第七話 その可愛さは、国宝級の輝き
ある晴れた朝。
フレアは山盛りのステーキを瞬く間に胃袋へ収めると、ナプキンで口をぬぐいながら高らかに宣言した。
「というわけで、小さいの。行くぞ」
(……え? どこへ?)
少女がおずおずと首を傾げる。
引きこもり生活を始めて早数週間。フレアの過保護極まる結界(物理・魔法・精神の三重構造)により、少女は完全に「箱入り娘」と化していた。外の風を浴びるなど、何日ぶりのことだろう。
「王城だ」
(……お、おうじょう?)
少女の思考が一瞬停止した。
王城。王様のいる場所。この国の中心。
「うむ。先日の森での一件……貴様が魔物の群れを一人で撤退させた件について、陛下より直々に褒賞を与えたいとの仰せだ」
(えっ!?)
目を見開いた。
あれは違う。フレアが放つ覇気が強すぎて、魔物たちが生存本能に従って全力逃走しただけだ。まさかそれを「少女の功績」として報告するなんて。
「陛下も貴様の勇気ある行動を絶賛しておられた。『か弱き身でありながら、気高き魂を示した』とな!」
(違う、誤解だよ!?)
顔面蒼白になった。
相手は一国の王だ。そんな人の前で、もし正体がバレたら……。
(行きたくない! 絶対に行きたくない!)
必死に首を振り、椅子の下にもぐり込もうとした。
だが、フレアは少女のそんな抵抗を「謙虚さゆえの遠慮」と解釈したらしい。その美しい顔に、深く慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。
「案ずるな。貴様が人前に出るのを怖がっているのは百も承知だ。……ゆえに、完璧な対策を用意した」
フレアが取り出したのは、分厚い純白の布だった。
最高級のシルクを幾重にも重ね、さらに認識阻害の魔法陣まで刺繍された、鉄壁の「顔隠し」アイテム――『聖女のベール』である。
「これならば貴様の持つ、俗世にはあまりに眩しすぎる、その清冽な気配は完全に遮断される。誰の目にも触れず、何者も貴様を惑わせぬ」
(……それなら、なんとかなるのかな?)
玄関の扉越しに人を狂わせた、私の『何か』。
それを抑え込めるというのなら、最悪の事態は避けられるかもしれない。
渋々、ベールを被った。視界が薄暗くなる。
少女の手を引いて、フレアは屋敷の厳重になってしまった扉を開けた。
* * *
王城、謁見の間。
高い天井には歴代の王の肖像画が並び、床には一面に深紅の絨毯が敷き詰められている。国の重要人物たちが集う、重厚で威厳に満ちた空間だった。
重苦しい沈黙の中、大臣や将軍たちの突き刺さるような視線が、入室したフレアと、その背後に隠れる小さな影に注がれる。
フレアは片ひざをつき、流れるような所作で頭を下げる。少女も慌てて真似をして、ちょこんと両ひざをついた。
「――面を上げよ」
玉座に座る老齢の国王が、低い声で告げた。
白髭を蓄えたその顔には、長年の統治者としての威厳と、老獪な政治家の鋭さが刻まれている。
「騎士フレアよ。そして、噂の『森の守護者』よ。よくぞ参った」
「はッ。この者こそ、数多の魔物を不可視の威圧で退け、森の平和を守り抜いた英雄。……今は恥ずかしがっておりますが、その心の清らかさは教会の聖女すら裸足で逃げ出すほどです」
(フレアさん、ハードルを成層圏まで上げるのやめて!?)
内心で悲鳴を上げた。不可視の威圧なんて出した覚えはない。震えていただけだ。
国王は興味深そうに少女を見た。
「ほう……。恥ずかしがり屋、か。……どれ、顔を見せてはくれぬか?」
「!」
少女の体が強張る。
やっぱり。そうなると思った。
フレアが一瞬ためらったが、王命は絶対だ。
彼女は少女の方を振り返り、「大丈夫だ、私がついている」と力強く目で合図した。そして、ためらいなくベールに手をかける。
(終わった……! わたしの人生、ここで終了……!)
ベールが上げられた。
一瞬。空気が、止まった。
「……おお」
玉座の間が、どよめいた。
それは恐怖や嫌悪の声ではなかった。
感嘆。ため息。そして、困惑。
少女が持つ種族特有の、無意識の魅了。
かつては男騎士を、市場の店主を、教会の司祭を狂わせた「魔性の引力」が、この場にいる全員――国の重鎮たちの理性を直撃したのだ。
「……なんと」
国王が、玉座から立ち上がった。
その手は震え、瞳孔は開ききっている。王としての威厳は霧散し、代わりに、未知の宝石を見つけた探求者のような熱が宿っていた。
「なんと……なんという輝きだ。余は長い年月、多くの宝を見てきたが……これほどまでに心を奪われる存在は初めてだ」
国王はふらふらと階段を降り、少女の前へと歩み寄った。
「その瞳……その品格。……ああ、美しい。この国にあるすべての財宝を束ねても、そなたの髪一本の価値にも及ばぬ……」
(え……? なんか空気がおかしいよ? これ、別の意味でヤバくない?)
どまどって後退る。魔物特有の直感が、危険を知らせていた。
この目は、店主や神官と同じ目だ。理性が焼き切れ、欲望のままに動く獣の目。
国王は完全に少女の「魅力」に飲まれていた。
「決めた。……余は決めたぞ」
国王は、広間に響き渡る声で高らかに宣言した。
「余はこの国を、そなたにゆずる!」
「「「はあぁぁぁぁぁぁっ!?」」」」
大臣たちが一斉に仰天し、書類を落としたり、入れ歯を飛ばしたりした。衛兵が槍を取り落とす音がガシャンと響く。
(国!? 今、国って言った!? 王様、落ち着いて! 正気に戻って!)
「うるさい! 見ろ、この愛らしさを! この子が玉座に座れば、民は争いを忘れ、ただこの子を愛でるためだけに働く平和な国になるのだ! 争いなど起きようがない! これぞ究極の統治! 余は今、政治の真理に到達したのだ!」
国王は両手を広げ、狂喜乱舞している。
(完全に狂ってるー! わたしの毒が暴走レベルを超えてるよー!)
頭を抱えたかった。
やはり自分は魔物だ。存在しているだけで、一国の王をも狂わせてしまう。
もうダメだ。フレアさんの国は終わる。わたしが終わらせてしまう。
そんな暗い底に沈みかけたとき。
「お待ちください、陛下!」
凛とした声が響いた。
フレアだ。彼女は少女を背にかばい、仁王立ちで国王を見据えていた。
その背中から立ち上る金色の覇気は、国王の狂気すら圧倒するほどに凄まじい。
(フレアさん! 止めて! 王様の目を覚まさせて!)
祈るような気持ちでフレアを見上げた。
フレアは大きく息を吸い込み、告げた。
「陛下、そのお言葉……お気持ちは痛いほど分かります。確かにこの子の可愛さは国宝級、いえ、一つの国家が支払うべき代償を優に超えております」
(……ん?)
「この子の笑顔一つで小麦が実り、涙一つで川が枯れる。それほどの影響力があることは、この親代わりのフレア、身に沁みて理解しております。陛下のご慧眼、恐れ入ります」
(肯定しちゃったよ!? 全肯定しちゃったよこの人!)
少女の希望は粉々に砕け散った。
「しかし、陛下。統治の観点から申し上げますと……『管理』が不可能です」
「……管理?」
国王がピクリと反応する。
「はい。陛下も仰った通り、この子の魅力は兵器級です。もしこの子が女王となれば、どうなるか。……まず、近衛兵は全員、任務を忘れてこの子の世話を焼きたがり、おむつ替えの神聖な権利を巡って内戦が勃発するでしょう」
(おむつは使ってないよ!? トイレトレーニング済みだよ!?)
「さらに、外交官たちは他国の王にこの子を自慢することに熱中し、機密情報を対価に『抱っこ券』を売りさばくかもしれません。国庫はぬいぐるみとお菓子で埋め尽くされ、経済は破綻します」
フレアの恐ろしい予言に、国王の顔色が変わっていく。恍惚とした表情が、徐々に恐れへと変わる。
「そして何より! そのような国家規模の『推し活』から、この子の乙女の秘密と安全を守るためには、国軍すべての兵力を警備に割かねばなりません! 国境の守りはゼロになります! ……陛下。愛がゆえに国を滅ぼす覚悟、おありですか!?」
フレアの熱弁が、謁見の間に響き渡った。
シン……と静まり返る広間。
誰も反論できない。なぜなら、全員が「確かにそうなる(自分ならそうする)」と確信してしまったからだ。
やがて、国王はハッとしたように目をしばたき、ひざから崩れ落ちた。
「……余が、間違っておった。……愛のあまり、逆にその子を危険な目に遭わせるところであったか……」
国王は涙ながらにフレアを見上げた。
「フレアよ。そなたは、そこまで深く……この国の、いや、その子を守るための秩序を考えていたのか。……見事だ。そなたこそ、真の騎士だ」
「はッ。過分なお言葉、恐れ入ります」
フレアは清々しい顔で敬礼した。
黄金の髪が、窓から差し込む陽光を受けて輝く。
国王も、大臣たちも、涙を流して二人を称えている。
(……誰も、本当のこと(ツッコミ)を言ってくれない)
ベールの下で、虚無の目をした。
王位継承という危機は回避された。フレアのお節介のおかげで。
しかし、その理由は「王としての適性」ではなく、「可愛すぎて国が崩壊するから」というものだった。
わけがわからない。
(……帰りたい。あのお屋敷に)
フレアの服の裾をギュッとつかんだ。
ここよりは、あの過保護な檻のほうが、まだマシだ。
隠しきれない魔性の輝きが、新たな敵を呼び寄せる。
次回、世界を救いし勇者が、二人の前に立ちはだかる。
タイトル回収話でした。お話はまだまだ続きます!
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