴミ」が詰め込まれていて、靴箱の扉を開けた途端どさっとゴミが落ちて来た。俺がやったわけじゃないのに、俺がちらかしてるみたいで、皆の視線がすげえ痛かったぜ・・・。
まあ、こんなせこすぎるいたずらが3日くらい続いてたんだけど、これは単なる序章にすぎなかったんだよなあ。
ある日の放課後の事だ。俺は学校が終わり、電車に乗り自宅のある町の駅で下車し、徒歩で家まで歩いていた。
そしてその女は現れた。道の真ん中で腕を組んで仁王立ちしているそいつが。
身長は160くらいで、やや茶色がかった髪をサイドでリボンで結んでいた。まあ、ツインテールってやつだ。で、ちょっと短めの学校指定のスカートに白いニーソックスを履いている。なんつーかこう、いかにもアニメとかで出てきそうな子だった。
「初めまして、黒部真司さん。私の名は・・・」
「火雷利香だろ?久しぶりだなおい」
「な、な、なんでわかったんですか!」
「いやあ、正直会うまでは顔とか忘れてたんだけど、顔見たら一発でわかったわ」
昔たまに遊んでたからか、本人に会ったら昔の顔までちゃんと思い出せてきた。さすがに大人になってはいたが、面影は残ってるっぽい。
「ま、まあいいです。突然の私の登場に驚いているとは思いますが、今日はあなたに言う事があって来ました!」
びしー!と俺に指を指しながら叫ぶ火雷利香。さっきからこいつの芝居がかった言動に、周りの通行人がイチイチ反応して、めっちゃ恥ずかしいんですけど・・・。
「何を隠そう、ここ数日のあなたへの嫌がらせはこの私がやったんです!」
得意気にどや顔を見せる利香。うんまあ、全部わかってるんだけどね。なんか、場の空気的にそれ言っちゃ悪いような気がするので、俺は十分配慮して発言する事にした。
「だってお兄ちゃんのストーカーしてるんだろ?」
ぴきーん!と固まる火雷利香高校1年生。へっ、言ってやったぜ。
「す、すとーかーなんかじゃないもん!」
おーおー、めっちゃ涙目で俺を睨みつけてる。
この3日間、俺は数々の嫌がらせをなんとも無い風にずっと装っていた。そうすれば、業を煮やした利久の妹が俺の前に現れると思ったからだ。それか、いたずらがエスカレートしていくかのどっちかだな。まあ、エスカレートするようだったら、利久に詰め寄って止めさせる予定だった。
「まあ、とにかく、何度お前が俺に嫌がらせをしようともだな・・・・・・・」
「すとーかーなんかじゃ無いもん!うわあああああああああああん><」
火雷利香、号泣してました。
「ちょ!お前落ち着け!なっ!?」
「びいいいいいいいいいいいいっ><」
やべえ、全然泣き止まねえ!めっちゃ人見てるよ!
「ねえ、あの子、黒部さん家の子じゃない?」
「あら、ホントだ。女の子泣かせてるわよ」
ぎゃあああああああああ!これ以上、この状態を放置すると、ご近所に俺の風評被害が起こってしまう!やばい、俺も泣きたい><
「と、とりあえずこっちに来い!」
俺は利香の手を引っ張って、家の中へと逃げ込むことにした。あー、さっき話してたおばさん、ご近所でもスピーカーと評判の名高いおばさんだった・・。終わったな俺・・・。
そんな事を考えながら利香の方を見ると、さっきよりは落ち着いてきているように見える。まあまだ「ぐすっ」とか鼻をすすってるけどな。
「とりあえず上がれよ。茶くらい出すから」
そう言って俺はすたすたとリビングへと向かう。利香は一瞬戸惑ったものの、一応招待には応じるようだ。家の中をキョロキョロと見回している。どうやらお袋は買い物に出掛けているらしい。姉貴も帰ってきてない。
俺は棚から紅茶のティーバッグを取り出しお湯を注ぎ、砂糖とスプーンを一緒にテーブルまで持って来た。まあ、砂糖は好きなように入れるだろ。
それぞれ紅茶を口に含んで、ちょっと落ち着いてから本題に入った方がいいだろう。慎重に言葉を選ばないと、さっきみたいにえらい事になるからな。
しかし、利久の話だけでイメージしてた妹像では、もっとヤンデレ的なあれかと思ったけど、全然違うじゃねーか。まあちょっと変わってるとは思うけどね。
「あー、さっきは悪かった。悪気があったわけじゃないんだ許してくれ」
椅子に座ったままだがとりあえず頭を下げる。ホントは悪意100%だったのは内緒だ。
「別に・・もういい」
あくまでも視線は合わせずに、ぷいっと明後日の方を向いたまま利香は答えて来た。まあ、この分だと落ち着きは取り戻したと思っていいだろう。というか思いたい。
「あー、それでだなあ、本題っつーか、聞きたい事があるんだけど・・・」
「なんで私が、あんたに嫌がらせをしてたかって事でしょ?」
「あー、それそれ」
だってさ?俺の下駄箱にゴミを一杯に詰める作業なんか、朝一とかで学校に行ってゴミを集めなきゃ不可能なんだぜ?そこまでのパワーを注ぎ込んででも俺に嫌がらせをしたいってどういうことだよ・・・。
「昔は、お兄ちゃんいっつも私と遊んでくれてたの」
「うんうん」
「でも高校生になってからは遊んでくれなくなった」
「うん」
「私が高校生になったら、また色々話したり出来るかなーって思ってた。それで、私が遊んでたゲームを一緒にやろうよって誘ったら、「もう真司たちと一緒に遊んでるから無理」って・・・」
「う、うん」
「それである日、お兄ちゃんの部屋覗いたら、すごい楽しそうにゲームやってて」
「・・・うん」
「そしたら、私とは遊んでくれないのに、なんで他の人とは楽しそうにしてるの!って」
「うん」
「そしたら、いつの間にか、お兄ちゃんをゲームに誘ったあんたに段々腹が立ってきて」
「そっか」
「そんなのただの逆切れだってわかってたんだけど、なんか止められなくて・・・」
あーもうこれ、俺が姉貴にやっちゃった事とほとんど同じじゃねーか・・・。
俺の場合は、里奈の奴からゲームに誘われて一度は一緒に遊ぶ約束したんだけど、その後すっかり約束を忘れてて、結局他の人からの誘いでゲームをやってたんだ。自分との約束は忘れてるのに、他の奴からの誘いで俺がゲームをやってる事を知った里奈は、そりゃもう落ち込んでたよ。
利久の場合は、妹から誘われても断ってたくせに、俺からの誘いで簡単にゲームを始めてしまった。で、妹が傷ついている事に利久も気付かずに、利香の奴は、段々と俺に怒りの矛先を向けたわけだ。
あー、何やってんだかなあ、俺も利久も。全然姉や妹の事考えてないんだろうなあ。情けなくなってくるぜ。
「悪かったな」
「え?」
「いや、ストーカーとか言っちまった」
「別に良いよ。あんたからみたら、実際そう見えるのかもだし・・・」
そう言って、すでにぬるくなっていた紅茶を一口飲む。
「私ね、お兄ちゃんに興味を持ってもらおうと、色々頑張ってはみたんだ」
利久がゲームをいつの間にか遊んでいたのはショックだったけど、自分とも一緒に狩りに行こうとか、利久の為にお弁当を一生懸命作っていた話を利香はしてくれた。
「でもなんか、全部裏目に出たみたい」
そう言ってうつむく利香。泣いてはいないんだけど、すげえ泣きそうな顔で。なので俺は「ぽんっ」と利香の頭に手を置いた。これは姉貴が落ち込んだ時に俺が励ます方法だ。
「頑張ったんだなお前」
主に俺が被害を受ける方向に頑張ってたことは、この際言わないでおこう。
「ふ、ふええええええええええええええええええっ><」
それが合図となったみたいに号泣する利香。まあ、こいつも色々と溜め込んでたんだろう。堰を切ったように泣き出した。おかげで俺の制服は、こいつの鼻水と涙でべちょべちょだ。
まあ、色々あったけど、こっからは俺もこいつに協力して、良い方向に事態が向かうようになればいいな。なんて、事態の収束を感じていた時だった。
ガチャ!ドタドタドタ!バタン!
玄関のドアが開き、誰かがリビングに走り込んできた。
「しんじーーーーーーーーーーーーーーー!」
そこには鬼のような形相の俺の姉貴が立っていた。やばい、何かしらんがすげえ怒ってる!
「あんたねえええ!さっき外で弟が女の子を泣かせてたっておばさんが言うから慌てて帰ってみれば、誰も居ない家に女連れ込んで何する気だったのよ!」
ちょ!こいつ完全に誤解してる!しかもあのスピーカーおばさんマジで仕事はやっ!
「ち、違うぞ!俺は何も・・ぐわああああああああ!」
里奈に胸ぐらを掴まれて、思い切り頭を揺さぶられる。
「何が違うのよ!この状況で言い訳出来るわけないでしょ!」
「いやだから、その子は火雷利香なんだってば!ぐえええっ!」
「だから何よ!火雷利香なんて子私知らな・・・・ん?」
ようやくここで何かに気付いたらしい。
「あれ?あなたどっかで見かけた事あるわね?」
「だーかーらー!この子は火雷利香、利久の妹だよ!」
そこでようやくわかったらしく、やっと俺を開放してくれたよ。毎度ながら早とちりが過ぎるだろ・・・。
「ああ!あなたが利久の噂の妹ね」
「あ、は、はい。」
利香の奴は若干怯えながら里奈に対応している。まあ、無理はないな。さっきの里奈の形相は、俺の中でもベスト3に入るくらいの怖さだった。
「えっと、噂の妹って、どういう事ですか?」
「あれでしょ、利久をストーカーしてるんでしょ?」
「ちょ!おまっ!」
「ひぐっ、うわああああああああああああああああああああん><」
再び利香の鳴き声が響き渡る黒部家リビング。
「なんでこの子泣いてんの?」
全く状況が理解できていない里奈と号泣する利香。二人を見ながら、俺は一人ため息をついた。