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殺戮機械の英雄譚  作者: 網田めい
“死体に埋もれた勇者の唾”
3/26

兎の瞳で、静寂が見えるか

 

 ひとりぼっち?


 ああ。


 友達はいないの?


 たくさんいた。


 一緒じゃないの?


 殺された。


 どうして殺されたの?


 …………。 


 そ。わからないんだ。またね。



 雪の妖精は、寂しい時にふわりとやってくる。身体は小さく、雪の粒ほどで蜻蛉(かげろう)の羽根を持つ小人だ。私の頭部をくるくると何周もして、光の粒子を撒きながら空へ消えた。

 大気は灰色に満ちていた。世界は高く、動くものは雲しかない。しかし、濃い。じっと見つめなければ動いているとわからない。すでに夜の黒みは薄れ、遥か遠くの尖った峰から朝日が顔を出した。私の視界ヴィジョンを霞ませてゆくが。それは青いのか。白いのか。橙なのか。黄なのか。燃えているのか。凍っているのか。また、何も思うことはない無色透明なのか。ああ、油絵を思わせる混じりあった色っぽい彩だ。足を止めて、バカみたいに仰いだ。


「……」


 昨晩から街を目指し、歩き続けた。勇者の外套がなびく。きちんと顔を隠せているだろうか。鏡がないので確認できない。白銀の身体が、陽を反射し積雪を照らす。

 整列し、雪を干している針葉樹林の静けさ。それがどうにも恐ろしい。木々に挟まれた街道は無人だ。北をふりかえる。私の足跡は人間のブーツと変わりない。てん、てん、てん、と、兎の素朴な足跡と、私の足跡が、交差点を作っていた。


 兎は嘘つきだ。


 楽しそうに散歩しているのは、私を罠にはめるためなのだ。「ここの雪は、とても浅いよ、歩きやすいよ」と、茶化しているのだ。もう騙されない。


 感謝を込めて進んでみると、深かった。私は首まで埋もれてしまった。

 聖剣を振り回し、左腕を乱射。蜂の巣にしてからの一刀両断。さらに四連撃。絶対に許さないからな、内臓をぶちまけろ。慈悲はない。在るのは、喉元を掻っ切る刃のきらめ……。


「…………」


 など。など。などと。揚げ足を取るような事をされ、ぷうと心が膨らみ、すぐに破裂。そこから、ぐつぐつと感情が良く煮えた。感情は溶けきって、美味しいスープの完成だ。これが大変悩ましいもので、美味しく頂いていないというのに所持しているだけで、ぽっぽーと紅潮する。これは我慢という時間を無くすと、誰にでも作れるインスタントスープであり、考えがまとまらなくなる極悪なスープでもある。といっても、私に胃など無い。スープなんてものは、一度も飲んだことはないし、顔も紅潮しないが。


 と。よく分からない事を思った私の頭脳は、学ばねば得られないことを、すでに知っている。


 まるで大金を支払い、教師をつけて教えて貰ったように、物の名称……はたまた、地名や歴史。そして、感情までも脳回路に刻み込まれている。視界からの情報認識や地理空間情報(GIS)。自律し、何かを的確に目標する際などに、各々の変化、多様性を含めた物質の姿かたち、名称の記憶保持は最低限必要だとまだ思えるし、理解は出来るのだ。


 しかし、感情に関しては必要が無いと自身でも痛感している。姿は、雪のような白銀に変わってしまい、その形は聖騎士の鎧のよう。声まで持ってしまった。今までと変わらず無いものとすれば、味覚だ。当たり前だが、触覚、聴覚、視覚は存在する。


(触覚器に関して、温度覚と痛覚は排除されている。触覚と圧覚だけが存在し、モノの温度と痛みはわからない)


 元々、殺戮機械(キラーマシン)は、感情の無い機械人形の魔族である。魔族は勇者を倒す為に存在し、魔王によって召喚される。


 動力はもとより、装備に関して言ってみれば、左腕の指先で、攻撃する飛び道具と同等以上の物は、この世には存在せず、存在そのものが未知なる魔族とされているが……。


 魔王は、私たちに忠誠を誓わせるため、脳回路の細かな信号を制限し従わせていた。中枢の信号の洗脳をしていたのである。


 無理やり操る方法を知っている者がいるということは、どこかに私たちを良く知っている者、すなわち作った者がいるということだ。


 が。高位魔族の蛾人間(モスマン)が教えてくれた。殺戮機械(キラーマシン)が停止してしまうと、人間に溶かされて、剣や鎧にされると。


 作った者がいるのならば、私たちを治せる技術を持ち合わせているはずだ。


 高位魔族は、同じように知性、倫理を有する人間と変わらない。

 倒れている者を種族関係なく、救おうと考えるのが普通である。


 この時点でよくわからないのだ。


 人間も魔族も、何故か私たちの身体の事は全く知らないのだ。

 この世は謎だらけだ。つねに私は考えている。


「……」


 魔族は私たちが機能停止すると墓を作ってくれる。

 だが、人間は違う。すぐに直せるような軽い怪我をしているだけなのに、見つけると、すぐ剣や鎧にしてしまう。


 道徳を有する人間の事だ。私たちを尊い命と思いながら、治せないと、さじを投げて再利用したのであろう。これは何も治せないのならばしょうがないとするしかない。

 

 知性の無い低位魔族や、動物、はたまた妖精ではないのだから、倒れている私の仲間を何も思わず、剣や鎧にするなどと、ただの外道行為に他ならない。

 人間は自身の神に祈りを捧げ、溶かしているに違いない。出来上がったモノはきっと、善意で作ったであろう慰霊碑の元へと届いて……黙とうした後に、心を込めて使われるのだろう。私が人間の立場に変われば、かならずそうする。絶対にそうだ。


 だから、許すべきなのだ。その残虐非道な行為を。

 私たちの治し方を知らない人間に、罪はない。


 私たちの身体に関して、知識を持っていないのだから、なぜ魔王は私たちの脳回路を弄り、操る方法を知り得ていたのか。操るということはそんなに簡単なものだろうか。

 魔法とは、簡単な奇跡であっていいものなのだろうか。奇跡にも理屈があると私は思うのだ。


 神は私の願いを叶えてはくれなかった。


 それだけのことで、私は疑問が浮かんでくるのだ。神秘は、本当に理屈を越えているものなのだろうか、と。


 思考が大幅にそれた。


 兎は嘘つきなのだ。


 私は、兎に騙されたのだが、それでもやつを許したのだ。

 それもそのはず。やつはいたずらが好きな、どうしようもないやつで、しょうがないやつなのだ。だから、私は許すのだ。特に白くて赤い瞳の兎は、憎らしいほど可愛らしい。


 いかん。兎は追わないし、撫でもしない。前を見ろ。街だ。街を目指すのだ。ようやく見えてきたぞ。

 しかし、まだまだ豆粒だ。針葉樹林に挟まれて、いざ行かん――。


 ――が。くうくう、と、寝息が聞こえた。


 視界ディスプレイにサーマルセンサーを組み込む。ぴりりと、脳を刺激する音が響く。

 あいつ(・・・)は木の穴にいるようだ。全身で幹を抱きかかえるように、よじ登る。針葉が皮膚に刺さらないのは好都合であった。そうして、そおっと、穴を覗いたのだ。


 大きさ、毛並み、顔つき。そして、可愛さ。

 ――形態情報を洗う。昨夜のふくろうだと、私は確信した。


 小さい身体は膨らみ、縮み、また膨らんで、そして縮む。兎に騙され、ぷうと膨らんだ私の心のようだ。風でかすかに羽毛がなびくが、しっかりと丸まっており、一羽でも温かそう。声をかけたいが、我慢をする。

 昨夜、こいつは私の肩に止まってきた。つい、こちょこちょ、と、喉元を小一時間ほど愛でていたのだが、逃げてしまったのだ。


 私は心配だった。きっとこいつは、夜が苦手なやつなのだ。暗くて寂しくて、眠れなかったのだろう。だから、私の肩に止まったのだ。こいつは不眠症の治し方を知らない、どうしようもないやつで。しょうがないやつなのだ。


 私にこの子を起こせるわけがないだろう。すやすやと安心しているその顔を、いつまでも守ってやりたい。憎らしいほど愛らしい。


 さあ。新雪は朝日に慣れたか。細かな反射光が「おかあさん、はやく朝食をおくれよ」と、いわんばかりの、潤んだ兎の瞳を思わせた。私は溶けかけた雪をざくり、と踏みしめて進むのだ。


 東風(こち)を背に受けたぞ。風は味方だ。目指すのだ。街を。

 刺し殺す音を楽しく奏でて進むのだ。


 ざくり。ざくり。ざくり。

 ざくり。ざくり。ざくり。

 ざくり。ざくり。ざくり。

 ざくり。ざくり。ざくり。


 ……すう、と、それは(、、、)腰をかがめ、挨拶するかのように気取ってはいなかった。私の身体を。視界を。影が大きく(くる)んだのだ。私も優しく応えることが出来るだろうかと、自然にふりむいた。


 正体は、低位魔族のオークであった。上にひん曲がった巨大な鼻穴から白い息が目立つ。腰みのに、腹が乗っている肥満体型。右手には大木を切りだして作ったであろう、職人技巧が微塵も感じられないずぼらな棍棒、左手は……。


「下衆が」


 白兎を握っていた。巨大な掌から滲む血が雪を汚している。その背後で、家族か、はたまた恋人か。私と同じく表情筋が無いのが切ない。息絶えた仲間をじっと見つめる姿があった。


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