白銀の殺戮機械
かた……かたかたかた……か
た……かたかたかた……かた
……かたかたかた……かたか
もう嗤うな
人の心は
もう知るな
悪魔の体は
もう見るな
私は私しかいないのだ
わかるか
わかるか
かた……かたかたかた……か
た……かたかたかた……かた
……かたかたかた……かたか
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
……………
…………
……
…
仲間たちが勇者の一団に惨殺され、ひとりぼっちで寂しいと回路がショートした影響かもしれない。いや、そもそも寂しいと感じる心がある時点でおかしいのだ。――本当に、なんとなくだった。
「…………」
勇者の魔法が擦り、一部が破損した影響かもしれない。それでつい、逆らってみたのだろう。そうでなければ、理由なんてつけられるわけがない。魔王に忠誠を誓っている脳回路とは全く逆の、自分の想いとは違う方向に手を動かしていた。
『全知全能の神の大聖剣を、勇者に渡すな。私の為に』
忠誠に反して行動する私の手。私は聖剣の柄に触れようとしたが、魔王に施されたシンキングプロテクトで、手を戻された。
間違いない。私は聖剣を守るガーディアンの一体なのだ。魔王を滅ぼそうとする勇者から聖剣を渡してはならないのだと、魔王の忠誠を貫く。ふたたび、地面に突き刺さる聖剣を背に回して、対峙する。
「――勇者様!」
私は人間を虐殺する殺戮機械なのだ。疾風のように素早く動ける二足の身体――、回路が精密に計算する頭脳、人や魔物を超越している空間認識能力からの寸分狂わぬ定点撃。身体の律動は決して狂わず、二本の腕から意図的に会心の一撃をお見舞いできる。
四連撃を勇者に喰らわせた。つまり私は、彼が私たちの弱点属性である雷魔法を放ち、一掃虐殺している中に飛びかかり、斬り殺したのだ。
死体はひどく柔らかい。上下に分断しかけており、外套が内臓を優しく隠し、私の真ん前に転がっている。お付きの女魔法使いが、勇者の亡骸に触れて、そっと唇を合わせ涙を落とした。
「……に、……ったいに、絶対に……許さない……」
口元は血だらけであったが、彼女は拭わない。
鬼の形相で私を睨みつけて、
「我が心に宿る情熱の魂よ、掌に集まれ!」
魔法の詠唱とは馬鹿である。彼女の深紅の髪から火花が走り、掌から橙色の球体が現れる。それは満月のようにしっかりとした丸みを帯びた、ファイアオパールの優しい橙色であった。炎の不安定な揺らぎはない。風が吹いても動じないだろう。激情を消してなるものか、心を炎のように熱くさせる。「私は炎の女神に、身も心も捧げている、憤怒の化身なのだ」。そういわんばかりの、情熱に満ちた炎の塊だった。
「人々を克明に導く軌跡と――」
反吐が出る。それは世に伝わり巡っている稚拙で低級な詠唱であり、それを“魔法”として具現化し、この世に成ってはいるものの。感情に身をまかせ、魔力を支えるはずである詠唱者の精神が、冷静な知性の元に扱う魔法と言えない。奥歯を噛み締め、かすかに震えていた。
武者震いとでもいうのだろうか。
震えるとは、自分を弱者と証明してしまうものだ。いつの間にか得ていた結果が、勝利である。勝負中に身体の震えを発生させてはならない。負けると思うからこそ、無様に震えるのだ。これらは、くだらないものに過ぎないのだから震えるはずはない。
「Rhein‼︎」
球体から毛糸ほどの熱線が五本、放たれる。軌道は、詠唱者の情熱に影響された人々が正しい道を歩もうとする軌跡、とも思える直線だった。私は、その無垢で子供らしい熱線を鋼鉄の身体で全て反射した。
「っ!? 私では役者不足とでもいいたいの? この機械人形が!」
「僕の魔力はもう少ないです。蘇生魔法は使えない。離脱しますよ」
もう一人の勇者の仲間である僧侶の男が、勇者と暴れる魔法使いを抱きかかえる。そのまま脱出魔法を唱え、戦線を離脱した。
「……」
スクラップと化した仲間の死骸が四散し、勇者の千切れた外套と血痕が残されている状況であった。見るに耐えられないと、首をもたげる。
天井は低く暗く凸凹で、ゴブリンやオークの疣を思わせる汚らしさだ。しかし、地面に広がっている光景よりも醜くは無い。不格好で情けないが、上を向いたまま、勇者をふたたび待ち構えようと考えた。
「…………」
鋼鉄の身体が、ひゅう、ひゅう、と冷気の深い窟の静けさに沁み通っていて、瞳を動かす駆動音は、ビンに入った妖精を地面で叩き割った悲鳴のよう短く響いた。
勇者達を痛めつけるのは、まるで数の暴力だったが、勇者はそれを難なく打ち破り、私を孤独にした。争いとはくだらない。そういった思考にまみれた私は、聖剣をじっと見つめて手を伸ばした。
――本当に、些細なものだったのだ。なんとなくだったのだ。魔王の誓いを逆らったらどうなるのかという疑問に苛まれて。
『全知全能の神の大聖剣を、勇者に渡すな。私の為に』
魔王のシンキングプロテクトが、私の手を聖剣の柄から指の第一関節ほどの距離で、戻した。
しかし私は、その柄にまた触れようとした。そして戻された。何度も何度も掴もうとしたが、叶わなかった。
私は壊れてしまっているのだろう。当然、意地になる。そういった殺戮機械らしくない理由を、安っぽく装飾しはじめた。
聖剣を掴むことが出来れば、私の中で何かが変わると思ったのだ。このとてつもない寂しさを、聖なる神として崇められている存在ならば、理解してもらえるかもと、私は甘えたのだ。自身の器の小ささに首はうつむいてしまった。聖剣の煌びやかな光で生まれたもう一人の私が、真っ黒な顔でじっと見つめていた。
いいや、違う。私は聖剣に宿っている加護が、私の闇をすべて浄化し、難なく仲間の元へと逝けるのではないのかと、思っているのであろう。これは仲間がいなくなり、もはや私一人では聖剣を守りきれないと、自害する行為。精神の解放、完全なる逃避思考だ。これは悟り訪れる独立した死でもある。天国の階段を自らのぼろうとする模範すべき高貴な儀式なのだ。
『全知全能の神の大聖剣を、勇者に渡すな。私の為に』
黙れ。私は死ぬのだ。どうか、どうか死なせてくれ。聖剣の柄に触れた瞬間、ばちりと脳回路を刺激し、讃美歌が駆け巡る。
神は、言った。「君は生きるべきなのだ。仲間を慕うその心は、この世界に必要なのだから」私は答える。「神よ。この身の全てを焼き尽くしてくれ。ひとりぼっちの私は天国へ逃避するしかないのだ」と。
神は願いを無視し、私を光に包んだ。みるみる内に、悲観色に輝いていた機質造形の身体を、神聖と形容してしまうであろう白銀に変えてしまった。
もはや聞こえない。私の為に聖剣を守れと、私利私欲のよう指示をする、魔王のシンキングプロテクトの呪縛音声が――。ああ。馬鹿みたいだ。神は脳回路の一部を焼き切り、価値観を圧しつけただけであった。
「――魔王は私を縛り続け、神は願いを聞いてくれなかった。結局……私は我儘な者に振り回される人生なのだな」
人間の吟遊詩人、しかも女性のような透き通った声だ。神は何の為に、私に声を与えたのだろうか。私は苦笑し、かたかたと肩を揺らした。
「行くしかないではないか」
私は一つのことしか、興味はない。勇者とその仲間を殺す。
魔王は私を召喚した親のようなものだ。命令は絶対だ。聖剣は死ぬまで持ち続けてやる。筋は通す。文句はあるまい。守ることには変わりないのだから。
大聖剣をおもむろに振る。大げさな雷が岩肌を粉砕した。秒針が時を刻むように、しとりしとりと岩肌から落ちる水滴の音は、終わりを告げた。岩窟に気の利いた明かりなどないが、一人で喋り終えた時に迫る寂しい闇が光へと変わり、変容した私をじっと見ているように思えた。
光、か。私は至上の復讐をし、天へ昇ることが出来ると歓喜しているのであろう。私はただ、仲間と星を数えたいだけなのだ。
ああ。ああ。仲間と連れ添い星を数えるなどと、もはや叶わぬ夢なのだが、この些細な夢に復讐を添えて、聖剣に誓おう。勇者たちを必ず殺し、自害をすると。天使の刺繍が目立つ勇者の外套で顔を隠し、その一歩を踏み出した。涙の出ない顔で前を見て、私は気がついた。破壊した岩窟の天井からおりてくるものは、かじかむ外気だけではない。夜空が。流星群が。世界が私のかわりに泣いていた。
「私が愛した仲間たちよ。どうか、高貴な星となれ」
星に願いをこめるなど、実にくだらない行動だった。
誰も願いは叶えてくれないのだから。
七発、こめられている事に気がついた。それは夜空で一際輝く星の数と同じであり、私はかたかたと苦笑した。左腕に装填されていた鉛の弾丸が、銀の弾丸にすり替わっていたのだ。私は鞘の無い大聖剣を右手で握り締め、勇者の一団が帰還したであろう近場の街を目指した。