洗濯は選択を責める
新生活。それはとっても楽しみで、時に不安もあって、時に新しい出会いがやってくる。
「私の新生活」
前途多難。
希望する大学に入学が決まり、親から1人暮らしを頼み込むことができた。
まだ入学前。高校生という肩書きを持ったまま、初めての1人暮らしを一室借りたマンションでしてみたわけだが……
「どーしよう!」
沖ミムラ。”天運”と称されるほど神懸りの運を持つ、女子大生手前の子。とても長いツインテールがトレードマークだ。そんな彼女は割かし抜けている女。
「着れる服が何もないよ!」
寄りで言えば、アホな子。ドジっ子とは別ベクトルにいる性格である。
新生活の緊張からか、トギマギ状態で実家での過ごし方をこの場所でしていたら、あら大変。
「持ってきた服、全部洗っちゃった~!」
OhーNOー
普段なら翌日の衣服がちゃんとタンスにあるはずだが、始まったばかりの新生活の地にはタンスすらなかった。
家電グッズは揃えてもまだまだ物が足りていない新生活。
「あわわわわ。朝ごはんの一食しかないよー!餓死しちゃうよー!」
今のミムラはパジャマ姿よりもさらに露出ある、下着姿。ブラに紐パンのみ。まだ春先でも寒いぐらいの気温が夜には出るというのに、こんな薄着でいられるのはミムラが大変な暑がりであるからだ。決して、露出したいとかそんなのはない。はず。
さて、洗濯してしまった衣類。これをすぐに乾かせば事態は収まるのであるが、乾燥機を買う予算がなく。お天気もこれから下り坂と来た。
「ど、ど、どーしよ」
下着姿でハンガーを両手に持って右往左往。ドタバタしたところで服は乾いてくれない。
「け、ケータイで……ああっ!ケータイは家に忘れちゃったんだー!」
便利になったこの世の中。ケータイやスマホを忘失、落失がどれだけ痛いか分からせてくれるこの現状。
どーにもならなくなり、ミムラはベットの中に再び戻ってガタガタ震える。こんな姿じゃ、外なんて歩けるわけがない。家、もしくは自分だけしかいないからこそ、こーいった服装にできるのだ。凄い身軽で、何からも重さを感じないこの恰好が実は好きなミムラ。小学校からこの歳まで、寝る際は常に下着のみであった。露出狂ではないと本人は言っているが、わりかしその片鱗を持っている。
「私、このまま。下着姿のまま、死んじゃうのかな」
人は1人になるととてつもなく、弱気になってしまう。
サスペンスドラマにおける、ミステリアスな死を予感させる恰好であるが、その死因が餓死だったらまったく笑えない。ミムラは怯える。母さん、父さん、ごめんなさい。あと、貸してくれた大家さん、大変申し訳ございません。
それほど落ち込んでいるミムラに、ある音が届いた。
ピンポーーーン
「あわわわ!」
人だ!!インターホンだ!!間違いなく、私の家を押している!!
ドアまで4mもない。しかし、ミムラの足は声を出さずとも聴こえ、届く音だった。鍵を閉めた扉に手を差し伸べた時。
「あ!」
お、落ち着くのよ私!今の私はこんな恰好!明らかに出たら、私がヤバイ!この鍵を開けてしまったら、大変だよ!落ち着くのよ!私!
服が欲しいけど、人にバレないように服を手に入れるの!
ギリギリなところ。しかし、結果を考えれば開けて助けを求めた方が良いかもしれない。例えば、声を出してこの現状を伝えるといった事もできただろう。
「!そうだよ」
そもそも。引っ越したばかり、それもまだ朝が早い時間帯。一体誰が尋ねてくるのだろう?ミムラは通し窓から相手の姿を確認した。相手はミムラの足音を拾う事ができ、いることが分かったようだ。声も出してくれた。
「おーい!ミムラー!テメェ、住所変えるなら連絡くらい寄越せ!つーか、家にケータイ忘れやがって!ついでに持ってきたぞ!」
相手を知った瞬間。凄くビックリした。こんな展開あるのだろうか、希望の人であり。ミムラが好意を抱いている男性。
「ひ、広嶋くん!?」
広嶋。乱暴だけど、なんだかんだで良い人。ミムラの傍にいて死ぬとは思えない強者。
ミムラは焦る。余計に思考が麻痺する。助けを呼びたいけど、こんな姿を広嶋に見せて良いのか?こんな現状を見せて大丈夫なのか?
「ミムラ!いるんだろ!」
借金とりみたいな声を出さないでよーー!こっちの現状も知らないくせにーー!
「ま、待って!広嶋くん!」
「あ?」
ここで今、私は下着姿なの!って……言えたら。いや、言ってしまったら。なんて言葉が返ってくるかな?
変態?馬鹿?アホ?それくらいで済むかなー?
「10秒待って!か、鍵は開けておくから!」
「?10秒か?1秒でやれよ」
とにかく、何か言ってきても。待ってくれる広嶋君。たぶん、ちゃんと10秒ピッタリ待ってくれる。
「い、いーよ!入ってもー!」
そう言ったのは4秒後くらい。それでも、広嶋君はあと6秒外で待ってくれている。
「おう、入るぞ」
10秒後、
私はベッドの中、毛布に包まっていて、不器用な笑いで広嶋君を歓迎した。
「あ、あ、ありがとー」
「ありがとーじゃねぇよ。テメェは何がしてーんだ?」
とても不思議そうに私を見ている広嶋くん。明らかに新しいこの家を見てくれていない。できれば、そっち方面に意識を向かせてほしい。ヤバイよ、下着姿で男の人を招いているなんてヤバ過ぎるよー。でも、服のことを言わないと私もヤバイし~~。
「お茶もねぇのか?」
「な、ないよー!しかも、急に来るし。心の準備もできてない」
「ったく。しょーがねぇ奴」
「というか、何しに来たの?」
私としてはとてもラッキーのようで、アンラッキー。
「いや、お前が引っ越すとか以前連絡したくせに、それ以降の連絡がねぇからな。お前の実家に行って、聞いたらここを紹介されたんだよ。ついでにお前のケータイもって」
だって、今日が初日だもん。それからでも挨拶してもいいじゃん。せっかちっていうか、心配性というか、……護ってくれるのかな?
「ところでミムラ、なんでずっと毛布に包まってるんだ?」
「へ?」
「暑いのは苦手とか言ってたろ、アイスでも買ってこいよ」
油断というか。広嶋くんが気になっていたから、そうしたんだと思う。本人はそう、特に私に対して赤くなったり、青褪めたり、笑ってもくれなかった。
「ひ、ひどいよ!広嶋くん!!」
「……………アホか」
ただ、頭を抱えていた。吐いた言葉通りの気持ち。広嶋くんから毛布をすぐに、そして簡単に取り返してまた包まった私。
凄くドキドキしたけど、これが一番良かった。なのに、広嶋くんは
自分の上着を脱ぎ始めた。
再び、私が慌てるのは必然だった。
「うわーーー!まだ早いよ!早いよ、広嶋くん!そこまでいってないじゃん!」
その時、プツンっと音が聴こえた。彼を怒らせてしまった。
「アホかお前はーー!?俺の服でも着て、上だけでもその恰好をなんとかしやがれってんだよ!!」
上だけ一枚貸してくれる。でも、ズボンまでは貸してくれない。当たり前だろ。
広嶋は怒りながらケータイを投げ渡してくれた。
「ミムラ、とりあえず。もう一回俺がお前の実家に行って、服をとってきてやるから!お前は親にこの現状を伝えろ」
「う、うん」
「下は。とりあえず、毛布を包んでスカートっぽくしてな。家の鍵、もらっていくぞ」
「あ、ありがとう。お、お礼はあとでするから……」
「終わるまで、見合うこと考えておけ」
こうして、ミムラの危機は乗り切れた。とても運良く、広嶋が訪れるという天運。危機回避能力の高さ。
数時間後、広嶋はここに戻ってきた。でも、少しだけボロボロになっていて、怒りを見せていた。
「ミムラ~~。テメェ、家に連絡したのか?」
「ご、御免。ケータイの電源が切れてて……」
「お前の親に俺が下着ドロだと思われただろうが!!どーしてくれんだよ!!」
服を投げつけられた。困らないぐらいに沢山持ってきてくれた。
後日、両親には広嶋君のことについてよく説明して、納得してもらった。『さすがに買い物から帰ってきて、娘のタンスを漁る男がいたらビックリするでしょ?』って母さんに言われると、『うん、そうだよね』って私は答えてしまった。けど、一枚も衣類が盗まれてないことは知っている。