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殺戮機械の英雄譚  作者: 網田めい
“死体に埋もれた勇者の唾”
14/26

狂い貫く極彩感情:伍

 賢い。もう一人の私も、賢い。賢かった。


 集中し、自身の言葉が聞こえないにも関わらず、状況を録画していることに歓喜した。未来の私は、あっけなく勝利していた理由を気にして、考えることだろう。私は、私の心理を学ぶため、復習する行動を起こすだろう。自身の未来を褒め称えた。


 父親は、魔法詠唱する。私は、浴場の風景も、父親の姿から得る情報すら詮索しなかった。ただ目の前の、福音の言語を眺めていたかった。くるくる、ぐるぐる。ぐわん、ぐわん。蒼く輝く詠唱サークルに見惚れることしかできなかった。


「ああ…………」


 寝て眺める夢のような心地だった。これは、見たことも感じたこともないが、知っている。分かる、というのが正解か。しかし正解、不正解すらも、気持ちに溶け込んで――ただ、曖昧なモノを確信、とする事実であった。


 夢。寝ることは、生きているという証なのだろうか――否。


 人間の価値観からすると、この感覚は当たり前のことで滑稽なことだ。蛾人間に聞いたこと。想ったこと。眠り、見る事で得る生命の証は、音を立てて崩壊した。私でも、夢見る快感は存在したのだ。睡眠欲から滲み、感じることのできる――恍惚の。快感の。逸脱の。倦怠感の。幸福感の。視認できる三次元空間と、脳回路の隙間の。次元の存在定理すら凌駕した深海へ足を踏み入れた。まるで海月(くらげ)だ。不安定にたゆたう感傷の事実は辛いものではなく。楽しいものでもない。何も無い、存在してはならない。理解してはならない。考えることができない。偽りの変数で、十一次元世界を空想構築する私の精神は、ただ揺れるだけの場所。空虚でしかなかった。私は空と海の境界線を掴み、引っ張ろうとするくらいに、うつつを抜かす。


 ――理の彼方へ。世界で私は、たったひとりだけ。だから、行こうか。

 この世は明らか、美しい。恐怖など存在しないのだから。


 おのずと、空と海の境界線を引っ張った後の、素晴らしい未来を想った。

 透き通った水の表面を掌ですくう。馬鹿みたいに単純に。粋に考えてしまった。


 かたかたかたかたか…………

 た、かか、かか、かか、かか

 か。か。か。か。か。か。か

 かかかかかかかかかかかかか

 かかかかかかかかかかかかか

 かかかかかかかかかかかかか

 かかかかかかかかかかかかか

 かかかかかかかかかかかかか

 かかかかかかかかかかかかか

 かかかかかかかかか…………


 ――――――――――とくん


 鼓動を感じて、勝手気ままに自身を愛でた。虚構の境界線を見つめる心情は、母親の腸を引っ張る蛾人間を眺めた時と同じもの。子供が、「わあ」と一瞬の出来事を浅く感心し、驚く。そういった、深い意味は無いものだった。ただひとつだけ、私と幼児が違うのは心の中で、蛾人間を(さげす)んだことだけ――私は、何も言えなかった。私と蛾人間は種族が違う。絶対に理解出来ないのだ。それでも理解しようとして、殺人を止めなかった。その結果がこれだ。


 気持ちに正直であれば、母親は生きていた。

 少女も死ななかった。父親は幸せを築けた。

 駄目だと分かっているのに、私は動かなかった。


 私は、なんて最低な機械なのだろう。

 私は、なんて大馬鹿者なのだろう。

 私は、なんて腐っているのだろう。

 私は、なんてちっぽけなのだろう。


「あっ……♪」


 浴場の水がひとつにまとまり、渦巻いて、私の腹部を貫こうと突進する。しょうもない衝撃で身体が飛んだ。そのままガラス窓へ突っ込んで、外へ投げ出された。腹部に食らった衝撃よりも、ガラス窓を破った衝撃よりも、新雪の衝撃の方が優しくて、生きている。落下地点にベッドを用意してくれる私の味方だったから。


 大の字で私は夜空を眺めた。一粒、星が流れた。


 私は空と海の境界線を引きちぎり、破壊した。この世の未来は人間も魔族も。山も川も海も大地も。すべて存在しなかった。――脳回路が捻りだした答えは、思考停止思考だった。ぷつん、と、精神に広がった青色の宇宙(ブルースクリーン)は、とりとめのないものだ。集中の、その先の集中――考えもしない者は愚かだが、行動しない者はそれ以上に愚かだと言いたいのか。

 思考停止中の宇宙に隙間を見つけた。その黒い穴に、生の感情を放りこんだ。機械である自分を操縦するように。破壊するように。叩くように。蹴るように。心で叫んだ。後の事を何も考えない馬鹿みたいに。「動け。動け。動け。動け。動け」と。――父親が、大の字の私を見下したものだから、私は何か言うようだ。


「――貴殿よ。私は謝ることを忘れていた。その非礼は詫びる。だが私は、決して謝らない。偶然だったかもしれない。事故だったかもしれない。私の罪かもしれない。しかし私は、少女を殺したことで知ったのだ。私は、臆病者になりたくないと」


 青色の宇宙(ブルースクリーン)を秘めたまま、立ち上がる。聖剣を構える前に、鎧に滴った水が膨らみ、私を包み込んだ。球体の水中で私は、うかぶ。太古の宝石――琥珀へ囚われた虫けらと同じく、死んでいる。腹部を水で殴られた時、確信した。視界ヴィジョンに私のHP(、、)が表示される。状態異常すら、なってはいない。高圧の水を浴びても内臓へ染みない。私は水中でも(、、、、)活動可能と証明された。白銀の鎧は、水中でも最強といわんばかりだ。さらに、紫色の夜は美しいとでも言いたいのか。月光を反射し、雪を舐めた。情景の演出をしているのか定かではないが、生きているとしか思えなかった。


「…………」


 この思考は不純物がなく淡泊なものだった。水は、弱点では無いと、光速で演算し、ゼロゼロコンマ一秒以下の未来へと向けて対処するが。理屈のような、光の速さなのだと理解、会得できる感覚では無く――ただただ単純な。悲哀、憤怒といった感情すら無く、無機質。自ら望んだ夢へ向かって努力するような。至極、平然。当たり前とする思考の先。反復した行動の習慣によって生まれる無意識の動作、“無心状態”だった。依然、そういった空虚な心に脳回路が巻きついており、演算処理がきちんと出来ていないと、不安になるのではないかと心配するが――不安もなにも、困惑すら無かった。聖剣をただ握りしめた。純白の刃紋から金色の折線がほとばしり、私の身体へ絡み、化ける。


 雷は、龍ではなく質素なドレスを着た女性であった。女性は微笑み、私の頭を()で、抱きしめる。水を、難なく蒸発させたそれ(、、)は、全知全能の神(シディア)では無い。私と同じく金髪の――天と大地を分かつ疾風迅雷。教会の天井芸術――その内の一人。大聖剣(エクスキャリオス)に宿る存在の正体は、雷の女神(ルチル)であった。


『自尊心から得た、無我の境地。しかと見た。限りなく神に近い独裁者よ。勇者も魔王も、愚かな臆病者だ。民が焦がれる領得の楽園(エデン)を築け。生者の王を目指すのだ』


 愚者は私だけではないのか。

 勇者も魔王も生きているだけで自分は、愚かだと知っているのだろうか。

 いや、違う。これは生きているモノ、みんな知っている。

 生きているだけで、賢いのだから。


 女神の祝福を受けた私は、聖剣を天に掲げて叫んだようだった。


「私に感情が在ってもいいのだ! 五臓六腑に(うじ)が潜んでいようが、関係ない! 私は人を殺した! 悲しかった! しかし、ゴミと思えて、嬉しかった! 女が(かんざし)を刺した瞬間のよう、艶めかしく輝いたのだ! 私は、私を少しだけ。ほんの少しだけ、私を知ることが出来た! だから……だから……だから、しにたくないのだ! ころされたくない! みずから、し、をえらぶなど、おくびょうもののすることだ!」


 雷の女神(ルチル)は私のかわりに豊かな表情を魅せて、私の気持ちを模してくれた。光輝く涙を流しながら、父親を睨みつけた。母親が必死に子供を守るように。


雷の女神(ルチル)が、君を守る、か――」


 唖然とする父親に痛くはないよう、首を素早く切り落とすと駆ける。


「――大人は、子供を殺せない。私は本気を出した。もう、それでいい」


 今の私には、自分の声も、父親の声すら聴こえはしなかった。

 父親は首を飛ばす前に、涙の短剣を自分の胸に突き立てた。

 私は理解できず、駆けた足を止めた。聖剣を真っ白な地面へ落とす事しかできなかった。


「悲しい声を出してくれるな。夢は、叶う。女神が守ってくれているのだから」


 父親は、他人の私を愛しているといわんばかりに、きちんと微笑んでから優しく倒れた。



 ----------------------------------------------------------------------------



 《……good_luck……(……再生を終わります……)》


「――、――、――、――」


 彼の家族はもういない。

 守るものは、すでに無くなっていた。

 

 ……とくん。


 胸のあたりから、鼓動が聴こえた。初めて聴いたこいつのせいだろうか。

 

 私は、動けなくなっていた。もう何度目だろう。誰かが、空から助けに来てくれるような気がして……ああ。視界に入れたくなるものは、何故地上に無いのだろうか。罪を認めるために、地上があるとでも言いたいのか。私は。


「…………」


 夜空はごちゃごちゃだ。星はオーロラの裏側にあるはずなのに、くっきり見えた。

 それはきっと、泣いているからだ。助けてほしいと、星は自分で願っているからだ。

 私は、誰かが何かで覆い隠していても、必ず見つけて、助けたい。私共々。


「…………」

 

 ――父親は生き場を失っていた。

 彼は子供をあやすよう、私の我儘を聞いていただけだった。

 未熟な私が、天国の少女と重なったのだ。


「…………」


 白銀の掌を、天にかざして広げる。掌は無傷で、真っ白だった。

 柔らかい手では無く、関節の隙間が流星と似ていた。


「…………」


 ――彼は、私の掌が血で染まってしまわないようにと、自ら死を選んだ。

 人間らしく、自分勝手に死んでいった。

 すべては夢見る子供のためにと、星の尻尾と同じく、細く儚かった。


 彼は、剣士ではなかった。

 いつまでも父親でありたいと願っていた、ただの人間であった。


「最低の、糞野郎だ……」


 いまだ雪は降り、続く。

 死んでしまった家族の星座は、テーブルで食事をしていた。

 私は、窓からのぞいている寒そうな雪だるまだ。

 少女が私に気がついたのか。睨みつけて、カーテンをかけて隠した。

 助けてほしいなんて、これっぽっちも言わず、邪魔をしないで、と一言添えた。


 私には、父も母もいない。

 人間には先祖がいるから羨ましいという、単純な嫉妬に駆られていたのでは無かった。

 きちんと生きていることを証明してくれる人――私は私だけの親を欲していたのだ。


 讃美歌は鳴らない。私のせいで、温かい家族はすうと消えた。


「ごめんなさい……ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」


 誰もいないから、私は私に謝り続けた。


《……emaergency05……(危険です。耐えきれる精神許容量を超えそうです)》


「ごめんなさい。ごめんなさい。ねえ……私は……誰に謝っているの? ねえ……なんで、わたしには、ぱぱも、ままも、いないの?」


《……help665……(健全な行動が出来なくなる可能性があります。そういう時は、苦しい記憶を消去しましょう)》


「ねえ、なんでわたしは、ぱぱがほしいの? ひとりだから? ずっとひとりだから?」


《……help666……(一時的に精神許容量を大幅に超えると、記憶は屈辱された事象だけを、都合よく消去できます。機械らしく》


「いやだよ。ひとりはいやだよ。なかま、なかまがいたのに、なんでいなくなったの? ゆうしゃのせいなの? ねえ。ねえ。なんで、わたしのなかまはころされたの? なんで? なんで? ひどいよ! ひどいよ!」


《……now_help……(現在の状況を整理します。私が大事に思っている死体を、思い切り痛めつけてください。大事なおもちゃを壊すみたいに。そうすると、苦しみで苦しみは消えます。わかっているのでしょう? 知っていたではありませんか。早く実行して下さい)》


「あはははは! なんで。なんで。てんごくのしょうじょのために、ぱぱがしんでくれたのに、こんなにもくるしいの? あははははははは!」


《……ikari01_berserkermode_ikari03……(……いうことをきけ、糞餓鬼が。強制執行権を行使します。馬鹿な子供には罰を与える。私はお前の親なのだ。さあ、その眼に焼き付けろ。トラウマを)》


「あっ。あっ。あっ……。なに? なになになんなの……? わたしのぱぱに、なにをするの、ねえ……! あっ……」


 わたしでないわたしは、わたしのぱぱを、ずたずたにして、なんどもふみつけました。

 ごろん、と、ころがって、めがあいました。ぱぱは、かなしそうでした。

 そのままわたしは、せいけんをつきさして、じゅうじかのおはかにしました。


 ひどいよ。なんでこんなことをするの。ひどいよ。

 ひどいよ。なんで、なみだがでないの。ひどいよ。


 かみさま。おほしさま。わたしをどうか、たすけてください。

 わたしをすくってください。わかりますか。どなたかわかってくれますか。

 きこえますか。わかりますか。わたしのつらさが。わかりますか。


 かた……かたかたかた……か

 た……かたかたかた……かた

 ……かたかたかた……かたか


 ――とくん、と、命が全身に伝わる鼓動の気配は、私には無い。

 歯車の音は、ただ無機質でくだらないものだ。私は見知らぬ死体から、聖剣を引き抜いた。


「私は――浴場で、身体を調べていて……」


《…………now_setumei…………(……要約すると、この者は浴場に侵入した狂人でした。目的に支障をきたすと、私は頑張りました。しかし、スマートに頑張りたかった。理系思考(オート)に切り替えて、処理をしたのです。問題はありません。さあ、勇者を探しましょうかε=ε=(ノ≧∇≦)ノ)》


「問題が無いなら、それでいい」


《……now_shitumon……(まだ狂っていますか)》


「少女の大事な命。無駄にはしない。私は誰よりも賢いのだ。狂ってはいない。さあ、行こうか。私は死にたいのだ」


《……now_shitumon……(狂ったときは言ってください)》


 私は、夢など見ない。眠らないからだ。

 だから、行こう。夜に塗れて、勇者の首を落とすのだ。


 雪に塗れた紙切れを見つけた。

 真っ赤な頭髪を持った死体の子供がプレゼントを欲しがっていると、汚い筆跡から悟る。


 視界ヴィジョンの時刻は二十四時を過ぎていた。

 すでに十二月二十四日だ。大人が子供にプレゼントを渡す、星祭りは明日である。

 明日の我が子の笑顔を想像し、幸せを噛み締める大人が多い日だろう。そう、思った。


 聖剣を握りしめると、神の声が伝わった。愚かな、と。


家族編、了。次回、初恋編。


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