狂い貫く極彩感情:壱
「……」
《shinri_jyokyo_nyan23……(集中により、無意識化した心理中枢部を翻訳いたします……(ฅ'ω'ฅ))》
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せめてありがとうと、言いたい。決闘空間に身体と感情が混じり合い、たゆたっている。よければ、私を殺してほしい。だが、負けるわけにはいかない。
……1F12C……08E25DAB257BE6……1A456B5958FF57……74EF58DAC598……。
空間は、未来を断ち切りたい希望と、復讐の高尚を敷き詰めたコロイド結晶の化け物だ。床の水流は機械語でしか聴こえないが、群衆のざわめきとして聴こえていることだろう。きっと舞台演劇をたしなむ紳士淑女のカーテンコールだ。感情は様々なものの在り方を昇華させる、すばらしいモノのはずであるから……悦に入り、快感に溺れ、狂い死にしている音なのだろう。私は濡れたく無い。浴槽に突っ立って、剣を構えるなど情けないが。相手も足が水に浸かり、動き難いはずだ。私は勝利を欲しているのだ。地の利は、私にあると判断してやりたい。
「……あはっ♪」
父親の構えは中段。身体の中心を点と定め、全体像としてマークする。私は、冷や汗など出ない。全身の皮膚が太陽でじりじりと焦げ付き、裏返るほどの緊迫感。相手の闘気が身体を透過しているのか、包み込んでいるのか、定かではない。むしろフェンリスウールヴに顔面を噛み付かれ、悔しさに痺れた心を濾しとったものでしかない。この身を影響化の範囲の裂け目へ嵌めて叩き込み、行動を封じられたような。ああ……稚拙で悔しい。色彩折々の感情を表現できなくて、泣きたくなる。
いっそのこと、金縛りが始まるゼロコンマ一秒前の予覚、とでも言い切ってやろうか。
「少女の父よ。私は」
それでも私は、楽しいと感じているのだ。シディアの信徒が、天使に手を握られ、キスをせがまれている至福の時だ。脳回路に焼きついた、当たり前の教科書のような緊張感は、白夜に呆然とする子狐の姿を連想した。とても純真なもので、ありがたいが。
「言い訳は必要ない。事実なのだろう?」
「……あ……ああ……うあああ……あっ、あっ、あっ……ああ……ああ……」
ぴたりと剣を構えていたが、声帯から、まるで血が滴った感情の肉声が顔を出す。楽しんでいる私は、それでも寒いようだ。少女の父親という事実が脳回路に過ぎっただけで全身が凍りついてしまう。胃があれば、嘔吐しているに違いない。感情が身体を制し造詣が深い氷そのものだ。蓄積されている脳回路の知識で知ってはいたが、実感したことはない……地震の原理を知らない者が腰を抜かすような。理解できぬが、理解できる気がする。そういった、透明であるが、姿かたちを視認できるガラスのよう触れる事ができる“透明なモノ”としか、言い表せない。死を警める恐ろしい病原菌だ。これは。
「ああ、ああ……聴こえる……聴こえる……何故、貴殿の声だけが身体を響かせるのだ……だまれ。だまれ。だまれ。私は下劣ではない! 言い訳などするつもりはないのだ! 私は、ただ嬉しい! 貴殿に感謝しているのだ! だから……だから、もっとくれ……私に教えてくれ……考えるから……一生懸命……考えるから。血など、私に無いはずなのに秒速三十万キロメートルで脳を駆け巡っている感情感覚を知ったのだ! 私は……必ずや、必ずや、必ずや、これをモノにしてみせるから……!」
「キロメートル……? 殺人鬼よ。声と、顔、体が合ってはいない。まるで紙芝居……動かぬ絵に気持ちを重ねたようだ。君は、普通に狂っているよ。糞餓鬼」
複雑な感情の意味がわからず、もはや自身のすぼらしい言語表現力を怨むことしかできない。かたや、父親の牢固たる視線はすばらしい。私の顎に切っ先を向けている。腕の長さ、聖剣の刀身を計っているのだ。眉間が、目立つ。蒼い頭髪の光に隠れていたが、しわが寄っている。弾丸で眉間を狙うのはどうか、と。無粋な判断が過ぎる。相手は魔法剣士だ。私に魔法は扱えないが、剣一本とこの身ひとつで戦い抜いてやろうではないか。だが、許せ。子供を殺めた責任として、真っ向から仇討ちを受けてやりたい。だがな、私とて、首を取られるわけにはいかないのだ。貴殿の強さ、計らせてもらうぞ。
《analyze_all……(対象のステータスを解析します……(`・ω・´)ノ)》
スキルと習得魔法だけでいい。考察時間の短縮しなければならない。身体のステータス数値、身体能力からのスキル発動確率、演算時間が長引くと首を落とされかねない。鬼だ。水魔法剣士は鬼なのだ。死を腹に括った覚悟は重たく鋭い、剛。過去にどういった栄光を勝ち取ったか知らないが、貴殿の柔は、きっと死んでいる。大事な者を失った代償で。
《analyze_skill……analyze_spell……(Σ(・口・)……対象のスキル、対象の習得魔法を解析します……)》
文系思考の私は理系思考の私にスキル、習得魔法を合わせて解析するスクリプトを作れと命令する。
スキルは『武器ガード率+8%』のみであった。その名の通り、装備武器のガード確率が八%上がるというものだ。
そうして、習得魔法――
水の剣Lv8
…
……
…………
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「tick」
知覚映像を止めた。
身体能力の数値化……?
戦闘空間に身を任せ、無意識に命令をしていたが。よくよく考えてみるとおかしい。解析は、私が機械だからできると、当たり前のように思っていた。戦いの技術は経験の積み重ねであり、人生と変わらないものだ。つまり、私がしたことは相手の経験などの、本人しか知り得ていない影の努力の結果が見える事となる。まるで対象者の守護霊や神が、私に告げ口をしているようなものではないか。
そもそも、数値の基準とは何だ? 成人男性の身体性能から取っているのか?
ガード率の計算式は、どう扱っている?
防御されるという事は、確率に左右されるもの、という事なのか? すると、動き回る敵に攻撃が当たる確率も存在しているということになるが。
確率も何も、剣撃ならば、確実に当てる自信はある。勝負は、時の運と言うように、これは感情を持ってしまった私の“運”と同じ理であり……この世は“運”が、積み重なって出来ていると言うことなのだろうか。
文系思考の私は、考えすぎなのだろうか。自身の特異性と、世界に関して疑問に思うことが多すぎる。
それに……自分が感情に囚われていることを精密に翻訳し、状況を知るのは辛すぎる。復習と見返すだけならば、私の細かな心理の翻訳は必要ないのではないか。
だから――。
「ling」
《shinri_jyokyo_nyan01……(集中により、無意識化した心理表面部を翻訳いたします……(ฅ'ω'ฅ))》
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これは、恋だ。恋。ただ私は恋をしているだけなのだ。対戦相手に。自分に。この世のすべてに。だから……どきどきわくわく☆ 高鳴るハートが、どどどどっきゅーん。 猛烈ジェットコースタービュウウウン! 私たちは誰かの為に闘っている。愛に忠誠な誓いを立て、希望を歌っているのだ。最高に高貴である。私は聖剣を中段にぴしりと構えたまま、
《……Auto_songs858……(……自動歌唱再生【主、我の底より】を行います。 ( ^0^)θ~♪……)》
「る~ん♪ らん、らん、らんら~~ん♪ ら~らら~~るる~~~ん♪」
声帯で讃美歌を奏でた。浴槽で私のすり足は相手に見えないが、私は動けもしないのだ! さあ。さあ。ばっちこい。私を殺して爆ぜろ!
中段、上段を警戒すれば良い。浴槽に足を守られ、下段の払いがこない! 死の物狂いで私に襲い掛かってくるのだろう。んん? それが感情の強さだろう。 んん? 私も同じだ! 貴殿は、たとえ心臓を潰したとしても動き出す不死戦争の犠牲者の呪いと違いはない――……。
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「tick」
恥ずかしくなって、おもわず止めた。恐ろしくて、簡単に心が震えた。一番深い所の心理を知るほうがいいと心底思ったし、そもそも勉強と掲げつつ、知覚映像の父親に注目していなかった。私は私が一番気になって、他人には興味がないのだろうか。それでいいわけがない。そう、思った。




