人生が動き出した少年の強烈な出会い
俺は雨の中、多量出血であまり考えられなくなった頭で現在の状況を整える。
まず右腕が引きちぎられて、そこに落ちている。
アンは体中に傷を負い、黒いコートを着て中々渋い四、五〇のジェイドと呼ばれている男に首を掴まれ、持ち上げられている。
その男の後ろにはゴスロリと呼ばれる服装で傘を持っている一二、三のレフィと呼ばれている銀髪美少女がいる。
(くそ、体が動かない……どうすれば……っ!?)
『それでレフィ、このお嬢さんをどうすればいい?』
「そうね、ジェイド。殺しておしまいなさい」
少女は冷酷に、突き放すように言う。
「どうせ記現体が死ねば唯一の味方の記憶も無くなって私たちに支障は出なくなるから。今生かしておいて後々邪魔になるのも厄介だし。紳士なら苦しまさずに殺しなさい」
『了解だ、レフィ。すまないな、可愛い同胞。私の主人は合理者だからな、どうしてもこんな結果だ。というわけで、』
男はアンの首を掴んでいる手からグッ、と音が聞こえる。
『死んでくれ』
一瞬で頭にアンとの日々が駆け巡る。
初めて食べたプリンに目を輝かせたアン。
テレビの爆音に驚いて、戦闘体勢を取ったアン。
俺が勝手に自分のプリンを食べられたことに憤怒するアン。
親父がヤクザに俺を売って、送られてくる刺客を一緒に倒したアン。
そして、
「アンッ!!」
自殺を覚悟した俺に、生きる希望を与えてくれたアン。
そんなアンを、俺は……
「死なせるかよ!!」
まだ残っている左腕で近くにあった石を男に投げる。
それに気付いた男は残っているもう片方の左手で石を払う。その隙に立ち上がり、男に向かってバイトで鍛えられた足で走る。
『少年、紳士なら醜い足掻きは止めて素直に負けを認めろ』
「生憎紳士みたいなこぎれいな奴じゃなくて、盗人みたいなきったない奴なんでなっ!」
男の腰にある刃渡り二〇センチほどのナイフを盗り、体を沈めて男を抜ける。
「チャンスがありゃ、何でもするさっ!!」
そのままナイフを向けながら少女の方向に走る。
『!っ、それは男がするような事じゃないぞ、少年!』
男は俺に向かって走ってくる、アンを離して。
『もーらいっ!』
アンは男に向かって拳を振る。
『くっ!?』
不意打ちに戸惑ってしまい、ガードが甘い。そして、
『喰らえーーっ!!』
男の鳩尾に重い一撃が、
『喰らうかっ!』
何かに防がれた。
『っ!?』
驚くアンはいったん下がる。
『驚いたぞ、お嬢さん。まさかこれを使うことになるとは思わなかったぞ』
『……何よそれ。ズルいじゃない』
『それを言ったら君の相棒もズルいと思うが』
首を前に突き出し男の後ろを見ると、首にナイフをあてがわれても冷静さを乱さない少女と、罪悪感がこみ上げてきたのか、顔を下に向けている引きちぎれた腕に止血処理をした少年がいた。
『……罪悪感がこみ上げてくんだったらあんな事をしなくてもよかったのに』
「ウッセェ!こっちの身にもなって見ろよ!これしか方法がなかったんだから!」
『全く、面白いな君たちは。そう思うだろ、レフィ』
「そうね、ジェイド。とても面白いわ。こんなあくどい方法を使うなんて」
「うっ」
そう言って、また顔をふさぎ込む。
『さて、レフィ。これはどうしたらいいと思うかい?』
「そうね、ジェイド。ここはいったん退くのがいいかしら」
『了解、レフィ』
『逃がすと思ってんのっ!?』
男のいるところへ腕を振り下げながら走っていく。しかし男は動かない。そして一瞬で、そう瞬間移動のように俺の目の前に立った男は、少女を抱きかかえ、俺の横を通り過ぎた。
「ま、待て!」
あまりにも一瞬で驚き、思考停止した頭を動かし、動けなかった体を動かす。
『調子に乗るなよ、クソガキ』
先ほどまでの言動とは違い、あまりにも汚い言葉遣いとあまりにも大きすぎる殺気に当てられ、体が竦んで動けなくなってしまう。それはアンも同じらしい。
『私が本気になれば君たちを一瞬で殺せた。レフィが本気を出せば君のあのチャチな捕らえ方から逆に君を捕らえられた。君は生かされていることを自覚した方がいい』
あまりにも冷たい目で見られ、体が震える。
『しかし、この間組まれたパーティーにしちゃ、良くできる方だな。そう思うだろ、レフィ』
先ほどとは違い、とても暖かい声色だった。
「そうね、ジェイド。とても強いわね」
『おお、レフィがこう言うのは珍しいんだぞ。あ、そうだそうだ』
男が胸辺りに手をやり、腕を振ると名刺のようなものが俺の足下に刺さる。
『記現体について詳しく知りたかったらそこに書かれているところまできなさい。そして少年、もっと強くなりたいのならここに来なさい。両方とも教えてあげよう』
『「はぁ?」』
『君たちに興味を持った。だから生かすし、教えてやろう。そうだろ、レフィ』
「賛成できないわね、ジェイド。強くなって倒せなくなったらどうするの」
『なぁに、大丈夫さ』
深い緑色の目でこちらを見て、笑った。
『彼らは大丈夫な気がする』
青色の目を細めて笑った。
「そうね、ジェイド。私も彼らを気に入ったわ」
『おお、レフィは中々笑わないんだぞ!今日は晴天か!?』
「違うわ、ジェイド。今日は雨よ。」
はははっ、と二人声を揃えて笑う。俺らは、というと全く状況が読めず呆然と立っていた。
『それと少年、』
突然呼ばれて驚きながら男を見る。
『そのままだと死ぬぞ。それではな』
「お元気で」
そう言いながら二人は歩いていき、いなくなった。
俺は何を言われたのかよく分からないままいると、アンが突然大きな声を出す。
『ちょっと、あんた!腕、腕!』
「へ、腕って……あぁっ!」
腕が引きちぎられていたことを思い出す。すぐさま腕があった場所を見ると応急処置を施すのにちぎったシャツはすでに血で染まっていた。
突然目眩が襲ってきて、その場に倒れる。
『ちょっと!?大丈夫!?』
「はや、く、びょうい、んにいか、な、い、と」
そこで俺はアンに揺すられているのを感じながら意識を失った。