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殺戮機械の英雄譚  作者: 網田めい
“私と俺が、僕となる日”
25/26

鈍る世界に、嫋やかな金を:壱

 立ち止まった。まるで炎魔法使いは、良きにつけ悪しきにつけているようにしか思えないが。当然、躍起などはなく、平然とした冷静な顔つきのままだ。心から正直に言うことで生まれる羞恥心すら存在せず、嘘はなく思えた。


「ねえ、いくらくれる?」

「…………」


 この世は金がすべてなのだろうか。きっと、彼女にとっては勇者もふくめて――「――言葉を吐き捨てたあとでも、笑えるものなのだな」「ええ。真剣に、大好きだからね」――好きという感情は、彼女の一部であり、すべてである。勇者も金もひとつにまとめたものが、愛なのだと言わんばかりだった。


「金に困っているのか」

「別に困っていないわ。ただ、欲しい。ただただ欲しいの。息するくらいに」


 彼女の両眼は無限に涙が出そうなくらい潤っていた。なおさら、きちんとした美しい生き物に思えて、人間であることすら霞んでみえた。嗅覚がないのに、枯れ草のようなあどけない甘い香りが鼻孔をくすぐると錯覚する。「…………」彼女の時が止まったのか――目いっぱい欲しいとする無垢な笑顔をひけらかして、花車な姿が同様に、大人を着飾った子供としか見えない。


「何? 無一文なの?」

「金は、持っていない」


 彼女はため息をついた。笑顔をかさねて隠した。そうして私の手をつないで、歩き出した。

 わけがわからない。かたかた、と苦笑する理屈っぽい音が聞こえるはずなのに聞こえない。


 何度も耳にした音が聞こえた。


 とくん、とくん、と、中途半端な量の酒瓶を傾けた音が胸の辺りから聞こえる。とても微かなもので、暑いのか寒いのかという、あからさまにはっきりした季節の趣でないと真情はわからないが、粋な音だ。捨てた硫酸の瓶と同じ音なのに、成分が違った。


「――、――、――」


 弱すぎる音で、俺らしくなくて恐ろしい。ふたり一緒に踏みしめた雪の音で、簡単にかき消されてしまっているし、俺という人格が、そのまま汚くなった雪と同じく黒く溶けはじめている。何が何だかわからなくて、まさしく死にそうだった。


「おい……」


 どんどん前へ進む彼女のことが、わからなくて恐ろしかった。


「ん。なあに? おんぶなんてしないわよ」

「俺は、金など持ってはいない」

「それはもう聞いた」


 きっと彼女のことを利己主義という。俺は金が嫌いと叫べるほどの嫌悪感を持っている。

 何故? 何故――《――それは私も同じだ。私が本体だからこそ、そう感じるのだ。それが私しか持っていないモノなのだ。個を主張するための、類まれなる私だけの性格なのだ。はやく返してくれ。感情が内から叩く私の身体を――》――文系思考の訴えを無視し、俺は人間ではないから金を好まないと理由をつけて安堵する。俺もまた、彼女と同じく毛色の違う利己主義として、言葉を口にする。


「――金が無い俺を、君はどうする」

「わかるでしょう?」

「わからない」

「私は貴方と手をつないで、歩いている。その行き先が答えでしょう」

「俺を売り飛ばすつもりか」

「馬鹿ね。もう金なんていらないわよ」

「なぜ? さっき欲しいと言ったじゃないか。意味がわからない」

「あはは。今は、いらないということよ」

「なぜ?」

「必要がないと、今は想ったから。まるで……そうね。不肖の息子へ暴力をしてしまう偏屈な愛みたいな感じかなあ。しょうがないのよ」

「??」

「今の私の気持ちがわからないなんて、ガウェインは、やっぱり不器用な人間だと思う」

「??」

「私がそう思ったから、そう決まっているのよ。私にとっての貴方はさ」

「そうなのだろうか」

「そうよ。そうじゃないと、悲しいじゃない」

「なぜ?」

「人間ってさ、願い、祈るのが仕事でしょう? 叶わない理想を求めつづけるのは、金のように素晴らしいって堂々と分かるからね。綺麗な、だけな、宝石と違って」

「?? 君の言っている意味がわからない。宝石も金と同じだろう」

「違うわ。宝石の価値をすんなり認めるのは悔しい。その時点で、まったく違うわ。宝石ってね、ひょんなことで富を得た平民みたいなものよ。金のおかげで価値が成り立っている石ころなのだから、実はどうしようもない貧乏人。ただの汚い濁髪(クラウディ)みたいに」


 彼女は魔法を使えない濁髪(クラウディ)、平民を宝石と例えた。ぷいっと前を向いて、彼女の表情は見えなくなった。「…………」進み続けると、後ろから伺える髪が朝陽で光った。夕陽の空のように掴むことができず、悔める辛い色で。「…………」果てしなく澄んだ色が、もはやわがままだ。白い雪は黒い影しか映さないが、消えたくはないとする懸命な篝火のように、堂々と揺らぐ。金髪である俺の頭髪も一緒になって揺れている。「…………」ふたり一緒に笑いをこらえている些細な揺らぎで、彼女と平民を小馬鹿にしているみたいだ。「…………」民たちは、歩く彼女に道を開ける。先導する彼女の腕へ――俺の身体から、余った砂ぼこり混じりの娼婦の血液がぼろりと落ちて張りついた。返り血の面積は明らかに小さくなっていた。


「…………」


 娼婦は、平民だった。綺麗な黒髪だった。サイロ型の住宅から平民の家族が見えた。楽しそうだった。「…………」俺の私が、娼婦に恋をしたことは、俺も娼婦に恋をしたことになるのだろうか。


 彼女は俺の手を放して、言った。


「勇者様のギルドへようこそ」

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