一章『刑部、鵺と傘を謀ること』
さて、タイトルでお分かりかと思いますが、あの二人が登場します。
さて、妙蓮寺に住み込み、宿とすることが出来た刑部狸。
此度は多少羽目を外したお話でございます。
妙蓮寺は人妖の平等を目指して封じられた尼僧、聖白蓮が長を務める寺院となっております。
しかし、やはり妖怪としては、人間を驚かせることが本業となる訳でございますからして、その庇護下においても一部の妖怪たちは普段通りに人間に悪戯を仕掛けるのです。
ここに現れまするは幼子の姿をした刑部狸。
門下でも特段の悪戯好きであると言う封獣ぬえと多々良小傘に逆転して悪戯を仕掛けてやろうという魂胆で夕刻、薄暗い墓所へと足を踏み入れたのでした。
えぇ、決して先日小馬鹿にされたことで怒り心頭に発しているわけではないのです。
この隠神刑部、至極冷静な化け狸に御座いますれば。
さて、その様な事などどうでも良く、墓所の目の前でもう一度人間に見えるかどうかの調査。
耳は仕舞い、尻尾も隠し、姿かたちは郷の子供。
妖気の一切を内に閉じ込めて、外に漏らさないように。
完璧に人間の幼子に見えるように。
そうやって現れたその一見無害そうな少年が、齢千を超える古狸であるなどと誰が思うでしょう。
彼女たち二人も、彼が妖怪であるとも、自らに悪戯を仕掛けようとしていることも知らずに、いつも通り脅かしにかかるのでした。
◆ ◆ ◆
「あ、子供が来たよ!!」
「へぇ、珍しいじゃん、こんな時間に子供が来るなんて、何の用事だろう?」
「どうでもいいよ、驚かせよう」
「はいはい、わかったよ、小傘はあっちで隠れておいて」
そのようなやり取りが小声で交わされたのち、二人はいつものように配置に付きます。
そのまま子供が通りかかるのを待って、墓石の影から飛び出し、大きな声を出して驚かすと言うのが今回の(というよりもいつもの)作戦なのですが。
さて、幼子(に化けた刑部狸)が二人に近づくと、両脇から一斉に飛び出して驚かしにかかります。
「驚けぇ!!」
と小傘が飛び出し、その反対側からは恐ろしい姿の化け物(に化けたつもりのぬえ)が現れます。
◆ ◆ ◆
さて、刑部としては面白くて可笑しくてたまらないのですが、其処は狸。
そういった感情の一切合切を抑え込んで、驚きのあまり泣き出してしまった子供の真似をいたします。
この二人、悪戯好きではあるものの根が善人なのか、こういった反応に後味の悪さを感じてしまう性質のようでして、アタフタとしながら何とか泣き止ませようとする姿は、海千山千の刑部狸をして化けの皮が剥がれそうなほど滑稽なのでしたが、それはそれ。
小傘が声を掛けます。
「ぼ、坊や、ご、ごめんね? 謝るから泣き止んで」
さて、そろそろ頃合かと感じた刑部、スッと泣き真似を止めますとスゥと顔を上げました。
そこには目も鼻も口もなく、まさにのっぺらぼうと言う他ない顔があったのです。
薄闇に浮かび上がる一面皺だらけの皮で覆われたその顔は余りにも絵になっており、恐怖をあおるように演出も付けたものですからたまったものではありません。
二人は声に成らない悲鳴を漏らして一目散に墓所から退散しました。
されども隠神刑部、この程度でいたずらと呼ぶような温い輩には御座いません。
ここは大江戸怪談の通り、最後まで化かし通してこその化け狸と言う物。
「さて、仕上げと行くか」
◆ ◆ ◆
一方其の頃、妙蓮寺では。
二人が息を堰切って庭を走り抜け、そろそろ夕飯の香りが漂い始めた寺の広間に転がり込んだところでした。
よく見ると何時も見慣れた彼女たちは本尊に対して読経の最中。
しかし、慌てている二人としてはそんなことを気にしている余裕もありません。
「ひ、聖!! ぼ、墓地に、お、おば、お化け!!」
「皆聞いてよ!! お化けが!!」
おそらく、ご自身もお化けではありませんかと言うツッコミは野暮と言う物。
慌てて呂律もおかしくなっている二人に対して、聖がポツリとつぶやきます。
「なるほど、それは大変ですね。……ところで」
そういって振り返りながら。
「もしや、そのお化けはこんな顔では?」
振り向いたその顔は、先ほど墓地で見たような、皺だらけの皮ばかりに覆われた顔。
いつの間にか振り向いていた他の面々の顔も同じだと気が付いた瞬間に、二人の意識はフッと暗転し、その場にあった全員の姿が鵺たち二人を遺して消えると、その部屋自体も静かな誰もいない本堂広間に戻ったので御座います。
その様子を見て、満足げに頷く狸が一匹。
「これぞ、屋島の姉上秘伝『のっぺらぼうの怪』ワラの悪戯は大成功といった所か」
その後しばらく、悪戯好きな二人が委縮して掃除や炊事の手伝いに精を出し、妙蓮寺の関係者たちから大いに驚かれるのは、また別のお話。
のっぺらぼう。
狸や狐が為すとされる怪異の一つ。
夜道で泣いている女性、もしくは子供に声をかけると、見上げて来るその顔が目も鼻も口もない一枚の皮に覆われたものだと気が付く。
余りの恐ろしさに逃げ出すと、しばらく行った先に二八蕎麦の屋台。
ここの店主に先ほどの事を話すと、「その顔はもしや、こんな顔では?」と振り向く顔がそのまま先ほどの化け物と瓜二つであると言う物。
たいていの場合、目が覚めると野原の真ん中で眠っており、狐か狸に化かされたのだろうと納得して物語が終わる。