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殺戮機械の英雄譚  作者: 網田めい
“死体に埋もれた勇者の唾”
11/26

狂い貫く極彩感情:弐

「ling」


 《shinri_jyokyo_nyan01……(集中により、無意識化した心理中枢部を翻訳いたします……(ฅ'ω'ฅ))》

 


 ---------------------------------------------------------------------------------



 私は沸いた気持ちをどうしても聞いてほしくて。讃美歌を止めていた。


「――父親よ、聴こえているか。聴いているか。届いているか。私は私の声が聴こえず、貴殿の声と、耳鳴りしか聴こえない。私は嬉しすぎて。辛すぎて。苦しすぎて。きっと悶えているのだ。この歪み、混じり合った腐った感情に近い言葉は“ありがとう”と脳回路が伝えてくれている。私は、たった五文字でしか表現できなくて悔しいのだ。こんな単純な言葉で片づける事など、できるはずがない。分かるだろう。見えるだろう。今の私はまさしく籠の中の鳥だ。殺しやすい外道に過ぎないのだ。わかるか。寂しくうなだれた、私の感情が。わかるか。わかってくれるか」


「……感情を途方に迷わせ、表情が消えた外道の言葉など、一生わからないさ。“ありがとう”などと……人を殺めて、よく言えたものだな。糞餓鬼」 


 父親は言葉を吐き捨てた。外道とは、簡単に歩める道にしか思えなくて、しょうがない。

 高潔とは。真っ当な道とは。こうまで歩む事が難しいモノなのだろうか。

 感情のない機械のままでいれば、絶対に気が付く事はない。もし、安い仮面をかぶっていれば、幸福で在り続けたのだろうか。馬鹿みたいに。


「――父親よ、“ありがとう”。どうか私を殺してくれ」


 私の言葉を無視し、彼は私に駆けた。上段に中段、何度も何度も振り下ろしてきた。剣と剣は、突風が浚って、きん、と、弾けた。ピアノみたいだ。私は自分の刀身で、彼の刀身にやさしく触れては、滑らせた。そうして、主の元へとさらりと返してあげた。何度も何度も何十回も。

 声帯(スピーカー)から讃美歌が鳴り響き、私たちは手を取り踊った。こう来ると、分かっているからこう返す。決められた動きに、私たちは優しく応え続けた。

 だからきっと、“ありがとう”なのだ。何度も何度も、私は感謝した。何度も何度も想ってしまったから、“ありがとう”は安くなった。感謝の言葉は皮肉となり、汚くなった。それでも私は“最高”に違いなかった。


 かたかたかたかたかたかたかた。


 銀の弾丸を父親の眉間に喰らわせれば、決闘の幕は降りて、下劣、と、すぐ成れる。

 使わぬ銃など飾りに過ぎない。もはや左腕は、装飾となっている糞まみれの兵器だ。

 しかし、撃てない糞兵器は臆病な私をしっかりと支えている感情と、成っていた。


 私は高潔で在り続けたい。父親の尊い気持ちに応え続けたい。


 心が落ち着き、気高さを求めた。その瞬間。私は聖剣を下段から上段へ振り上げていた。臆病者の象徴と化している浴槽をぶち壊し、私は自分から鳥篭を破っていたのだ。


「……ッ!?」


 きちんと挨拶を交わしつづける私たちにとって、これは卑劣な一撃に他ならない。父親は半身を捻らせ、難を逃れたが、聖剣の刀身は蒼髪にかすった。その二、三本がちりりと焦げて、水面へ浮いた。

 今、この状況で浴槽を破壊した事は、私の偉大な美学なのだと噛み締めた。窓から差し込む月明かりは、部屋の全てを照らしはしない。自己主張の強い月は意地悪で、水面がきちんと写っている箇所だけ照らしてくれる脚光(スポットライト)だ。頭髪は石のよう平然と沈み、闇はしぶしぶ飲み込んだ。


「……元より、私を浴槽ごと斬り殺すつもりだったか。反吐が出るぞ、卑怯者」

「勝手に、そう信じているといい。私は、その言葉で分かったぞ。貴殿は人を疑う、愚か者とな」


 半壊した浴槽で、足は濡れた。


「――正直、興ざめだ。貴殿では物足りない。目を瞑っても受け流せる。貴殿からすると舐めていると思うだろうが、私はこれを貴殿の家族の為だと信じているのだ。これのどこが卑怯か」


 私は、少女の父親は強かったと、この心に焼き付けなければならない。

 私は、あの奮い立っている親心を、すくいとってやりたい。

 ――すべて、私のせいなのだから。

 

「私を舐めるな。馬鹿にするな。どこが、私の為だ。家族の為だ。貴様は人を殺したという自覚は無いのか!?」


 私は、かたかたと苦笑した。


「貴殿よ。今の言葉は、暴言のように情けないものとしか思えん。私は早く殺してくれと言っている。貴殿の辛さを、私にすべて出し切れと言っているのだ。寒いのだろう。凍え死にそうなのだろう。だから私は、抱きしめてやると言っているのだ。わかるか。温めてやると言っているのだ。わかるか。それが嫌だからと、高貴なプライドを剣として、私を敵と認識したのだろう。私は絶望を知っている。わかるか」

「偽善にも程遠い、傲慢……騙されるものか。ふざけるな……ふざけるな……」

「知ったことか。私は私が、心からそう思っているからこそ、言えるのだ。高貴な水魔法剣士である父親よ。わかるか。きちんと聴こえているか。きちんと聴いているか。愛が枯渇したのならば、私を仲間とし、使ってもいいのだ。いつまでも抱きしめてやる。頭も優しく撫でてやる。笑わせるよう努力する。私が貴殿の欲を全て満たしてやる。愛とは、そういうものなのだろう。貴殿の子を殺めた事は、一生背負なければならない罪だとは知っている」

「ふざけるな……では貴様は……何故、罪を罪と認めず、剣を私に向けている。真っ向から罰を受けている者に見えない。あがき、もがき、無様に生きようとしているではないか」

「死にたいさ。殺されたいさ。だが、私には……ああ。きっと、夢、と言えるものがあるからだろう。だからきっと、生きたいのだ」

「貴様は、ただの人殺しだろうが……! まるで、子供のように夢を語ろうとするな!」


 剣は水に変わり、ぼたぼたと床に落ちる。父親は足元にすがるように膝から倒れて、すすり泣いた。


「望みを叶える神はいない。何にすがっている?」

「……わかるものか……だが、神はいる。そうでなければ、悲しすぎるだろう……子供が、胸に秘めた夢を祈れないではないか」

「夢なんて幻だ。教えてやる。貴殿がすがっているのは亡くなった家族だ」

「……やめろ……やめてくれ……」

「貴殿よ。私に教えてくれ。なぜ、人間は涙を流すのだ」

「わかるものか……。生きているから流れるのだ。そういうものだろう……」

「生きるとは、なんだ」

「知るものか……」

「残念だ。では、私に答えてくれ。父とはなんだ」

「…………」

「知っているのだろう。貴殿の魂が宿った太刀筋は、本物だ。剣に誓い、心から言え」

「…………」


 私は聖剣を父親の顎に向けた。涙が刃紋に落ちて、光った。


「答えなければ、首を飛ばす。父とはなんだ」

「……家族のために生きるものだ……」

「剣士とはなんだ」

「……誰かのために戦うものだ……」

「涙を拭け。立て。前を向け。大事な者達の為に、私を殺すと誓え。叶わなくともいいのだ。だが、叶えようと現実に尽くせ。高貴な人間よ」

「…………」

「情けないと思わないか。自分が嫌いにならないか。私は絶対に嫌だ」

「…………」

「がっかりだ。それでも男か。私よりも貴殿の方がよっぽど糞ではないか。わかるか」


 かたかたかたかたかたかたかた。


 父親は震えをかみ殺して立ち上がった。軟弱としか言えぬ、不器用な身体の扱い方だった。それでも、私を睨み付ける。涙からすぐ折れてしまいそうな細い水の短剣を二刀、引き出して構えた。


 かたかたかたかたかたかたかた。


 涙は止まったようだ。目は赤く、弱々しいが勇敢そのもの。復讐に塗れた顔つきではなく、家族を想う父親の……まるで子供を守ろうとする威厳のある大人の顔つきであった。

 蒼髪が最後の光、と、研ぎ澄ませた輝きを放つ。父親は、積み重なった特大の詠唱サークルを全身に展開した。


「それでいい。剣で勝てぬと分かったのならば、全力で魔法を使え。かかってこい」

「……ひとつ、聞かせてくれ。貴様の夢とは、何だ」

「愛した仲間と、星を眺めること」

「…………必ず、叶うさ」


 父親は、自分の子供を撫でるかのように、私に微笑んだ。



 ---------------------------------------------------------------------------------


「tick」


 私は知覚映像を止めた。


『声というものは、話したいときに勝手に出るものだ。無理に考えて話す必要はない』


 蛾人間(モスマン)の言っていた通りだった。私は父親の言葉しか聴こえず、自身の声は聴こえなかった。私は決闘に脳回路を集中していたのにも関わらず、心から言葉を引き出し、会話をしていたのだ。


 頭に雪が積もっていたので、払った。

 死体は生き返る気配がない。

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