第二王女②
◆
三十分後、各国首脳がホログラム上で集結した。
シュリンプ、鷹市、フルチン、龍金平、マックロー、カンタレラ。加えてダッジと、その他の主要閣僚たち。彼らの立体映像が会議室に浮かび上がり、それぞれの顔には共通した表情が浮かんでいる。
疲労と諦念。そして僅かな恐怖。
世界を動かす権力者たち。宇宙艦隊を動かし、経済を操り、地球人口数十億、地球圏にまでひろげれば数千億の人間の運命を左右する者たち。そんな彼らが、「暇な人いる~?」という一言のために夜中に叩き起こされ、緊急会議を開いている。この状況を滑稽と呼ばずして何と呼ぶのか。
「全員、返信は済ませたな」
シュリンプが切り出した。
「もちろんですとも」
マックローが肩をすくめる。フランス大統領らしい皮肉っぽい仕草だ。
「暇である旨、お伝えしました。実際には今夜だけで三つの会議をキャンセルしましたがね」
「私は選挙演説を二件延期しました」
鷹市が淡々と報告する。
「支持率に影響が出なければいいのですが」
「出ても仕方がないだろう」
フルチンの声は低く、冷たい。ロシア大統領の声はいつも低く冷たいが、今夜は特にそうだ。
「至高天の要請を断るわけにはいかん。それがたとえ『暇?』という一言であってもだ」
「私は愛人とのディナーをキャンセルしました」
カンタレラがぼやく。イタリア首相らしい発言だが、誰も笑わない。
「問題は内容だ」
龍金平が重々しく言った。
「第二王女殿下は我々に何を求めているのか」
その問いに答えるように、会議室の中央に新たなホログラムが投影された。
銀髪の少女。
見た目はプルーウィア王女よりもさらに幼く、十代半ばほどに見える。だがその瞳には姉と同じ、人間には計り知れない深淵が覗いていた。可愛らしい外見と底知れない瞳のギャップが、かえって恐ろしい。
「やっほー、みんな来てくれたんだ!?」
セレスティア・ルーキス・デー・カエロー・カデンスは朗らかな笑顔で手を振った。
「忙しいのに集まってくれてありがとう。姉様から聞いてたけど、地球の人たちって本当に真面目だよね」
真面目。
そう、地球人類は真面目だ。至高天の「暇?」という一言のために、世界の首脳が夜中に集まるほど真面目だ。これを真面目と呼ぶか、それとも卑屈と呼ぶかは立場によって異なるだろう。
「殿下」
シュリンプが慎重に口を開く。
「お呼び立ていただき光栄です。本日はどのようなご用件で……」
「うん、それなんだけどさ」
セレスティアは人差し指を唇に当てて、考え込むような仕草をした。
「ちょっとしたお願いっていうか、相談っていうか。暇だったらやってみない? みたいな感じなんだけど」
暇だったらやってみない。
この言葉を額面通りに受け取る者はこの会議室には一人もいない。「暇だったら」は「今すぐ」という意味であり、「やってみない?」は「やれ」という意味だ。地球人類は五千年かけてこの言語変換能力を身につけた。
「どのようなお願いでしょうか」
鷹市が穏やかに尋ねた。
「ある惑星の大気を清浄化してほしいの」
セレスティアはあっけらかんと言った。
「え」
「瘴気っていうのかな。その星の生き物たちが困ってるみたいでさ。祈りが届いたんだよね、私のところに」
「祈り……ですか」
ダッジが思わず復唱する。
「そう、祈り。召喚術じゃなくて、純粋な祈り。助けてください、みたいな。たまたま私がキャッチしちゃったんだよね」
セレスティアは少し困ったような顔をした。
「暇だったし、本当は私が行ってもいいんだけど──。でも私、細かい事が苦手なの! その星ごとぱくってしちゃうかもしれないし~。で、思い出したの。地球の人たちって、こういうの得意じゃない?」
得意かどうかは分からない。だが断る選択肢がないことだけは確かだ。
「場所はどちらになりますか」
龍金平が実務的な口調で尋ねた。
「えーっと、座標は……」
セレスティアが指を動かすと、会議室に銀河系の三次元マップが展開される。赤い点が一つ、明滅していた。
「ここ。姉様が行った星の近くなんだけど、まあ数百光年は離れてるかな」
数百光年を「近く」と表現する感覚に、首脳たちは改めて至高天との認識の差を思い知らされた。地球人にとって数百光年は宇宙の果てだが、彼女にとっては隣町程度なのだろう。
「ワープ航行で……」
シュリンプが計算する。
「およそ一週間の距離ですな」
「そうそう、すぐでしょ?」
セレスティアはにっこり笑った。
「あ、そうだ」
王女は何かを思い出したように手を叩いた。
「面白い人たちも参加するかも! その時はよろしくね」
「面白い人たち、とは」
シュリンプが眉をひそめる。
「うん、えーと……。あ、キャッチはいっちゃった。ちょっと待っててね」
セレスティアの姿が消えた。各国首脳は顔を見合わせる。面白い人たち。その言葉が何を意味するのかは誰にも分からない。だが「ろくな事にならないだろうな」というのが共通の想いであった。




