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殺戮機械の英雄譚  作者: 網田めい
“死体に埋もれた勇者の唾”
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なだれを打つ

 勇者から聖剣を守ること以外での、殺戮衝動は初めてだった。

 

 気付けば、オークを殺める理由を探していた。腹が減ったから、食らう。オークは筋書きのように決められた生理行動に従っているだけだ。しかし。その当たり前の行動以外に、普通とは違う……いえば狂気じみた、道徳を踏み外している事は無いのかと、外見から突き止めようとしている。そんな懸命な自分に苦笑した。


 私は、ただ私が、心から納得いく理由を。

 私が私を許し、私が私を愛でることができるであろう最高の理由を。

 私は気品に溢れた殺しの理由を、自ら欲していたのだ。


 ただの躍起だろう。魔王の為でもなく、同類の為ですらない。私が私の為に自立していると証明する為の理性だ。そう、信じていたい。


 だからこれも、腹が減って兎を食わんとするオークと同じランクの。

 仲間が溶かされ、剣や鎧に加工している人間の心理状況と同じランクの。

 これらは両者とも外道だと気が付いているが、気が付かないように、しょうがないと(ないがし)ろにしている他者から身を守るための逃避本能と変わらない。


 私の殺戮衝動も、そういったしょうがないものなのだ。これは殺戮機械(キラーマシン)の本能そのものなのだ。……外道と見なせるものが見つからなければ、苛立ちを我慢し、立ち去れば良い。


 ――だが、すぐに見つかった。私は安堵し、かたかたと苦笑した。

 いや。苦笑ではない。殺す理由を見つけたことが大変、嬉しかった。どうしようもない些細な安堵から繋がった、これは私の最高の笑顔だ。私はかたかたと、心から笑ったのだ。


「貴様、殺めたな。人の子を」

 

 見つけた、と言うよりも、目が合ったと言った方が正しいかもしれない。

 オークは下劣な姿を、さらに不細工にするもので身を飾っていた。皮の紐に通した小さい宝石の数はゆうに三十は超えていた。宝石は、家族の悲涙そのものとして輝いた。オークは人間の眼球を首飾りにして見せびらかしていたのだ。


 眼球はすべて新鮮で、その数は確実に奴の腹に余る数だ。人間の貴族や高位魔族の美的感覚を猿真似し、威風堂々と。こいつはまるで、素っ裸で歩くことを(はじ)だとは思わず、知性が道徳の元に真っ当な美意識を追求することすら一切知らぬ、明白な木偶の坊だ。

 

「宝石の名はブルーアイか? 貴様に良く似合う。だから、死のうか」

 

 ぶらりとよだれが落ちて、雪が凹む。オークは恐れをなして、後ずさる。それがとてつもなく滑稽で、かたかたと肩が揺れた。首飾りにされた人間もそうだったのだろうよ。

 

 なあ。死を恐れた自分の姿はどうだ。みえるか。


 なあ。罪意識は、顔面を覆う(いぼ)と同じく膨れたか。みえるか。


 わかるか。氷柱よりも鋭い刃を放たれた後の自分の残骸が。きれいか。


 きこえるか。罰のけたたましさが。貴様は雪のカスよりも早く溶けるのだ。わかるか。

 

「――神よ。私に声を与えた真意は知らないが、感謝はしてやる」

 

 怒りを声として放出できると歓喜に満ちた。私は大聖剣(エクスキャリオス)を下段に構える。激情に身をまかせ、生まれて初めて吠えた。聖剣の切っ先から、目標を斬り刻むだけでは生ぬるい。俺にも殺らせろと言わんばかりに雷龍の首が現れた。その時だ。私に勇者を殺され激怒した、あの未熟な女魔法使いの苦汁を飲んだ姿が浮かんだのだ。

 

 視界は上から色をのせるよう、オークの姿を隠してゆく。あの未熟な女魔法使いの姿が、画面上でひしめいた。死んだ勇者に口を合わせる求愛行動……怒りにしなだれ睨む顔……しわだらけの顔から溢れる涙の光……それらが高貴そのものと誇張され、忌まわしいほどに画面を埋め尽くした。


 私は対峙した彼女と同じく、かたりと震えていた。これは若葉がいつか朽ちるほどに決まり切っている、見え見えの勝負なのだ。すなわち、丁寧に舗装されている勝利の道でしかない。恐れはこれっぽっちも無いはずなのだが、勝負という道の上で勝利を模した地平線の彼方へ栄光をかさね――私は、雄大な大地の美しさに圧倒され、立ち尽くしていた。これが、生者の誓いなのだろう。


 更に勝利への無尽の熱量が気持ちを(はた)く。必ず勝たなければならないという重圧。精神の強張り、これが武者震いというものか。あの魔法使いは高貴そのもので、心根を知らなかった私の方が未熟だったと脳回路は証明した。ならば私は、真摯に答えよう。震えた身体を丁重に扱い、圧倒的な力の差で撃滅する事が女魔法使いへの最大級の詫びとなるであろうと。


 身体を景色に没する。オークの動きが停止する。空から雪が降ってきたが、これもぴたりと停止する。眼前に停止した雪が地面に落下する距離は、この世界の単位(、、、、、、、)で、百五十センチメートル(、、、、、、、)。私の身長よりもやや低く、オークの丁度、三倍か。

 刃渡り九十五センチメートル(、、、、、、、)大聖剣(エクスキャリオス)を流麗に動かし、粒を刃紋にのせた。時間が圧縮し、高速で素振りをする私の姿のみ、景色は動き続けた。


 心が洗浄され、生まれ変わった気分だ。変化。成長。進化。まるで、異世界へでも転生したよう。わがままに生前の記憶を残しながらも、逃避を達成できたという夢を叶えた。そのような無理難題なものを儚いと悟り通して、微笑む気持ちが風となり、すうっと心へ吹き続ける爽やかな気分だ。


 ああ……以前の身体よりも軽い。私は冷静であると確認出来た。心象と景色を同化させ、身体を最高速度の時間感覚から脱した。オークを睨みつけたが、私に表情などない。ついつい、かたかたと苦笑した。

 殺される前に殺る、か。豚は無様に棍棒を天に構え、覆いかぶさるかのよう下品に駆けてくる。貴様は外道だが、勇敢な魔族だと証明したいのか。それとも貴様の薄すぎる高貴な魔族の本能がそうさせたのか。どちらにしても嬉しく思おう。


 センサーの電子音が私の脳回路に響く。迫り来る棍棒を持ったオークの姿が、視界上で敵と認識し自動で囲っていた枠からはみ出しており、危険だと伝える赤色の色調フィルターが、ちかちかと魅せていた。さらには敵の速度、推定被弾箇所、敵の装備品である棍棒の距離、固有スキル、習得魔法までもご丁寧に表記しているが、今は必要ない。全て無視をする。


 現在、宙を舞っている雪の粒よりも軽い身体を巧く扱うが、絶対に避けはしないと、決めている。

 大聖剣(エクスキャリオス)を試すのだ。秘められた雷龍に手出しはするなと命令する。

 持ち主は私だ。お前の身の切れ味を私に示せ。勇者にはもったいない業物だと、この私に証明しろ。

 棍棒が私の頭に叩く瞬間を目標とした。私の頭を叩き割ろうとする重たい一撃の刹那。棍棒を握る右手に、一切の痺れをきたすことなく、縦横無尽に八回振り切れた。聖剣の刃はただの一度も、棍棒の身に食い込まなかったのだ。


 かたかたかたかたかた。


 悪くない。勇者がどれほどの剣の達人か知らないが大聖剣(エクスキャリオス)は、私にふさわしい。


 ただの馬鹿みたいだ。棍棒を失ったオークは、私に背を向け、すぐに逃げ出した。私は追い打ちをかけるように、かたかたと大笑いした。

 先ほどの激情で、すでに気が付いている。聖剣には雷龍、つまり全知全能の神(シディア)が宿っているのだと。


大聖剣(エクスキャリオス)よ。奴が逃げるぞ。先程、怒っていたではないか。いいのか、それで」


 聖剣から雷龍が勢いよく飛び出した。黄色く長い胴体をしならせ、ぐんと天空を目指し、雪雲に宿った。未熟な女魔法使いを見下した恥は知り得た。勇者を男として愛している、魔法使いの少女よ。私の非礼の詫びは耳を塞げ。天が知りさえすれば良いだろう。私たちは敵同士なのだから。

  

「私は殺すと決めたのだから」


 罪深き我が心よ。罪人を滅ぼす者は罪人がふさわしい。この悪党をこの世から消滅させる事を、今だけは宿命と刻むとしようか。左腕を突き出して、人差し指の銃口を向ける。視界モニターに十字照準システムを組み込むが、逃亡するオークに標準を合わせるのは困難であり、しかも弾丸は七発しかない。自動照準に切り替える。



 《shikoh_kakunin……oma_chi_2……hidariashi_wa-i_wa-i(現在の思考を確認します……二秒お待ちください……左足でよろしいでしょうか ( ✧Д✧) )》



 文系思考行動(セルフモード)の私は、理系思考行動(オートモード)の私を了承した。オークの片足の関節へ向けて、風力、重力、湿度計算と……脳が左腕を操作し――発砲(ファイア)。銃声の破裂音がこだまし、反動で腕がぐるんと一周した。



 《monowasure_shazai85(弾着後の衝撃伝導による機体ダメージの試算を忘れていました。すみません m(-_-)m )》



 理系思考行動(オートモード)の私は、文系思考行動(セルフモード)の私に謝った。図太く、筋肉質の片足が、いとも簡単に千切れた。想像を超えていた弾丸の威力と反動に驚きながらも、右手の聖剣を握り直す。銀の弾丸がもたらした激痛にもがき、まずそうに雪を喰っている目標へ駆けた。揺らいでいる硝煙を速さで消した。積もった雪と針葉樹林の景色がひとつに混じり、方向感覚が無くなる全力の速度だ。


 神よ。憐れな外道の頭上に、鉄槌を下せ。私の速度から眺める溶けこんだ景色のよう、力をひとつに。


 雷も天から目標に駆けた。無論、落ちた場所を知らせる音よりも素早い。足を引きづり逃げようとするオークの背中めがけて突進し、刃が貫いたと知覚した直前……。稲妻がオークもろとも私を包み込んだ。雷から逃げる事など、一切考えていなかった。ただ、全力で殺したかったのだ。しかし、落雷の振動と共に白銀は瞬き……脳回路が正常に動いている事で、確信した。貫いた刃を限界まで押し込み、柄を足場に飛び上がる。倒れる寸前に回し蹴りを後頭部にお見舞いし、そのまま肘を叩きこみ、勢いよく土を喰わせた。肘はご挨拶程度だったが、首はへし折れていた。――私の苦手な雷が効かないと、雷龍は分かっていたのか。彼もまた、オークを全力で消し炭としてくれて嬉しい。


 拍子抜けするほど、あっさりと勝利を迎えたことに切なくなる。光り輝く聖剣を引き抜くと、オークの炭化した皮膚が風に削られ、高く舞った。落雷の影響で円を描いたように雪が溶け、墨色の地面に水たまりが出来ていた。気を取り直して、勇者を殺すために街を目指す。


「…………」


 外套が、はだけていることに気付き、顔を隠した。朝日が水たまりをてかてかと撫でている。つい立ち止まり、見惚れてしまった。私が写っているはずなのだが、写ってはいない。写っているのは、ひとりの人間のみ。金髪で蒼の瞳、色白で花車な顔面。少女なのか少年なのか見分けがつかない、人間の首……。


 おもわず、白銀の指を口につっこんだ。食道はなく、壁に指がぶつかった。不安に駆られ、声を出してみると壁は振動した。嗚咽はない。表情筋もない。目は生気が無く、死んでいた。


 神は、私に声を与えただけではなく、顔面の皮までも授けていた。

 声と顔面の皮は、別物では無い。声は顔の口から出るものであり、言語を発する。表情でも意志の疎通を図る事ができ、人間の証として機能する。つまり神は、人間の事を知らない私に、首から上の、顔……人間が“人間”と安易に認識できる外見を、私に授けていたのだ。身体は二足歩行、腕も二本。人間としか見えなかった。寝床を無くしたふくろうが私の肩に乗り、ないた。

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