花京院楓香、一生の不覚です!
私は目の前の愉快な茶番に、口元を隠すように広げていた扇子を緩く扇ぎます。本当に、何と滑稽な場面に出くわしたことでしょう。
そこに繰り広げられていたのは、私のお取り巻きと称し常に行動を共にしたがった海原京子さんと、その彼女を取り囲む男性の面々。海原さんはガタガタと震えながらバケツを抱え持っているようでした。さらに近くに目をやれば、ずぶ濡れの少女が1人。見覚えはございます。最近、この学園に転入してきて全校生徒の話題をさらっていった有栖川美優さんです。有栖川さんの肩を抱くのは私の婚約者である城ヶ崎圭様。
有栖川さんが有名になったのは、その天真爛漫な性格故にでしょう。決して目立った美少女という訳ではない普通の少女ですが、底知れぬ明るさと・・・て、天使のような愛らしい笑み。それが彼女の魅力で、この学園の男性陣は虜になるのも時間の問題でした。
彼女を我が物にしようと争い、その権利を勝ち取った男性方は、孤高のピアニスト・西條結城様、全国模試上位の天才・石橋義人様、極道の一人息子・堺辰也様・・・そして、城ヶ崎財閥の御曹司・城ヶ崎圭様でした。それが揃いも揃ってこの場に居合わせ、私を睨んでいるのです。
「おい、花京院楓香!お前、こんなことしてどうなるか分かってるんだろうな!」
「こんなことって、何の話でしょうか?」
私をフルネームでお呼びになるのは、堺様です。前々から私のことをスカした嫌な女と嫌っておいででしたから。
「花京院、君がしらばっくれたって逃げられないよ。君のお取り巻きはこんな状態なんだからね」
「わ、私は・・・」
西條様が侮蔑の視線を海原さんに送ります。海原さんは救いを求めるように周りに視線を送り、ちょうど石橋様と目が合ったようでした。
「さぁ、海原。白状するが良い。どうして美優に水なんてかけたんだ」
「・・・それは・・・」
追い詰められた海原さんは、一度私へと視線を送り、すぐに下を向きます。そして、とても小さい声で白状されたのです。
「楓香様の命令で・・・やりました・・・」
なるほど。
私に罪を擦り付けて逃げようということなのね、海原さん。周りの男性陣は敵意剥き出しの視線をこちらへと向けてまいりました。
「やっと尻尾を捕まえた。今まで美優がされてきた嫌がらせは、全てお前の差し金だったんだな」
「靴を隠したり、教科書を破いたり。陰湿極まりない女だな」
そんなことをしたのですね。海原さんは私にくっついてばかりいたのに、いつの間にそんなことを行っていたのかしら。海原さんに疑問の視線を投げかけますが、彼女は下を向くばかりで私の視線に答えてくれそうにありません。周りの男性陣が口汚く私を罵る中、城ヶ崎様が静かに私に問いかけました。
「楓香、教えてくれ。本当に君がやったのかい?」
真っ直ぐに向けられた瞳を受け、私はちゃんちゃら可笑しくて思わず笑ってしまいます。年貢の納め時とはこのことなのですね。それでも、答えは決まっているじゃありませんか。私は持っていた扇子を閉じました。
「私が嫌がらせをしたのか、ですか?そうですね、海原さんが行った行動は全て私の責任ですわ」
「え!?」
私の返答に一番驚いたのは海原さんでした。私はヒートアップする男性陣を無視して彼女の元へと近づき、手を差し出します。
「海原さん。貴女、花京院楓香のお取り巻きなのでしょう?では、あなたの行動は全て私の管理下にあります。あなたの行いは全て私の責任において処理しましょう」
「楓香様・・・」
涙ぐむ海原さんを立たせ、制服についた埃を払ってさしあげます。もう、レディがこんな人前で涙を流すなんて、はしたないことです。
「おい、花京院楓香!もう言い逃れはできないぞ!」
「ですから、言い逃れなどしてはおりません。全て私の責任ですわ」
私は怯むことなどいたしません。なぜなら、私は花京院家の長女なのですから。
「どんな処罰をお望みですの?甘んじて受けさせていただきますわ」
「有栖川さん」
私がそう宣言したと同時に、城ヶ崎様は有栖川さんの俯いた顔を覗きこみました。どうやら彼女も泣いていたようで、城ヶ崎様がそっと涙を拭えばその胸に飛び込みました。
「圭くん・・・私、信じたくなかった・・・花京院さんが、こんなこと・・・」
「有栖川さん、優しい貴女は信じられないよね。でも彼女がこう宣言したんだ。プライドの高い彼女がこうまで言ったんだ、受け止めてあげられるかい?」
「圭!」
男性陣の嫉妬と怒りの視線を浴びながらも、城ヶ崎様は王子様のような笑みを浮かべ、有栖川さんの答えを待ちます。
「みんな、良いの。圭くん、私なら大丈夫。彼女のこと、怒ってないわ」
「美優!良いのかよ、そんなの!」
「美優さん!そんな、甘すぎます!」
「良いのよ。彼女もきっと、婚約者の圭くんのことで不安になっていたんだと思う。私、なんとも思ってないから!」
「それじゃ、楓香のこと、許すんだね?」
城ヶ崎様の瞳がキラリと光り、念を押すように有栖川さんに聞きます。有栖川さんは涙を拭き取り、いつも通りの元気な声で高らかに仰ったのでした。
「うん。私、彼女のこと、許すわ!」
城ヶ崎様はそれを聞くと、「そうか・・・」と彼女から手を放しました。期待で潤む瞳の彼女にニッコリと笑みを見せると、その肩をトンと押して他3名の男性の所にバトンタッチなされました。
「へ?」
「楓香!許すって!不問になったよ!」
城ヶ崎様はニコニコと笑みを浮かべると、私の元へと急ぎ近づいてきました。花京院楓香、一生の不覚でございます。
「そのようですね」
「これは、どう考えても僕の功績が大きいんじゃないかな?」
呆然とこちらを見る有栖川さんたちを無視して城ヶ崎様は私の肩を抱いてきます。往来で城ヶ崎家の子息を邪険にすることもできず、私は甘んじてそれを受けます。
「功績も何も、私は自分で責任を取ると言ったのですが?」
「そんなの、花京院家のお嬢様にさせられないよ。良かった、僕のプリンセス。君が気高くも美しいのは、その内面もまたそうであったんだね」
ここ数年、彼の婚約者に決まった時から弱みなどは見せないように過ごしてきたって言うのに、ついに彼に借りを作るような事態に陥ってしまいました。
「け、圭くん!?」
「ん?どうしたんだい、有栖川さん」
「ど、どどどういうこと・・・?」
突然の事態についていけないとでも言うように、有栖川さんは城ヶ崎様に縋りつきます。その腕をそっと外しながら城ヶ崎様は朗らかに仰るのです。
「どういうことも何も、僕の婚約者様はとっても気高いって話さ」
「気高いって、私をイジメてた人だよ!?」
「彼女はプライドの塊だ。そんなことしないよ。それよりも、さっきの聞いたかい?海原さんのことをかばって責任は全て自分で取るなんて・・・なんて尊いんだろう」
化けの皮が剥がれる城ヶ崎様を見ながら、有栖川さんはよろめきます。彼女は知らなかったのでしょう、彼がどういう人かと言うことを。
「そんな・・・そんな人のこと信じるの?おかしいじゃない・・・」
「どうしてだい?僕はずっと彼女の味方だよ。仮に、本当に彼女が嫌がらせをしていたとするなら、それはなんて名誉なことなんだろうね」
「え・・・?」
「僕が取られるのに耐えられず、嫉妬したってことになるだろう?」
「そんなこと万が一にもあり得ませんけどね」
暴走しすぎる婚約者に釘を刺すべく一言言わせていただきます。万が一にも億が一にもあり得ません、こんな変態男を取られて悔しいだなんて。
「全く嫉妬してくれないから、ちょっと残念だったけど。お蔭で僕のお姫様を救うことができたし。さぁ、久しぶりに一緒にお茶でもしないかい、楓香?」
「ごめんなさい、城ヶ崎様。私、海原さんを寮まで送っていきたいの。またにしていただけるかしら?」
「そういうことなら仕方ないね!大丈夫、いつでも僕は君のために時間が作れるからね」
ウィンクなんてクソ寒・・・失礼。彼と過ごすと口が悪くなりますの。見るに堪えない滑稽なものを見せつけられて、私は海原さんを盾にこの場を逃げることにしました。
「ちょっと、待ってよ!その女をこのまま帰すの!?」
「え?だって、有栖川さんはさっき彼女のこと許すって言ったじゃないか」
わなわなと怒りに震える有栖川さんに、城ヶ崎様は動じぬ王子の微笑みで返すのです。
「自分で言ったことの責任はちゃんと取りなさい」
本当に、食えない男でございます。