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魔物の私を『国宝級の可愛さ』と勘違いした女騎士が、過保護すぎて外に出してくれません  作者: こめりんご


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第六話 フレア流・絶対安泰引きこもり概論

 ある日の午前。フレアは深刻な顔でダイニングテーブルに向かっていた。

 その整った顔立ちには、いつになく険しい表情が浮かんでいる。

 対面には、くりくりした瞳をした幼い少女がちょこんと座っていた。


「……良いか、小さいの。我々は現在、非常に危険な状況にある」


 フレアが重々しく口を開いた。少女は思わず身を乗り出し、コクコクとうなずく。

 何か大変なことが起きたのだろうか。


「貴様という尊い存在を守るため、私はこの屋敷の扉と庭を要塞化した。物理的な防御は完璧だ。だが……一つだけ、致命的な欠陥があることに気づいたのだ」


 フレアはバンッ!とテーブルを叩いた。


「それは、貴様自身の『知識不足』だ!」


 少女はキョトンとした。

 知識? 確かに自分は文字も読めないし、この国のこともよく知らないけれど。


「貴様はあまりに無垢だ。外の世界がいかに汚泥にまみれ、危険で、不衛生な場所かを知らなすぎる! これでは、万が一私が不在のときに、悪い狼にだまされてドアを開けてしまうかもしれん!」


(……狼?)


 少女は首を傾げた。

 この屋敷に来てから、フレア以外の人間をほとんど見ていない。外の世界がどうなっているのか、正直少しだけ興味はある。


「そこで、だ。本日は特別授業を行う。題して『フレア・イグニス流・絶対安泰引きこもり概論』だ!」


 フレアはバサリと一枚の巨大な地図を広げた。

 王都の地図だ。しかし、そこには赤いインクで大量の書き込みがされていた。


「まずはここ、王城だ。私が普段働いている場所だが……ここは伏魔殿だ。政治という名の泥沼、足の引っ張り合い、胃に穴の空くような競争社会。近づくだけで寿命が縮む」


 少女は青ざめてうなずいた。それは確かに嫌だ。フレアさんが毎日疲れて帰ってくるのは、そのせいだったのか。


「次にここ、教会地区。一見すると厳かな場所だが、だまされるな。ここは『善意』という名の押し売りをしてくる詐欺師の巣窟だ。『祈れば救われる』などと言って、高額な聖水や壺を買わせようとするに違いない」


(……壺? 教会で?)


 少女は首を傾げそうになったが、こらえた。

 どうもフレアの説明は偏っている気がする。けれど、ここで否定をしてはいけない。


「そしてここ、市街地全域。ここはもっとも危険だ。性欲を持て余した獣どもが徘徊し、貴様のような可愛らしい幼子を見つけ次第、その薄汚れた視線で舐め回し、あわよくば連れ去ろうと狙っている!」


 フレアの説明は熱が入るあまり、偏見と勘違いが混ざり合ってわけのわからない内容となっている。

 王都に獣がうろついているというのは、さすがに無理があるのではないか。

 

(でも……やっぱり、外はこわい)


 少女は身震いと共に思い出した。

 あの日街ですれ違った人々。お店の主人や、配達人、教会の司祭。

 彼らは皆、少女を見ると様子がおかしくなったのだ。

 目が回り、うわ言をつぶやき、奇妙な熱に浮かされたようになった。


(うん。フレアさんのいう通り)


 目の前のフレアは真剣そのものだ。

 彼女は本気で心配してくれている。少女にとっても、外に出ないことは都合が良い。


「……というわけでだ。外に出る必要など万に一つもない。わかったな?」

 少女は素直にコクンとうなずいた。

 少女はこの屋敷で、フレアと一緒にいられるなら、それでいいのだから。


「よし、座学はここまでだ。次は……そうだな、環境整備といこう」


 フレアは地図を乱暴に丸めると、部屋の隅に置いてあった木材と工具箱を指さした。


「貴様を守るためには、この屋敷そのものをさらなる『要塞』に作り変える必要がある。手伝ってくれるか?」

「……!」


 少女は目を輝かせた。

 フレアさんの役に立てる。それは何よりの喜びだった。


 そこからは、狂気じみた日曜大工の時間だった。

 カン、カン、カン!

 屋敷中に、ハンマーが釘を打つ小気味良い音が響き渡る。

 フレアは手始めに、一階の窓という窓に木の板を打ち付けはじめた。


「窓ガラスなどという脆弱(ぜいじゃく)な素材は信用ならん! 投石ひとつで割れるような防御力で、どうやって愛しい者を守れるというのだ!」

「……(こくこく!)」


 少女も小さな手で釘を持ち、フレアに手渡す。

 だが、やっていることは「光を遮断すること」、つまり「監禁部屋の作成」と同じだ。

 窓が次々と板で塞がれ、昼間だというのに廊下が薄暗くなっていく。

(これじゃあ、お日様が入らないんじゃ……?)

 少女は内心でそう思ったが、フレアが「これで完璧だ!」と嬉しそうに笑っているのを見て、何も言わないことにした。

 フレアさんが満足なら、暗いことなんで気にならない。

 薄暗い部屋で、少女はフレアの笑顔を見るためだけに、せっせと釘を渡し続けた。


「よし、次は罠だ。廊下には『鳴子(なるこ)』を仕掛ける。クモの巣のように糸を張り巡らせ、侵入者が足を引っかければ鈴が鳴る仕組みだ」


 フレアは鮮やかな手つきで、強い極細の糸と鈴を廊下に設置していく。

 少女はそれをまたいで歩く練習をした。

 誤って引っかけると、チリン!と涼やかな音が鳴り、フレアが瞬時におもちゃの剣で斬りかかってくる(という訓練)。

 キャッキャと笑いながら、少女は「秘密の迷宮ダンジョン」と化した我が家を楽しんでいた。


「よし、仕上げだ。これを貴様のポッケに入れておけ」

 フレアは、自身の魔力を封じた小さな金色の鈴を少女のポケットにねじ込んだ。

「この迷宮で迷ったり、あるいは私が恋しくなったら鳴らせ。……いや、恋しくなくても五分おきに鳴らして良いぞ? そのたび私は至福に包まれながら帰還しよう」

(……絶対、お仕事にならないよね?)


 一通りの工事が終わるころには、屋敷は完全な「要塞」になっていた。

 薄暗く、静かで、外敵を一切寄せ付けない閉鎖空間。

 しかし、フレアと少女にとっては、こここそが世界でいちばん安全で、温かい場所だった。


 心地よい疲労感と共に、昼食の時間がやってきた。

 今日のメニューは、フレアの手作りサンドイッチだ。

 焼きたてのパンの香ばしい匂い。シャキシャキの新鮮なレタス。そして肉厚のローストハム。

 少女のお腹が可愛らしく鳴いた。


「さあ、食べようか……と言いたいところだが」


 席に着き、サンドイッチに手を伸ばそうとした少女を、フレアの手が制した。

 その表情は、先ほどの笑顔とは打って変わって険しい。


「待て。まだ口に入れるな」


 フレアは鋭い眼光で何の変哲もないサンドイッチをにらみつけると、ふところから銀色に輝くピンセットを取り出した。


「食材に何が混入しているかわからん。市場の商人が毒を盛っている可能性もあるし、腐ったマヨネーズを使っているかもしれん。……私が確認するまで、決して口をつけるなよ?」

「……(ごくり)」


 少女は固唾かたずを呑んで見守った。

 フレアは外科手術のような繊細かつ大胆な手つきでパンをめくり、ハムの裏側、レタスの葉脈、さらにはパンの気泡の隅々までをも丹念にチェックし始めた。


「む……この黒い点……もしや毒の粉末か? ……いや、ただの胡椒(こしょう)の粒か。紛らわしい」


 独り言をつぶやきながら、ピンセットで「不純物」を排除していく。

 当然、毒など入っているはずもない。あるのはフレアの重すぎる愛情と、少し多めのマヨネーズだけだ。

(……こしょうだよ?)

 どう見てもただのサンドイッチだ。

 けれど、フレアは真剣そのものだ。この確認作業が終わるまで、待っていてあげよう。


「……よし。異常なし。食べて良いぞ」


 数分に及ぶ検品を終え、ようやくフレアが皿を差し出す。

 解体され、再び組み直されたサンドイッチは、少し形が崩れていたけれど、味は変わらないはずだ。

 少女はおずおずと、それを両手で持った。

 口に運ぶ。

 美味しい。いつも通りの、フレアの味だ。


(あいの、あじがする……)


 たっぷりのマヨネーズと、それ以上に重たいフレアの愛情。

 少々重すぎる愛だが、美味しいので許容範囲らしい。


「さて、腹も満ちたところで、午後の授業に移ろうか」


 コクリとうなずく。


「うむ、良い心がけだ。だが、知識だけでは足りん。実践訓練も必要だ」


 フレアはニヤリと笑い、どこからともなく数枚の「紙」と、工具箱を取り出した。


「万が一、私が不在で誰かが訪ねてきたときの対処法を叩き込む。……カレン! 入れ!」


 フレアの呼び声に応じ、玄関の方からため息混じりの声が聞こえた。


「……本当にもう、何やってるんですかフレア。私は決裁をもらいに来ただけなんですが」


 玄関の向こうから聞こえたのは、ハイエナのうなり声ではなく、副団長カレンの呆れ声だった。

 彼女は勝手知ったる様子でドアを開けようとしたが――フレアはそれを手で制した。


「甘いぞカレン! 貴様は今、副団長ではない! 『言葉巧みにドアを開けさせようとする不審者』役だ!」

「はぁ?」

「小さいの、配置につけ! 訓練開始だ!」


 少女はガタッと立ち上がり、玄関ドアの内側へと走った。

 カレンは一度外に出され、ドアが閉められる。


「……えーっと? これ、どうすればいいんですか?」


 ドアの向こうから、どまどったカレンの声がする。


「不審者らしく振る舞え! さあ、甘い言葉で小さいのを誘惑するのだ!」

「無茶苦茶言いますね……。コホン。……あー、こんにちはー。美味しいお菓子を持ってきたよー? 開けてくれないかなー?」


 カレンの棒読み演技が聞こえる。

(カレンさん、何やらされてるの……?)

 少女は同情した。

 お菓子で釣ろうとしているのも見え見えだし、明らかに言わされている感がある。

 でも、ここで普通にドアを開けてしまったら、フレアさんの「訓練」が台無しになってしまう。

 

(……やるっ!)

 

 少女は決意した。

 フレアさんが「敵役」に設定した以上、カレンさんは今だけは「敵」なのだ。

 この茶番に、全力で乗っかるしかない。

 少女はフレアに渡された「秘密兵器」を構えた。

 

 少女はドアの覗き穴(の少し下にある郵便受けの隙間)に、一枚の紙を無言で差し込んだ。


「ん? 何か出てきた……手紙?」


 カレンがそれを拾い上げる。

 そこには、フレアの達筆すぎる文字で、こう書かれていた。


『 拒 絶 』


「……直球すぎませんか?」


 カレンのツッコミは無視された。

 さらに、ドアの向こうでゴトゴト、ズズズ……と重い音が響き始める。


「え、ちょっと? 何の音ですか? なんかすごい重量物を動かしてるような……」


 少女は必死だった。

 玄関ホールにある飾り棚、傘立て、予備の(よろい)(フレアのコレクション)などを、頑張ってドアの前に積み上げていく。

 バリケードだ。

 これもフレアの教えである。「言葉は不要。物理で遮断せよ」。


「ちょ、団長! これ中から鍵開かないようになっちゃいますよ!? 私の扱い、不審者以下じゃないですか!」


 カレンの悲鳴があがるが、少女の手は止まらない。

 最後に、ドアの取っ手にグルグルと鎖を巻き付け、錠前をガチャンと閉めた。

 完全封鎖。

 少女は肩で息をしながら、達成感に満ちた顔でフレアを振り返った。


「素晴らしい……ッ!」


 フレアは感動に打ち震え、少女を抱きしめた。


「完璧だ、小さいの! その迅速なバリケード構築、そして何より『一切の対話を拒否する』その姿勢! 合格だ! これなら私がいつ死んでも安心だ!」


(死なないでね、フレアさん。褒められたのは嬉しいけど)


 少女は嬉しそうに頬を染め、フレアの胸に顔を埋めた。

 フレアの大きな胸元に包まれる安心感と、そこから伝わる温かさ。

 外の世界のカレンのことなど、もう頭の片隅にもない。

 ドア一枚隔てた向こう側で、カレンが「……帰ります。もう知りません」と力なくつぶやいて去っていく音も、二人の耳には届かなかった。


「だが、油断は禁物だ。今の相手は『カレン(初級)』に過ぎん」


 フレアは満足げにうなずきつつも、すぐに表情を引き締めた。


「世の中には、もっとしつこく、もっと厚かましい『セールス』や『勧誘』が存在する。奴らは言葉やちょっとしたバリケードではあきらめない。害虫のように隙間から入り込み、心の隙を突いてくるのだ! ……カイルよ、来い!」


 フレアの指示が飛ぶと同時に、庭の方から新たな気配が近づいてきた。

 第三騎士団の若手有望株、カイルだ。


「団長! ……見てくださいこの輝きッ!」


 彼は現れるなり、フレアに向かって自信満々に胸を張った。

 肌はツヤツヤで、髪からも高級な薔薇の石鹸の香りがただよってくる。


「言われた通り、一日三回水浴びをして体を清めてきました! これならもう『不潔』とは――」


 カイルの笑顔から、キラーンと白い歯が光る。

 だが、フレアは汚物を見るような目で彼を一瞥した。


「いいからさっさと役に入れ」

「……言われませんね! 無視ですね! かしこまりましたっ!」


 この人も、報われない努力をしている。少女は少し同情した。


 彼は普段は真面目な青年だが、今の彼には悲壮な覚悟がただよっていた。理由は単純、フレアの脅迫だ。

「死ぬ気で笑顔を作り、何が何でも屋敷に入ろうとせよ。さもなくば減給だ。あと休暇も取り消す」

 社畜騎士にとって、それは死刑宣告にも等しい。彼は追い詰められていた。


「こーんにちはー! 騎士団から来ましたー! 今ならなんと、この『聖なる壺』が半額! さらにこの『幸運の石』もセットでついてきますよォォ!」


 ドンドンドンドン!

 カイルは満面の(引きつった)笑みを浮かべながら、リビングの窓ガラスを叩いた。

 窓枠いっぱいに貼り付いた男の顔。白目を剥き出しにした過剰な笑顔。

 

(うわぁ……すごいいい笑顔だけど、目がわらってない……)

 

 少女は直感した。この人もまた、フレアさんにやらされているんだと。

 けれど、いくら事情があるとはいえ、その顔は本気で怖い。

 子供の純粋な感性が「あ、この人近寄っちゃダメな顔してる」と警鐘を鳴らしている。

 少女は思わずフレアの背中に隠れようとした。


 だが、フレアはそれを許さない。

 彼女は少女の肩をつかみ、あえてカイルの方へと向けさせた。


「ひるむな! 背中を見せれば、奴らはつけあがるぞ! こういう輩には『問答無用の物理排除』あるのみだ! さあ、アレを使え!」


 フレアが指さした先には、バケツに入った大量の「塩」と「冷水(氷入り)」が用意されていた。

 もはや不審者撃退用というより、悪霊退散の儀式に近い。


(……やらなきゃ、だめ?)


 少女はチラリとフレアを見上げた。

 彼女は期待に満ちた目でうなずいている。

 ……仕方ない。これも、この家の平和を守るための「ごっこ遊び」なのだ。


 少女は覚悟を決めた。

 あの窓に張り付いているお兄さんには悪いけれど、フレアさんを喜ばせるためだ。

 意外にも力強く、小さな体で重いバケツを軽々と持ち上げた。

 窓を少しだけ開ける。

 カイルが「おっ、脈ありですか! 話を聞いてくれますね!」と顔を近づけ、身を乗り出した瞬間。


 バシャァッ!


 氷水がカイルの顔面を直撃した。

 零度に近い温度の水が、彼の思考と体温を一瞬で奪う。


「ぶべっ!?」


 さらに追撃の塩、数キログラムが、視界を奪うようにまき散らされる。


(ごめんなさい!)


 心の中で謝りながら、それでも少女は容赦なくそれを実行した。

 やると決めたら徹底的にやる。それがフレア流だ。


「目が、目がぁぁぁ!?」

「トドメだ! 構えろ! 全体重を乗せて突き出せ! 『拒絶の突き(リジェクション・スラスト)』!」


 フレアが少女の背中を支え、一緒にモップを構える。

 少女の小さな手と、フレアの手が合わさる。

 まるで親子の初めての共同作業のように美しく、しかしその切っ先はえげつなく鋭い。


「いけぇぇぇッ!」


 ためらいなく、カイルの無防備な鳩尾(みぞおち)めがけて、モップの先端が突き出された。

 ズドン! という重い衝撃音。


「あだァァァァッ!? 素晴らしい拒絶です団長ォォォ……!」


 カイルは庭の植え込みへと吹っ飛んでいった。

 その去り際の一言まで含めて、彼は完璧な「やられ役」を演じきった(あるいは本心からの悲鳴だったかもしれない)。

 星になったカイルを見送りながら、フレアは高らかに笑う。


「見たか小さいの! これが外敵に対する正しい『ご挨拶』だ! 慈悲など不要! 己の身を守るためなら、相手を星にする覚悟を持て!」


 少女は、空の彼方に消えていったカイルの方角を見つめ、コクンとうなずいた。

 やってしまった。

 人を、吹き飛ばしてしまった。

 申し訳なさを覚えたが、隣でフレアが「よくやった!」「偉いぞ!」と頭をなでてくれるので、まあいいかと思えてくる。


(わたしが、お家を守ったんだ……たぶん)


 小さな胸に、奇妙な達成感が芽生えた。

 フレアさんが喜んでくれるなら、たまにはこういうのも悪くない。

 お兄さんには悪いことをしたけれど。


 少女の中に、ゆがんだ防衛本能(ルール)が植え付けられた。

 「フレアさんが敵だと言ったら敵」。たとえ知ってる人でも、容赦なく排除する。











ささやかな幸せを破る、一通の召喚状。

次回、国王の御前で、少女の魔性が一国の主の理性を砕く。

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