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グラース城からの景色

 帝国領グラース。

 大陸北西部に位置し、今や帝国の交通の要所となったこの町の中心部。そこにある小高い丘の上に建つグラース城のバルコニーから見えるのは意外なことに活気にあふれた街ではない。


 グラース城の主であるアイラ・グラースはこの町のことを“死の街”と称している。実際問題、目に見えないだけで町は死んではいないのだが……


 異世界へ召喚され早3日。この世界で執事となった飛翔は、初めてこのバルコニーから眺めた風景が忘れられずに毎日のようにここへきて、憂いの色が濃い瞳で永遠と続くかと言うほど、広がる廃墟を見つめていた。


 これらの廃墟は当然ながら以前は活気あふれる町だったものだ。

 しかし、今から数十年前……この地域がグラース王国と呼ばれていた頃、帝国との核戦争により、街は死の大地となったのだという。

 安息の地を求めた人々はこの廃墟の地下に新たな都市を作り上げ、今はそこに暮らしている。


 実のところその地下都市とやらをこの目で見たことがないので完全に信用できていないのだが……


「また、ここにいたの?」


 その時、背後から抑揚のない声が聞こえる。それは紛れもなくグラースにおいて地上で暮らしている数少ない人間の一人だ。

 いや、厳密に言えば人間ではない。不老不死の魔法により、その姿かたちを保ちながら永遠を生きる彼女のような存在をこの世界では魔法使いと呼ぶ。彼女に聞いたというわけではないが、話を聞く限りではよくファンタジーとうとうで目にするような魔法が使えれば魔法使い。なんてことはないようだ。


「まったく……死んだ街を眺めても楽しいことなんてないでしょう? まぁ私もよくこの景色を眺めているのだから、あまり人のことはいえないけれど……」


 いつの間にかバルコニーのふちまで来ていた彼女の表情をうかがい知ることはできないし、抑揚がない彼女の声から感情も察することもほぼ不可能だ。


「ツバサ。私とあなたが初めて会った日にここで私が言ったこと覚えている?」

「はい。町の復興。そうですよね?」

「えぇそうよ。かつての核戦争により、この台地はすっかりと荒廃してしまった。人々は地下に移り住み、地上の街は放棄された。地下都市はとても安定していて、安全で災害のリスクも低くて、みんな満足しているわ。でもね。私が思うに人類は地上で太陽のもとで生きていかなければならないと思うの……やがて、時間がたつにつれて人々は地上で暮らすすべを忘れていくでしょう。雪が多いこのグラースの人々もやがて雪かきの方法を忘れ、雪そのものの脅威を忘れるのでしょうね」


 振り返った彼女の表情にはどことなく恐怖の色がうかがえた。

 ここにきてひしひしと感じているが、彼女は得体のしれない恐怖におびえているのだろう。


 人々が地上で暮らすすべを忘れて、いつしか地下から出る気をなくすのではないかという恐怖。

 それは、ずっと先の未来まで帝国に従順に従いながら生きていくことに他ならない。


 今、地下都市を動かしているのは帝国本土から供給されているMNW(マジックネットワーク)というものによって支えられている。アイラが言うにはそれがなくなれば地下都市は機能しなくなるし、グラースのような弱小国が独立したところで生成することができないこの世界の最高にして絶対的なエネルギー。それがMNWだ。


 しかし、どう考えても絶望的な状況なのに飛翔はにこやかな笑みを浮かべてアイラに語りかける。


「お言葉ですがお嬢様。人間というのはどこまでもしぶとい生き物です。地上で暮らすと決めたなら、どんな困難にも立ち向かえます」


 飛翔はこの世界の事情など無知に等しい。だからこそ、こういったことが言えるのかもしれないし、パンドラの箱の底にしまってある希望を信じることができるのかもしれない。


 先ほどまで暗い表情を浮かべていたアイラは、クスッと笑い飛翔の方へ歩み寄る。


「……そうね。まったくこの世界のことをまだまだ知らないはずのあなたに諭されるとは思わなかったわ。せっかくだから、今度地方の視察にでも行きましょう。東部の山岳地帯に新しい設備ができたそうだから、それを見るついでにね」

「はい。喜んで」


 満足げな笑みを浮かべたアイラは、飛翔の横を通り過ぎる。


「そうだ……その前にここからの景色、しっかりと目に焼き付けておきなさい。今日は“特別な日”だからね」

「特別な日……ですか?」

「そう。特別な日……」


 アイラがそういった途端、ドンっという大きな音とともに地面が大きく揺れる。

 飛翔が振り返ると、帝国本土の方向に巨大な光の柱が空へ突き刺さるように伸びていた。


「なんだ……あれ」

「あれこそが私たちの生命線。地上に人が住めなくし、本土に頼らざるを得ない状況を作り出す帝国のやり方の象徴……」


 淡々と語るアイラの様子は先ほどとあまり変化はない。

 ただ少し違うところをあげるとすれば、彼女の拳が強く握られていることだろうか。


「MNWの発信ですか?」

「そうよ。地下都市に存在するすべての機器を動かすために必要なエネルギー源。しかと、その目に焼き付けておきなさい」


 そう言い残しアイラはそそくさと立ち去っていく。

 その後、轟音とともに光の柱は数度にわたって空を貫いた。

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