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7/9

Ⅲ芸能界でございます

女優失踪のニュースは即報でテレビテロップで流された。朝のドラマのヒロイン福井で謎の失踪と。


警察より知らせが入り慌てたのは東京の所属事務所。とりあえずはおかかえ運転手にどんな事情からいなくなったのか知りたかった。それから策を講じたいと考えた。また同乗していたマネージャーにも聞きたいと思うがこちらは福井県警の任意で警察署に連れていかれたまま帰ってこない。


運転手の話だと永平寺でのトラブルがあってすっかり気落ちしていたという。また東京からマイクロバスで福井に向かう途中もトレンディー俳優との確執がネックにあるらしくまったくしゃべったりはしゃいだりはなかったらしい。


事務所も福井県警も最悪な事を想定して捜査に着手をしていた。


福井でいなくなったとしても彼女は国民的女優。まずは誰でも知ってる顔と名前。だからいずれ捜査線上には浮上をするだろうと言われた。見つかるのも捕まえるのも時間の問題だった。ただ妙な気になってしまうと厄介なことになりそうである。


運転手とマネージャーの話だと所持金は数十万あたり。さらには軽装だったということ。薄いピンクのカーディガンに黒っぽい膝竹スカート。靴はパンプス。背が高いからハイヒールは穿かない。到底遠くには行けないもの。


失踪の状況はというと永平寺から女優とマネージャーを乗せて車は高速に入る。運転手はこのまま一気に東京まで走って5〜6時間かと思った矢先だった。女優からサービスエリアに行きたいと申し出があった。車は一番最初の福井サービスエリアに着くことになる。

「彼女はトイレですかね。何か用があったからサービスエリアに向かってくださいと言うわけです」

車を降りてさっさと歩いていきそれっきりとなった。女子マネージャーもついて行けばよかったんだが、あいにくマネージャーは疲れて車で待機した。車で待てど暮らせど帰って来ない。おや変だなあとマネージャーは女優の携帯にかけてみる。


電源は切れていた。


通報を受けた福井県警は事件と失踪の両方で捜査に入る。いかんせんトレンディー俳優との確執を第一に重要視しているため予断は許されない状況であった。


トレンディー俳優も事情聴取を任意で福井県警で受ける。県警の聴取には撮影最中の不遜な態度はまったくなく真っ赤な顔をして神妙に質問に応じていた。

「俺とのことでもしも早まったことをしでかしたりしたら。まったく取り返しがつかないじゃあないか。悔いても悔いきれない。まったく彼女に悪いことをしてしまった。今からでも謝りたい。すまなかった」

涙ながらに慈悲を乞うのであった。


あまり思いたくはないが福井と言えば日本海沿岸に東尋坊がある。ここはなにを隠そう自殺の名所で日本でも有名であった。女優の姿が途絶えたサービスエリアからタクシーを使えば直ちに東尋坊に到着する距離だった。逆に考えると東尋坊に一番近いサービスエリアが失踪した現場だったとも言えるのである。


当然ながら県警でもタクシーを使ったのではないかと流しを中心に捜査を進めていた。タクシーが捜査線に浮かべば簡単に手を打てるはずだがとベテラン刑事達は煙りを吹かした。


失踪捜査本部を福井県警に設置して間もない頃、流しのタクシー運転手から女優らしき女をひとり乗せて東尋坊に走ったと連絡が入る。乗せた地点が福井サービスエリアに近いことはほぼ当人であろうの決め手になっていた。捜査本部はざわめいた。推理が的中した格好になったからだ。


早速東尋坊に県警は集まり女優探しに躍起となる。場所が場所だけに早くしないととんでもないことが待っていそうであった。


と同時にマスコミも動く。今回の失踪事件は元はと言えばトレンディー俳優とのスキャンダルが一番の原因にあたる。


がそれにも増して女優がキャンセルした数々の仕事の穴埋めをどう弁償するかにも注目が集まっていた。朝の連続ドラマからなにからすべて録画取りが宙に浮いたままであった。事務所が被った被害は数億になるのではないかと予測もされた。マスコミは慌ただしく記事を盛んにメール送信していかに女優が愚かなことをしているかを伝えていく。


タクシー情報が捜査本部に流れてから数分で東尋坊に県警は集結した。捜査員たちは早くも観光客をひとりひとりチェックしていた。なんせやることが早い早い。


テレビのテロップは有効で観光客の中に女優失踪事件を知る者もかなりいて捜査は比較的やりやすかった。地元の住民の協力も得て自殺の名所にふさわしい場所を重点的に探すことにもなった。万全の体勢が築きあげられとてもではないが自殺はもはやできない状態だった。


女優は顔が知れ渡る有名人でしかも頗る美人。ラフなカーディガンをはおい膝丈スカートと軽装。


パッと見て普通の人には見えず芸能人だとわかる。必ず捜査の網に引っ掛かると県警は自信があったのだ。


拙僧もニュースから失踪事件を知りました。いやあ大変だなあ。地元の福井放送は盛んに臨時ニュースを流しており嫌でもわかります。


しかしなんですね、先程まで一緒にいた女性がこうして失踪事件を引き起こすとは誰が想像されましたでしょうか。不思議な気持ちでございます。


我々僧侶は彼女が東尋坊に向かう足取りがあったと聞き救済のためにお寺をあげて向かうことに致します。


あんな綺麗な娘さん、簡単に死なれてなるものですか!そんなことになれば国家の損失ものです。ODAいくら使っても構わないが彼女だけは助けないと拙僧が許しませんぞ。拙僧のかわいい嫁はんになってもらいたい娘さんです!


アハハ、ドサクサに紛れて言ってしまった。拙僧顔が真っ赤。


我々僧侶は車を駆り立て東尋坊に向かいました。


現地では地元民と県警から注意点をことこまかに聞くことになります。


自殺防止予防でございます。まず彼女を発見しても慌てないこと。いつものように普段のように挨拶を交しゆっくりと県警なり地元民に知らせること。


気を荒だてる言動は一切しない。落ち着くことが大切です。人間死ぬ死ぬとわめいてもいざとなるとなかなか踏ん切りがつかないもの。充分に改心させる時間的な余裕はある。


到着した我々僧侶は多人数ゆえにそれぞれ分かれて彼女を捜索いたすことにしました。


東尋坊は日本海の荒波に揉まれ絶景となっています。あの岩肌から海を眺めたら一瞬飛込んでしまいたいと衝動に駈られます。ああっなんせあの絶壁は怖いなあ。


拙僧は彼女を探してかなりの岩や山を登ったり下がったりいたしました。これだけの人数この程度の岩でしたら簡単に見つかるはずなんですけどね。山は深いから時間がかかります。


タクシー運転手の情報は大丈夫なんかいな。本当に東尋坊に来たのかいな。疑問になります。


すでに岩から飛込んでしまったか。いずれにせよその姿をみたいなあ。拙僧の彼女であります。


女優さんの失踪が大事件になり福井はやんややんやの騒ぎとなりました。これだけ東尋坊を探していないのだからすでに飛込んでしまったのではないかとシマ憶測が飛び交います。


確かにこれだけの人数で捜索して見付からないとはひょっとしてとも思われますね。いやいや拙僧だけはそんなことを考えてはなりません。だからもうちょっと元気出して探してみましょう。おーいどこだあ〜いたら

返事しろー!


東尋坊も夕陽が沈みました。辺りが暗くなりつつあります。なんとなく詫びしいなあの夕陽でございます。


県警も地元民もほとほと疲れたようでございます。皆黙って山から谷から探すところでございます。やあ見つからなかったなあ。


ふぅー残念。


拙僧は額の汗を拭きながら今日はダメだな、明日からまたやり直しがいいじゃあないかと思い始めて参りました。


さらには彼女自身が気を持ち直していただきヒョイと公衆の前に現れるのではないかと期待もいたします。素直で正義感溢れる女ですからね彼女は。


ツルツルリーンリーン。


おっ、拙僧の携帯でございます。電話がかかって参りました。


「誰かな?あらっ、非通知だあ。やいやい誰だろう」

弱りましたね。送信相手がわかりません。拙僧かつてはこの手の電話、メールで酷い目に遭いましたから慎重でございます。しかし出たらどうなる?いかがいたそうかなホトトギスでございます。

「なかなか携帯は鳴りやまないなあ。しつこいなあ」

どうしょかな、ええーい拙僧決意しまして出ました。清水の舞台から飛び降りた気分でございます。アダルトだったらどうしょ?


「もしもしどなたさんでありましょうか」

誰だろうかとおそるおそる携帯に出てみましたら

懐かしいダミ声が聞こえてまいりました。


「やあっ、ワシやワシ。久しぶりやなあ。わかるかい」

わかるもなにも拙僧が修業の身の節はいろいろご指導を承った同じ曹洞の兄弟子でございました。懐かしいのは、そうだなあ2〜3年振りでありましょうかね。


兄弟子は福井の寺の息子さん。確か多産兄弟の末っ子さんであったはずで7番とか8番でした。長男さまが曹洞宗のお寺を継いでいらっしゃるから兄弟子は末寺の住職さまであるのかなと思われます。ダミ声は印象でございました。


「今しゃべって大丈夫かい?いいかよく聞いてくれよ」


えっ!本当ですか。


拙僧は腰を抜かさんばかりに驚きました。 


兄弟子はダミの利いた声をさらに続ける。

「ああそうだよ、今はなテレビをつけて彼女さんも自分のニュースを見てござるんや。で本人さんどうしようこうしょうと悩んでいなさる。騒ぎがこんなに大きくなってしまい出るに出れない、ハハ。帰るに帰っていかれないと、まあこんなとこじゃ」


女優は兄弟子が住職を務めるお寺さんに無事保護されていました。兄弟子からの電話は無事を伝えるものでありました。


女優は福井サービスエリアから身を隠しこっそり東尋坊に行こうとしたそうでございます。東尋坊でなにをするかは具体的には住職にも何も申してはいないようでございます。


サービスエリアからタクシーを拾い東尋坊に向かいます。彼女の拾ったタクシーは人当たりのいい有能な運転手だったようでございますね。若い娘がひとり東尋坊に行くのはなんかあるなとたぶん察知されたのでありましょう。あれこれと明るい話題を話されたようです。当然に女優だとわかりましたでありましょう。


その明るい話の中に故宇野重吉さんの役者があったそうです。福井の偉人宇野重吉さんでございますからね。運転手にとっては自慢したい郷里の偉人さんでございましょう。


タクシー運転手の話し方がよかったのでありましょう。彼女は一旦東尋坊に到着したのですが、

「どうせ死ぬのなら自分と同じ俳優の道を歩まれた故宇野重吉さんのお墓参りぐらいしたいわ」


と東尋坊の予定を変更して重吉さんのお墓に行ったようでございます。


重吉さんのお墓は拙僧の兄弟子のお寺にございます。お寺では住職の兄弟子が彼女を見て宇野重吉さんのお墓参りに来られた女優さんだろうと最初は思われたそうです。有名な女優さんでしたらサインをもらって老後の楽しみにしたいが趣味でございますから早速サインをおねだりいたしました。しかし女優が来るにはちっとおかしいと感ずくわけです。女優は映画のクランクインの前に、舞台の始まる前にお墓でございますからね。今の時期にはかようなものはございません。


でパッと顔をみたら朝ドラマのヒロインがいるではありませんか。


兄弟子は朝ドラマのヒロインの大ファンだそうです。拙僧と同じですね。あらまライバルになります。


すかさず、なぜこの季節外れに重吉さんのお墓参りをされていますかと聞かれました。すると彼女はみるみる涙が溢れて泣きじゃくったとのことです。


兄弟子は事情はともかくこりゃあなにかあるぞと察知いたしました。

「こりゃあなにかわけあるぞーなにかなあ」

早速本堂に彼女をお連れし話を聞くことになりました。彼女はハラハラ涙がこぼれ落ちながらもせっせつと心の中を兄弟子に住職に語ったようでございます。


一息つくまで一気に女優の仕事、プライベートのトラブルを話されたらすっかり気が落ち着きみるみる元気になられたそうです。 


兄弟子はお寺に縁のある宇野重吉さんの役者としての壮絶なる人生を彼女に語ったそうでございます。宇野重吉さんは晩年は癌との戦いでございましたからそりゃあすざましいですよ。涙が溢れてとまらないでございます。

「例え癌におかされていても僕は役者だから舞台に立ちたい。観衆のあの温かい拍手と声援の中に生きていたい」

と凄い最期を舞台で迎えた。息子の寺尾聡が連日楽屋裏に詰めて実の父親がいつ倒れるかハラハラしながら見ていたエピソードすらあります。元来ならば病院のベッドでウンウン唸る危篤状態の入院患者ですから当然でございます。


宇野の役者魂は息子に伝えることができたんでしょうね。息子さんは役者として舞台に張り切っていらっしゃいます。


兄弟子は幼い頃から宇野重吉さんと交流があり可愛がられて参りました。だから余計に俳優の人生とはいかなるものかを彼女に教えてあげたかったかもしれません。


「和尚さま、わかりました。死のうなんて浅はかな考えをした私が愚かでございました。私は宇野重吉さんのような立派な役者になりたいと思います。そんな素敵な役者を生業としていきたいと思います」

彼女は晴れやかな顔になられた。彼女にはまず笑顔が大変に似合います。


福井が生んだ偉大なる宇野さんはここにある有能な女優を救いましたね。今後の活躍が楽しみです。


宇野さんが生きていらっしゃったとしてもひょっとして兄弟子のような話をされたのではないかと思います。


彼女が無事の話を聞いて拙僧は東尋坊にいる県警に彼女は見つかりましたと報告いたしました。


この場合うまくお話をしておきませんと失踪事件の犯人扱いされて悪のままでございますから難しいところでございます。


夜半には彼女は無事に保護され東京に向かいました。東京にいかれたらその日にキャンセルされたドラマの撮影をいかにするか事務所は大変でしたね。違約金を払うと済むものは支払いました。


「大変申しわけありませんでした。私のわがままで皆さんに多大な迷惑をおかけしました」


さらに待つのはトレンディー俳優との醜いゴシップだった。週刊誌はガンガン二人の間柄を書きまくった。


しかし読者からは彼女に対する同情が集まり、

「これを教訓にして頑張って」

温かな応援が手元に届きました。ファンレターの中には目指せ宇野重吉なんてのがかなりありました。


手紙を読んだ彼女は思わず吹き出してしまいました。

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