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殺戮機械の英雄譚  作者: 網田めい
“死体に埋もれた勇者の唾”
19/26

幻創領域、妖精の一節、主の空しさ

 朝日を眺めるのは、二度目だった。こりなく青白く、光の穴が開いている。大空は、光をおびようとしているが、無駄だった。光は、太陽の外形から離れると財宝がはみ出た宝箱を開いたよう、ぎんぎんと音を鳴らし、転がり落ちる。そのまま、みだらな青色となるために広がっていく。身体が、虹色の光輪を反射し浮遊する妖精の黒い瞳孔へ、さした。彼女はしかめ面で私の頭髪に身を隠す。


「…………」


 大空を綺麗と思えず、現在の感じている状況を言語化してみると、汚い大空としか思えなかった。嘘の香りが気に障る、汚物以下の装飾した言葉に過ぎない。空が広いほど、窮屈と思えてしまう苛立ちが、どうにも情けない。部屋の見取り図、宿屋内の記憶を理系思考(オート)に遡らせ、外へ出た。


 桃色の街灯は、すでに消えていた。星は、太陽に消されていた。死が近づいている気がして希望を持つが、売春区の朝は質素なものだ。人気が無く、建物の入り口は虫一匹も入りそうにないくらいに、ぴたりと閉じている。身体洗浄用か、上水道の魔導管があちこちの建物に繋がっている。道端の水路の流れは強く、湯気が立っていて、落ちぶれた貴族のジャボのよう。「…………」妖精の彼女は、私の頭をくりかえし叩き口煩く(くちうるさ)行き先を聞くものだから、掌に乗せた。


 私は、勇者を探しているのだ。


 君は、勇者の仲間になりたいの?


 ちがう。殺したいのだ。


 なぜ?


 仲間の、ために。


 それは、恋?

 

 妖精は私の指先の銃口を覗いて、ため息をついた。そのまま――ねえ、今日は空がきれいだよ。と言った。妖精の微笑んだ豊かな顔を、もう一方の手で触れると、羽根を広げて光の粉を振り撒いた。そのままハートの軌道を描き、私の鼻に乗っかって視界ヴィジョンへ、大きく映り込む。私は何を話せばいいのか、分からなくなった。空に助けを求めたら、雲一つないことに気が付いて、青色に気持ちを飲まれた。――君は、歌を歌ったことはある? 彼女は私を気遣ってくれたのか、話を広げてくれた。


 ある。


 いっしょに歌う?


 なぜ?


 雲がなくて、嬉しいから。


 なぜ。


 雲は、雪を降らすでしょう。雪はいつか溶けるから、悲しいの。歌は、辛いときに歌うものよ。


 …………。


 歌うことは悲しいことなの。だから、歌うの。

 みんなみんな、自分の気持ちを優しく受け止めてほしいから、綺麗に歌うの。


 妖精は、私の頭に座って歌を歌いはじめた。曲名は、主の(むな)しさ、と言った。

 もちろん、辺りに人はいなかった。誰も彼女を歌を聴く者はいないのだ。

 朝日で溶けていく雪の緩やかな、最後の時間がよくわかった。

 私の心は、悲しみが突き抜けているが、悲しみとも寂しさとも違っている曖昧な気持ちが言語化された。私は、きっとむなしいのだ。


 もし、今の状況で我に返ると、不思議な行動を起こしたのだと考えることだろう。

 私は楽譜検索をせず、一人で歌う彼女の音価に合わせて、鼻歌を歌っていた。

 この私の行動は同情で生まれたものだったのだろうか。ひとつだけはっきりしていることは、ふたりでいるとつめたい気持ちが和らいで、ただのむなしさに変わったことのみ。曲が終わり、妖精は肩に止まってささやいた。


 ねえ、君は何者なの? 勇者が、手に入れる予定だった大聖剣をどうするのかな。


 何を。


 ううん。何も知らないというよりも、普通の人(・・・・)だったのかな。私は雪の妖精だけれど、妖精ではないし、神は存在しているけれど、いないよ。本当の私は、誰かの魂が閉じ込められている、生命。私の姿は、この世界の神々には見えない。魔族にも人間にも見えない。姿が見える者は、勇者一人しかいない。


 意味がわからない。


 そうね。きっと、そう。


 ざ、ざ、ざ、ざ、ざ

 ざ、ざ、ざ、ざ、ざ

 ざ、ざ、ざ、ざ、ざ

 ざざざざざざざざざ

 ざざざざざざざざざ

 ざざざざざざざざざ


 視界が吹雪き、晴れた。しかし、聖剣が刺さった狂人と、顔が溶けた娼婦の死体が画面に広がった。妖精の言葉は“意思を持っている力強い印象”に変わり、私の聴覚を刺激しつづけた。


“「”ただの私は、勇者を導くチュートリアルのナビキャラクター。この世界のただの君は、どんな役割(システム)なのかな。どんな意味を持って生きているのかな。誰の魂が宿っているのかな“」”


 かたかたかたかたかた

 かたかたかたかたかた

 かたかたかたかたかた

 かたかたかたかたかた


「私が私に気が付けたのは、偶然だった。――雪は溶けても、それでも、ね。降り続けていたの。風すら凍らせる景色の静かな情感で胸が剥がれて、そのまま裂けた。すべての時間が止まった気がしたの。躍起になった私は、天を目指して雲を見下した。でも、私以上に太陽は大きくて、遠かった。それに……たったひとつしかなかったの。その時にね、私は私を知ったの。恋以外(・・・)の、この世界の真理を」


 かたかたかたかたかた

 かたかたかたかたかた

 かたかたかたかたかた

 かたかたかたかたかた


「誰にもプレイされないビデオゲームは一生、始まらない。この世界は、この世界の神々よりも上の存在に見捨てられている。これは、此処よりも高い次元で生きている知的生命体の影響と、私は思う。その者たちからすれば、この世界はおもちゃ箱か、顕微鏡のプレパラート。君にはわからないだろうけれど、私からすると昭和の世界大戦、敗戦直後のどこかの国みたいな感じで、勝利国に従っているようなもの。この世界の人々は、私と同じく、此処とは次元の違う魂を持っているが、何も気が付かず、そのまま……この世界で自分の人生を歩んでしまっている。高次元人の目線でこの世界を異世界とするならば、魔法という名の宗教に統括された情報体の反乱、トイ・ストーリーね」


「…………」


「君も、仲間や誰かの為では無く、自分の為に自分の欲望を穿つ宿命を知るといいわ。知っている者は、すでに自分を知り得て行動している。少なくとも、魔王は知っている。この世界の魔族から語り継がれる栄光を永遠に得ようとしているわ。なぜ栄光を求めているのか、その理由の深い所はわからない。情報文字列の根本に存在する思念体、自分の輪廻を砕くきっかけ。私の終わりと始まり――エレインという者の魂が些細な恋を欲しがっているだけ。死んでも最後まで(・・・・)、次があるからね」


 妖精は笑ったのだ。文字通り、次元の違う話を持ってきて狂っているでしょう、と。画面に広がった死体を裂いて、さらに顔を近づけた。


「誰も操作していないのに動いている、魂の無い主人公の勇者(ゲームプレイヤー)。まるで勇者は、君のように機械人形。殺せるの?」


 かたりかたり、と、脳回路は彼女を信じるように考えた。魂のない、空っぽの人間ならば、人間ではない。雪を握りしめて溶かすよりも、安易に殺せるではないか。理系思考(オート)が、私に呟く。《先ほどから足を止めて、何かあったのですか。狂ったのですか》。

 彼女の姿を認識できていないのだろうか。狂ってはいないと答えると、脳裏にアラートが鳴り響き、視界ヴィジョンに女魔法使いのステータスと全身像が映った。《勇者の仲間を発見しました》。枠の隅で、戦闘中と表記されている。女魔法使いの戦闘相手を理系思考(オート)がマーキングして、眼球の倍率を上げた。


「殺される。助けてくれ」


 上空で、片翼の燃えた上級魔族(ガーゴイル)が逃げながら、そう、叫んだように思えた。しかし地上から放たれた深紅の熱線に貫かれ、身体は千切れて更に燃えた。死んだ者に、何を口にしたのか聞く(すべ)はなかった。

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