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魔物の私を『国宝級の可愛さ』と勘違いした女騎士が、過保護すぎて外に出してくれません  作者: こめりんご


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9/19

幕間 その過保護、客観的に「手遅れ」判定 ★

 王都の空に、勇者アーサーが描く美しい放物線が消えてから、数時間が経過したころ。

 夕闇がせまる王城の一角、騎士団詰め所は、蜂の巣をつついたような騒ぎに包まれていた。


「副団長! 見ましたか今の!? あの見事な放物線!」


 バンッ、と勢いよく扉を開け放ち、興奮気味に駆け込んできたのは、正門の警備を担当していた若手騎士、カイルだ。

 彼は窓の外、すでに星となって消えた勇者の軌跡を指さし、少年のように目を輝かせている。


「凄かったなぁ……。勇者アーサーともあろうお方が、まるで石弾みたいに空を舞いましたよ。さすがフレア団長、手心ってものを知らない!」


 カイルは屈託のない笑顔で、心からの称賛を口にした。

 山積みの書類仕事と格闘していた副団長のカレンは、羽ペンの手を止めて深いため息をついた。

 眼鏡の奥の瞳には、隠しきれない疲労の色がにじんでいる。

 士官学校時代からの腐れ縁である彼女は、天災級の上官の尻拭いを一手に引き受ける立場だった。


「……ええ、見ましたよカイル。詰め所の窓がビリビリ震えるほどの衝撃音もね」

「ですよね! いやー、あの勇者様を一撃で。やっぱり団長は人類最強だ!」

「感心してる場合ですか? あれ、外交問題ですよ? ……はぁ。胃が痛いです」


 カレンはこめかみを指先で揉みほぐした。ズキズキとした頭痛が止まない。

 彼女の苦労は今に始まったことではないが、ここ最近のフレアの暴走ぶりは、明らかに常軌を逸している。かつての冷静沈着な指揮官はどこへ行ったのか。

 いや、指揮官としては相変わらず優秀なのだが、私生活――特に「あの子」が絡むと、あの美しい顔が途端にゆるみきる。


「でも、何があったんですか? 勇者様はただ、団長にお土産を渡そうとしただけに見えましたが」

「先ほどの伝令によれば、勇者様はお土産として『聖水』を差し出したそうです。それが地雷でした」

「悪霊退散の効果がある、ありがたい水ですよね?」

 カイルが首を傾げる。

 カレンは冷めた紅茶を一口すすり、遠い目をした。

「……フレアにとっては、あの子にとって『有害かどうか』が全てなんですよ」


 カレンの脳裏に、フレアの屋敷に匿われている少女の姿が浮かぶ。

 すべすべの肌、くりくりっとした瞳。守ってあげたくなるような愛らしさ。

 だからこそ、あの子の近くにいると男たちがどうにかなってしまう。

 あれは、直視すると理性が蒸発する類の可愛さだ。


「お嬢さんのことですか?」

「……気にしないでください。深く知ると、貴方のその無駄に明るい笑顔が曇ることになりますから」


 カレンはあいまいに笑って、視線を逸らした。


「? よく分かりませんが、団長が今日も元気で僕は嬉しいです! あ、そうだ。差し入れのクッキー焼いてきたんで、団長が帰ってきたら渡して――」

「無駄ですよ。フレアは当分帰ってこられませんから」

「えっ」


 カイルの手が止まる。

 カレンは、積み上げられた始末書の山を指先でトントンと叩きながら、無慈悲な事実を宣告した。


「勇者パーティへの謝罪、教会への懺悔(ざんげ)、破損した結界の弁償、そして国王陛下への始末書提出……。フルコースで三日は拘束されるでしょうけれど」

「三日も? 団長大変っすね……」


 カレンは眉をひそめた。

 三日間。あの子の世話は、誰がするのだろう。


「……そこが問題なんですよね」


 カレンの声のトーンが、一段低くなった。

 眼鏡の奥の瞳が、静かに曇る。


「あの子が一人で留守番なんて……フレアの発狂メーターが振り切れなきゃいいんですけれど」

「発狂メーター?」

「こっちの話です。……とりあえず、貴方は正門の修理手配をしておいてください。勇者が激突して凹みましたから」

「はいっ! 喜んで!」


 カイルはビシッと敬礼し、嵐のように飛び出して行った。

 後に残されたのは、静けさと大量の書類、そして頭痛だけだ。

 カレンは窓の外の空を見上げた。

 空は、にごった血のような色をしていた。


「……嵐の予感ですね」





        *





 同時刻、王城内の特別医務室。

 薬品の臭いがただよう無機質な空間に、世界の希望であるはずの男の姿があった。


「……理屈に合わない……」


 純白のシーツが敷かれたベッドの上で、勇者アーサーはつぶやいた。

 その瞳はどこか遠い虚空を見つめている。

 かたわらには、仲間の治癒術師の女性が必死の形相で回復魔法をかけていた。淡い光がアーサーの体を包むが、心の傷までは癒やせない。

 部屋の隅では、全身包帯のアサシンと、煤まみれの魔術師がベッドでうめいている。


「アーサー様、しっかりしてください! 傷は治しました! 肉体面は完治してます!」


 憂いた表情を勇者に向け、健気に励ましている。


「弱気にならないでください! サラマンダーだって一撃だったじゃないですか! 魔王討伐の旅に出る前の、ちょっとしたアクシデントですよ!」

「魔王……? ふふ、魔王なんて可愛いもんだろ……」


 アーサーは乾いた声で笑った。

 勇者としての冷徹さは、見る影もない。


「あれは何だ……殺気がない。敵意すらない。ただ、俺の存在を最初から“想定外”として弾いた」

「それは……フレア様が規格外だから、ですか?」

「いや、あれは個人の武力じゃない。……『拒絶』だ」

「拒絶……?」

「『私の世界に入ってくるな』という、絶対的な拒絶。……メイ、俺は悟ったよ」


 アーサーは両手を硬く組んで虚空を見据えた。


「この世界には、まだ遠く及ばない領域がある。あの家は……あの金色の騎士が守る場所は、今の俺たちには、不可侵の領域だ」

「あ、アーサー様……?」


 そのとき。

 ガチャリ、と重厚な扉が開かれた。

 続いて、ザッ、ザッ、ザッ、と規則正しい足音と共に、複数の気配が室内へとなだれ込んでくる。


「――国王陛下、入室なされます」


 近衛の野太い声が響く。

 現れたのは、この国の最高権力者、国王その人だった。

 豪奢(ごうしゃ)なマントを翻し、背後には数人の近衛と文官を従えている。その場の空気が一瞬で張り詰める。

 アーサーと治癒術師があわてて立ち上がり、最敬礼の姿勢をとる。


「へ、陛下!? なぜこのような場所へ!」

「よい。楽にせよ。……我が国の騎士団長が、客人に対して非礼を働いたこと、深く詫びる」


 国王は重々しく告げ、深く頭を下げた。

 一国の主が、一部下の不祥事のために頭を下げる。異例のことだった。


「いえ! 私が不用意に近づいたのが原因で…… しかしまさか、あの英雄フレア・イグニスがあそこまで正気を失っていようとは……」

「うむ。だがな勇者よ。……致し方ないのだ」

「は?」


 不意に、国王の声色が柔らかくなった。

 顔を上げると、その瞳はどこか遠い場所を見つめていた。

 うっすらと熱っぽい光が宿っている。


「あの子は……あの屋敷にいる幼子は、可愛すぎるのだ」


 真顔で告げられた言葉に、アーサーは耳を疑った。


「……はい?」

「実はな、余も先日、謁見の場であの子の輝きにあてられ……うっかり国をゆずろうとしてな」


 しれっと投下された爆弾発言に、アーサーの思考が停止する。


「……国を、ゆずる?」

「うむ。フレアに止められて事なきを得たが……惜しいことをした。あの子の笑顔が見られるなら、王冠の一つや二つ安いものだったのだがな。はっはっは」


 国王はほがらかに笑っている。

 背後の文官たちも、困ったような、それでいてどこか共感の表情でため息をついていた。


 笑い事ではない。

 アーサーの背筋が凍りついた。


「…………」


 目の前の国王もまた、あの「魔性」に毒されている。

 国をゆずる? 可愛すぎるから?


「フレアがあのように過剰になるのも無理はない。あの子は、存在自体が世界を狂わせる劇薬なのだ。……勇者よ、悪いことは言わん。あの家には近づくな」

「……はい。骨身に沁みました」


 アーサーは深くうなずいた。

 そう。今は、まだ。




「……メイ、行こう」

「は、はい。どちらへ?」

「先に魔王だ。……やつなら、少なくとも『自分の国をゆずる』なんて狂ったことは言わないはずだ。……あっちの方がまだ、話が通じる気がする」

「(勇者様が、消去法で魔王討伐に前向きになってしまった……)」


 勇者一行の背中が、夕闇の彼方へと消えていく。

 彼らが次に王都へ戻るのは、まだ先の話となる。





勇者を退けたフレアの愛は、ますます強固なものとなる。だが、最強の敵は外側ではなく、内側から忍び寄るものだ。

次回、『孤独』という名の試練が、少女に迫る。


【告知】

現在、物語の中間地点。これから新しい章の幕開けです。

ここまで読んで『小さいの不憫かわいい』『フレア強すぎ(苦笑)』と思っていただけたら、ぜひ広告下の【★★★★★】やブックマークで応援をお願いします!

皆さまの評価が、カレン副団長の胃薬(と作者の執筆速度)になります!

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