第二王女⑧
◆
「充填完了まで、三十秒」
「天絶陣、展開率八十パーセント」
「加具土命、発動準備完了」
「エクスカリバー・システム、収束完了」
各艦隊から、報告が次々と入る。
シュリンプは深呼吸した。
「全艦に告ぐ」
彼の声は二千万隻の艦艇に同時に響いた。
「これより、恒星間生物への一斉攻撃を開始する。目標は完全破壊。手加減は無用だ。持てる火力のすべてを叩き込め」
彼は一度、目を閉じた。
「地球を守るぞ。俺たちの力で」
そして、目を開く。
「全艦、一斉射撃──開始!」
宇宙が、白く染まった。
四方向から人類の最強兵器が同時に放たれる。
北極方向からはアメリカ艦隊の光子波動砲。
旗艦エンタープライズの船首から、三条の純白の光が放たれた。八百三十兆メガワット、三門同時発射。合計出力は二千四百九十兆メガワット。
量子収束された光子の奔流が、光速で恒星間生物に向かって突き進む。その軌跡はまるで宇宙空間に引かれた一本の白線のようだ。通過した空間の真空が励起され、チェレンコフ放射に似た青白い輝きを残していく。
広島型原爆一千三百万発分のエネルギーが、たった一点に集中して解放される。
赤道帯東側から日本艦隊の加具土命。
神殿型戦艦「八百万」の祭壇に、炎が灯った。
それは最初、蝋燭の灯火程度の小さな光だった。だがその炎は一万人の禰宜たちの命を燃料として急速に成長していく。
「掛けまくも畏き──」
老翁の声が、途切れた。
彼の体が光り始める。皮膚の下から、白い炎が透けて見える。
「──火之迦具土神の御名において──」
一万人の禰宜たちが、同時に燃え上がった。
彼らの肉体は炎に包まれ、灰になり、そして──その灰すらも白い光に変わっていく。一万の魂が、一つの炎に収束していく。
神殿型戦艦「八百万」から純白の炎が放たれた。
六百兆メガワット。数字だけ見れば光子波動砲に劣る。だがこの炎は点ではなく面を焼く。半径数十万キロメートルの範囲を、等しく焼き尽くす白い死だ。
その熱量は太陽の表面温度を遥かに超えている。通過した空間の真空すら──真空であるにもかかわらず──蒸発するかのように揺らめいた。
赤道帯西側から、中国艦隊の天絶陣。
陣法母艦「崑崙」を中心に展開された八卦の陣が、完成した。
六十四人の道士たちが、同時に「天」の紙旛を振った。
「天・絶・陣・開!」
空間が、歪んだ。
恒星間生物を中心とした直径十万キロメートルの空間で、後天の濁気が先天の清気に置換されていく。その境界面では現実の法則が崩壊し、因果律が逆転し、存在と非存在の区別が曖昧になっていく。
小型ブラックホールが、複数同時に生成された。
いや、「小型」という表現は正確ではないかもしれない。それぞれのブラックホールは直径数百キロメートルに達し、その事象の地平線は恒星間生物の体を引き裂こうとしていた。
南極方向から、イギリス艦隊のエクスカリバー・システム。
魔導戦艦「キャメロット」の全システムが、一斉にシャットダウンした。
核融合炉、魔力蓄積装置、生命維持システム、照明、通信──すべてのエネルギーが、一点に収束されていく。
艦内は完全な暗闘に包まれた。乗組員たちはその暗闘の中で緊急脱出ポッドに飛び込んでいる。
そして──
「エクスカリバー、発射!」
キャメロットの船首から、黄金の光が放たれた。
千二百兆メガワット。地球圏最大級の火力。
その光は光子波動砲よりも明るく、加具土命よりも純粋で、天絶陣よりも直接的だった。存在圧縮術式によって凝縮された全エネルギーが、一条の黄金の槍となって恒星間生物を貫く。
発射の反動でキャメロットの艦体が軋んだ。
外殻が剥離し、フレームが歪み、内部区画が崩壊していく。艦は文字通り自壊しながら、その最後の力を敵に叩きつけていた。
四つの攻撃が、同時に恒星間生物に到達した。
光子波動砲の白い槍。
加具土命の白い炎。
天絶陣の黒い虚無。
エクスカリバーの黄金の光。
それぞれが全く異なる原理で動作する兵器でありながら、散開陣形のおかげで相互干渉は最小限に抑えられていた。
着弾。
宇宙が爆発した。
いや、「爆発」という言葉では表現しきれない。
光子波動砲が恒星間生物の北半球を貫き、広島型原爆数千万発分のエネルギーを注ぎ込む。生物の表皮が蒸発し、体組織が分解されていく。
加具土命の白い炎が、生物の赤道帯を包み込む。一万人の魂が燃え上がった炎は物理的な熱だけでなく、存在そのものを焼く力を持っていた。生物の細胞が、分子レベルで崩壊していく。
天絶陣の虚無が、生物の西半球を侵食する。複数のブラックホールが生物の体を引き裂き、空間の法則が崩壊した領域では生物の体組織が「存在感覚」を喪失して消滅していく。
エクスカリバーの黄金の光が、生物の南半球を貫通する。存在圧縮術式で凝縮されたエネルギーは通常の物理法則を超越した破壊力を持ち、生物の体を文字通り蒸発させていく。
連鎖的な爆発が、恒星間生物の全身で発生した。光が光を呑み込み、エネルギーがエネルギーと衝突して新たな爆発を引き起こす。
艦橋の観測窓が自動的に遮光モードに移行した。それでもなお、眩しすぎる光が乗組員たちの目を焼く。
「命中確認」
センサー担当の士官が、震える声で報告する。
「全兵器、目標に直撃。被害状況を解析中……」
艦橋の全員が固唾を呑んでモニターを見つめた。
これだけの火力を叩き込んだのだ。光子波動砲、加具土命、天絶陣、エクスカリバー──地球文明圏が持つ最強兵器の同時攻撃。いくら太陽サイズの生物とはいえ、無傷では済まないはずだ。
光が収まっていく。
爆煙が晴れていく。
そして──
「……嘘だろ」
誰かが呻いた。
恒星間生物はそこにいた。
傷だらけだった。表皮の大部分が焼け爛れ、体組織の一部が欠損し、天絶陣によって抉り取られたと思しきクレーターが全身に散在している。
だが──生きている。
そして、傷が塞がり始めている。
「再生……している……?」
レイノルズが呆然と呟いた。
「あれだけの攻撃を受けて、再生だと……?」
恒星間生物の傷口から、新たな組織が生えてきた。焼け爛れた表皮が剥がれ落ち、その下から新鮮な──いや、「新鮮」という表現は生物学的に正しくないかもしれないが──組織が露出する。
みるみるうちに、傷が塞がっていく。
「キャメロットからの報告」
通信士官が青ざめた顔で報告する。
「艦は完全に自壊。乗組員の脱出率は──二十七パーセント。残りは……」
「日本艦隊からの報告」
別の通信士官が続ける。
「神殿型戦艦『八百万』、禰宜一万人全員が──死亡確認」
シュリンプは黙っていた。
彼の義眼が、恒星間生物を見つめている。
イギリス艦隊の最強戦艦が自壊し、乗組員の七割以上が死亡した。
日本艦隊の一万人の禰宜が、命を捧げて炎となった。
それでも──効いていない。
いや、効いてはいる。傷を与えることはできた。だが、致命傷には程遠い。そして生物は再生している。時間が経てば、完全に元通りになるだろう。
「……くそっ」
シュリンプは低く呻いた。
「エネルギー残量は」
「光子波動砲、再充填には二十分を要します。他の艦も同様です」
「天絶陣は」
「道士たちが消耗しています。再展開には時間が……」
「加具土命は」
「──使用不可能です」
通信士官の声が、沈痛に沈んだ。
「禰宜は全員、死亡しました。予備の禰宜はいません」
艦橋に、重苦しい沈黙が落ちた。
死者は既に一万人を超えている。キャメロットの乗組員を合わせれば、さらに数千人が加わる。
これだけの犠牲を払って──なお、勝てない。
「閣下……」
レイノルズが絶望的な声を上げた。
「もう……打つ手がありません」
シュリンプは黙っていた。
彼の義眼が、恒星間生物を見つめている。その視線には怒りでも絶望でもない、奇妙な感情が浮かんでいた。
「……まだだ」
シュリンプが言った。
「まだ終わってない」
「しかし閣下、これ以上は……」
「黙れ」
シュリンプの声は静かだった。
「俺は諦めない。諦めたら、それこそ犬以下だ。吠えることすらできない犬になる」
彼は艦橋を見渡した。
「いいか、お前たち。俺たちは負けるかもしれない。いや、おそらく負ける。だが、戦わずに逃げるよりはマシだ。至高天に泣きついて助けてもらうよりはマシだ。俺たちは人間だ。人間には意地ってものがある」
「第二射、準備でき次第、発射」
レイノルズが命令を下す。
「エネルギー残量のすべてを注ぎ込め」
二千万隻の艦艇が、再び攻撃準備を整える。
だが誰もが分かっていた。
これが最後だということを。
これで倒せなければ、もう打つ手はないということを。
「撃て」
再び、光が宇宙を満たした。
光子波動砲の白い槍。
天絶陣の黒い虚無。
エクスカリバーを失ったイギリス艦隊からは通常の魔導砲が放たれる。
そして──
加具土命のない日本艦隊からは通常のプラズマ砲が放たれる。
攻撃が着弾する。
爆発が連鎖する。
光が収まる。
そして──
恒星間生物は依然としてそこにいた。
傷は──すべて塞がっていた。
「……終わりだ」
誰かが呟いた。
艦橋に、絶望的な沈黙が落ちた。
そのとき、艦橋に柔らかな光が満ちた。
「あ! ムシだぁー! こんなとこに居たんだ!?」




