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殺戮機械の英雄譚  作者: 網田めい
“死体に埋もれた勇者の唾”
8/26

徒爾

 破裂した水道管から溢れる冷水が、排水に間に合わず床は五ミリほど溜まってきた。壁を蹴り壊し、水路を作って流した。鼻に入れた指をまじまじと見つめる。左手の人差し指の先には、私の鼻よりも大きい穴が銃口として空いている。


 どうにかして、左腕を分解できないだろうか。手首のネジは星型であった。ダークエルフの超遠距離狙撃の対抗策として、専用の長距離弾丸を作りたいと思っているのだが、弾丸は内臓式で装填補充が出来ない。専用のねじ回しを作る必要があり、更には超遠距離用の弾丸を扱える強化左腕も用意しなければならない。更に更に、専用の眼球……解剖し解析、倍率性能を上げないと。開発素材も集めなければならない。対策には時間がかかりそうだ。


 超遠距離射撃、か。女魔法使いが私に食らわした炎魔法“Rhein”――、あの熱線の射程距離が気になる。まさしく工学的レーザーだった。と、すると、射程はけっこうなものだろう。(熱量に比例するだろうが)呪文はたしか……「我が心に宿る情熱の魂よ、掌に集まれ。人々を克明に導く軌跡……」、だったか。


 つまり、血統により確定している頭髪の属性――女神に愛されるよう美貌を保ち内面宇宙、精神エネルギーを炎に変換させる。その後「軌跡」という語のワードで、熱線に変容させ、放ったのであろう。


 あの熱線は人が歩んだ道筋の後――真っ当に生きたとせん、真っ直ぐな足跡の軌跡というものであろう。それで直線軌道のレーザー光線を模しているとは、単純なものである。極論、自分が欲しい魔法は言葉を好きに紡げば、どんな形の魔法でも習得可能という予想が出来る。

 私も独自で魔法を作成できる頭髪を持っており、雷属性だ。雷のすべての特性を把握し、髪を整え、ダークエルフに対抗できる魔法の言葉を作り上げれば、弾丸作成の必要はないのだろう。


 私はかたかたと苦笑した。私は戦士のプライドがあり、魔法の習得はしないだろうが、絶対に負けたくはない。自身の身体の謎と武装の可能性を照らす。多様な考えを常に用意しておくことが必要だ。状況を把握し、最善の選択肢を見定めよう。


 しかし、考えるということは本当に楽しいものだ。

 身体の将来性を考えると、敵無しかもしれないな。いや。敵無しと決めつけるのは、まだ早いか。これは感情から思考を作動させたという証明で、“可能性”があるだけにすぎない。傲慢となるのは、足元をすくわれそうで恐ろしい。


 視線を身体に沿わせる。すべて左腕と同じ星型のネジで止まっており、分解は出来そうにない。

 上半身も下半身も、白銀の甲冑そのものであり、ぺたんと首がくっついているように見える。首を三百六十度回した。上下の可動を確かめる。首を空に向け……景色が逆さまとなり、背中に後頭部が密着した事を確認し、元へ戻した。


 一番に知りたい事は内臓の構造だ。以前の内臓は、すべての機器表面に不溶性フィルムを真空蒸着させ、水分子を通さない小さいガラスや金属の膜を何層もコーティングしている防水構造だった。分解さえ出来れば、構造を確認出来る。今のままでは、ネジのパッキンすら見えない。


「……」


 私は、兜を忘れた子供の聖騎士にしか見えなかった。


「……」


 顔面を持ったのだ。外套は必要ないだろう。

 一家惨殺という罪を勇者になすりつけるため、外套をここに残すと決めた。

 その時だ。扉を破った音に驚いて、私は聖剣を手に取った。


「……!」


 飛び上がり、空の浴槽へ着地した。扉をぶち破ったのは、水の激流であった。若干、浴場の水位が上がったが、隣の部屋へ流れていた。身体の解析は終わっていない。高圧の水を浴びれば、どうなるかわからない。

 激流の具現化が風に吹かれた煙のように消えた。扉をぶち破った者が土足で踏み込み、姿を現す。床を踏む足は、衰弱し切っているような静かな音を奏でた。月光に照らされ、顔が露わになる。地味だが、何かしら人目を引くものがある優しそうなフロックコートの男……母親と少女の同じ髪色――属性は、水の遺伝子系譜を辿っていた。その見事なまでに透き通った蒼髪は月光を反射し輝いている。


「…………」


 男の髪から蒼の光が一粒、くしけずりながら弾ける。足元の水が逆流した排水溝のように渦を巻き、天井を貫いた。大小合わせ、計二十五。こちらへ飛来する天井の破片を聖剣で斬り飛ばした。男は、竜巻と化した水流に右手を突っ込み……魔力で収束――竜巻を凝縮し得物とした。得物は丁寧に研いだ後か。鋭い形を保つには不必要とされた残りカスが、豪風に乗り小雨として降り注ぐ。――水魔法剣士。男は水の剣を形成したのだ。今すぐにでも、私の首を跳ね飛ばせるように。


 身体は水を弾いてはいるが、地に落ちず水滴が残されたままだ。内臓は大丈夫だろうかと、不安になる。


 危うい。聖剣の握りを確かめるよう大げさに振り、太刀筋を魅せる。水滴はある程度落とした。が、父親は私の行動を、見向きもせずにうつむいて、壊れた壁から隣の部屋へ逃げる水へと問いかけた。


水の女神(アイオラ)よ。私は感謝する。どうか、願いを聞いてくれ……」


 信仰心……彼の願いは剣の成形で消費した魔力の回復、だろうか。ぶつぶつと呟いていたが、虚ろな瞳をスイッチが入ったよう鋭くし、私を睨んだ。


「答えろ。私の家族を。娘と妻を殺したか?」


 聖剣の切先を男に向け、無言で構えた。言い訳をするつもりはない。子供は殺した。母親は、蛾人間が生理行動で喰ってしまった。しょうがない(、、、、、、)、のだ。不幸な事故、だったのだ。彼は、私と同じ復讐者と化している。あろうことか顔を見られた。たとえ地の果てでも追いかけてくるだろう。


「答えろ」

「…………」


 父親よ。涙を拭いてくれ。私の傷をえぐらないでくれ。私は少女を殺めたことを忘れようとしていたのだ。

 貴殿が現れ、また思い出してしまった。もし、貴殿を殺せば……無作為に私の傷をえぐる者がいなくなるかもしれない。辛い気持ちが早く消え去ってくれるかもしれない。



 『――お前は人間が好きでも嫌いでもない、まるでゴミ以下として見ているんじゃねえか?』



 蛾人間(モスマン)よ、その通りだ。私は自分が殺めた子供の事しか、頭に入っていないのだ。

 母親は喰ってはいないし、殺してもいない。関係ないとまで。

 だが、自身のことを糞野郎とは断じて思ってはいない。思ってたまるものか。


 父親は水の剣に閉じ込められた月下美人の花びらを見惚れたよう眺めている。私の返答を待っているのだろうか。


 早く、楽にさせてやりたい。最後にひとつだけ質問を。それで、終わりだ。

 私も。この家族も。命を持った全ての者が幸せになれるかもしれない――魔法を使わないのかどうか。魔法は人知を超えた奇跡なのだ。現に、勇者はその奇跡を使った後だろう。馬鹿な僧侶がいとも簡単に扱えるように言っていたのだから。


「……貴殿は、蘇生魔法を使おうと考えないのか」


 無粋な質問だった。死を拒み続けた人の王の悲劇から生まれた法律が、きちんと存在するというのに。彼は家族を殺され、涙を流したのだ。真っ当な心を持っている男であり、外道ではない。私と同じ状況に陥っているだけだ。仲間を生き返すことなど、無礼な事を考えてはならない。それが生者の在るべき姿なのだから。


 ただ私は、父親を理解する為に質問したのかもしれない。

 私は私を、心から理解してくれる親友を欲したのかもしれない。

 殺してやる。私の顔が街に広まると危ういのだ。敵は殺せるときに殺す。


 父親は、私を汚物と確信したよう、残念そうに呟いた。


「蘇生、治癒魔法は魔王を倒そうとする者にしか使う事を許されていない。争いを生む、腐った魔法だろう。奇跡を使わず、医療技術を学んでいる薬師や、医者を知らないのかな、君は……。正直、今の私は僧侶が羨ましいと思っているよ……でもね、人は簡単に生き返ってはいけないんだ。わかったかい? この糞餓鬼が」


「……心中察する。私が子供を殺した。貴殿の仇はこの私だ。すぐに後を追わせてやる。殺せるものなら()ってみろ」


 父親は泣きっ面で微笑み、膝であざ笑った。そうして(ひら)けた天井の先――信仰する水の女神(アイオラ)に叫んだのだ。家族を返してくれ、と。


 復讐に手を染めようとする人間の叫びは、私の血潮であろうモノを削ぎ落としていく。

 私は私の身を守る為、自ら深紅に染まる。脳回路は仄暗い心の底へと思考を沈ませた。


 ……1F12C……08E25DAB257BE6……1A456B5958FF57……74EF58DAC598……。


 けたたましい。隣の部屋へ逃げる水の流れが、機械語と化した耳鳴りに変わった。最高に集中している。これから起こりうる事象の最善の選択肢を見出す為、感情を抑えているのだろう。

 無論、必ず想い続けねばならない事が一点在る。

 彼は私そのものなのだ。同類(復讐者)の荒れ狂った面に花束を。貴殿の散り様を無下にはせず、必ず見取ってやろうではないか。


 貴殿へ精神の解放を。私へ記憶の忘却を。


 少女よ、目いっぱい笑え。

 天国で過ごすのは、母親だけでは寂しいだろう?


 少女よ、目いっぱい歓べ。

 天国で過ごすのに、父親は必要だろう?


 かたかたと震えていた。武者震いに違いない。

 たったひとりを殺して、私だけが救われる。簡単なことだ。


 全知全能の神(シディア)よ。

 感情のくだらなさを知っているか。


 私は知ったぞ。

 だからどうか。私を、殺してほしい。

 

 かた……かたかたかた……か

 た……かたかたかた……かた

 ……かたかたかた……かたか


 機械語の耳鳴りしか聞こえないはずなのに、武者震えの音が心理の複雑さを模したよう不規則な速度で流れ、視界に絡みついた。一文字、一文字、色の違う虹色だった。

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