序章の壱『刑部、太三郎狸に呼ばるること』
初めまして、似非紳士的相対論。永いので似非紳士とでもお呼びください。今回はこちらのサイトにおける初めての二次創作投稿ということで、このような作品を書かせていただきました。では、ごゆるりとどうぞ。
一人の少年がポツリと呟きました。
「屋島の姉上直々の言い付けとあらば詮方あるまいて、ワラも腹をくくって往く事としようぞ」
しかし、その口調は妙に老成しており、何よりも奇妙なことにその頭には二つの丸くふさふさとした耳が生え、その腰からは大きな尾が飛び出しておりました。
彼がその辺りにあった枯葉を手に取ると、それはすっと小さな切符に変わります。
少年、いや、この呼び方は適切ではありません。
彼は少年というような年ではないし、そもそも人ですらないのですから。
隠神刑部、狸の楽園たる四国は伊予の国において八百八の化け狸たちを束ねる重鎮であります。
なぜ彼がそのような独り言を致しているのかと言いますと、その切っ掛けは数日前にまでさかのぼります。
◆ ◆ ◆
~数日前~
「刑部よ、おるかえ?」
そういって、彼のもとを訪れたのは嫣然とした空気を纏う若い女性であった。
彼は改まった態度で答えた。
「姉上、ワラはここにありますぞ」
その声を聴いた女性は少しばかり口の端を緩めると、つかつかと声のしたほうに歩み寄って声の主を抱き上げる。
突然すぎて反応できなかったのか、将又いつもの事で反応することすら無駄だと達観したか。
隠神刑部はなされるがまま、女性に抱きすくめられ頭をなでられております。
「おぉ、刑部よ相変わらずヌシの毛並みは心地よいのぅ」
それに対して彼は一つ小さなため息をつくとその女性を諌めようと口を開きます。
「お戯れが過ぎましゅ……過ぎますぞ、屋島の禿さま」
幼い風貌ゆえに舌も短いのか、こういう事をしでかして真っ赤になるのもいつもの事。
そのたびに彼の手下どもが「さっすが大将!! かわいいぜ」などと妄言を垂れていますが彼の耳に入らないことを祈っておきましょう。
この隠神刑部、子ども扱いは何よりも嫌いでございますれば。
「さて、刑部よ…本題に入るぞ」
しばし、彼の毛並みを堪能して満足したのか、その女性、屋島の禿狸「屋島晦香」こと太三郎狸はキリリと顔を引き締めて隠神に話しかけるのでした。
「そなたには、幻想の里に向かってもらう」
「幻想の? あぁ、あの胡散の香り立つハザマの大妖が楽園などと呼んでおった場所でしたか?」
そういってうなずく隠神の頭の中には、いつか会った奇怪な思想を唱える胡散臭い妖怪が浮かんでおりました。
彼自身、その妖怪には並々ならぬ怨嗟の念があると見え、まぁ何を隠そう、初対面で素で「お嬢ちゃん」と呼びかけられたのでありますれば。
それは機嫌も損ねようというもの。
この隠神刑部、女子にしか見えぬ顔と子供のような低身長を始終気にしておりますゆえ。
「うむ、あやつめ百年ほど前に妾を式にしようとして捕えに来よったのだ」
「まぁ、ワラどもに掛かれば大妖怪の数匹が来たところでそうそう負けもしますまい」
そういって胸を張る隠神、後ろのほうから「そういう仕種も可愛いですぜ!! 大将!!」という数人の声が響き、隠神はキッと後ろを睨めつけて黙らせ、再び屋島狸に向き直ります。
「あやつの妄言がどこまで形になっておるのか見てまいれ…、事と次第では妾も向かわねばならぬでな」
そう命じられた隠神は、畏まって平伏すると返答しました
「その命、謹んで拝領致しましゅ……」
うむ、締まらない
して、お話は冒頭へと戻る次第にございます。
◆ ◆ ◆
「たしか、あそこには佐渡の二ツ岩様もおられたはず。然らばまずは其方にご挨拶をいたさねばな」
天智天皇の御代から87代、およそ1400年もの歳月を経たこの平成の御代。松山城守護の任こそ解かれましたものの、其れであっても八百八狸隠神刑部、お偉方への礼節は欠かさぬものに御座いますれば。
さて、隠神刑部は適当に耳や尻尾を隠すと、屋島の駅より特急に乗りまして、一路本州は諏訪の国目指して旅立って行ったので御座います。
如何でしたでしょうか。
次回は幻想入りの予定です。