エピローグ その過保護、もう誰にも「止められない」 ★
『特異的魔力循環における共生関係の医学的解析――吸精種と人間の相互依存関係に関する症例報告』
特級魔導医師エリーゼ・フォン・アスクレピオス 記
本稿は、先に提出した症例報告の追補版である。
* * *
経過観察。
前回報告後、対象A(F氏)と対象B(L氏)の共生関係に、新たな問題が発生した。
端的に言えば、「成長しすぎた」のである。
L氏の魔力処理能力は日増しに増進している。
これ自体は望ましい適応だが、問題は、その影響範囲が拡大していることにある。
本部における観察では、L氏の存在感知半径内に入った人間は、例外なく精神的影響を受けることが確認された。
症状は多様であり、「涙を流す」「ひざまずく」「裸になる」などが報告されている。
特に最後の症例については、外交問題に発展しかけたため、詳細な記録は別紙に譲る。
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問題の本質。
L氏は現在、己の力を「制御」できていない。
これが種としての普遍的な現象かは定かではないが、L氏の場合、供給源(F氏)の魔力量が桁外れであるため、器の成長速度もまた異常に速い。
このまま王都に留まれば、L氏の影響圏は拡大の一途をたどり、最終的には都市機能の麻痺を招く可能性がある。
さらに憂慮すべきは、F氏の対応である。
F氏は、L氏に魅了された者を「物理的に排除」することで事態を収拾している。
この手法は短期的には有効だが、L氏の影響が国民全体に及んだ場合、F氏は毎朝、王都全域を殴って回ることになる。
それはもはや、治安維持ではない。災害である。
* * *
提案。
私は、F氏とL氏に対し、以下の処方を提示した。
『王都を離れ、聖都までの巡礼の旅に出ること』
理由は三点ある。
第一に、道中における「段階的な社会接触」が、L氏の制御訓練となる。
王都では、F氏の威光により「安全地帯」が形成されてしまっている。
外の世界で、様々な人間と接触することで、L氏は己の力の「加減」を学ぶ必要がある。
第二に、聖都は巡礼者が多く、顔を隠した旅人が珍しくない。
そこでならば、L氏は己の出自を顕すことなく、正しい「調律」を受けることができる。
第三に、F氏が毎日診療所に押しかけてくる現状を打破したかった。
旅に出れば、「急患だ!」と叩き起こされる頻度が下がる。
これは極めて重要な治療効果である。……私の睡眠時間にとって。
付記。
上記三点は、すべて学術的根拠に基づく判断である。
……この馬鹿どもを、私以外の誰が見届けるというのか。
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予後予測。
調律を経たL氏が、何者になるのか。
正直なところ、私にもわからない。
吸精種の成体化には個体差があると推定され、参照可能な先行症例も存在しない。
L氏がF氏と同じ規模の存在となるのか、あるいは全く異なる形態を獲得するのか。
それは、旅の終わりにしか判明しないだろう。
ただ、一つだけ確信していることがある。
あの子は、F氏の隣にい続けるだろう。
そして、F氏もまた、あの子の手を離さないだろう。
その関係性だけは、いかなる調律を経ても、変わることはない。
……いや、変わることを許さないだろう、あの馬鹿は。
* * *
結論。
本症例に対する最終的な治療方針は、以下の通りとする。
『聖都への巡礼。調律の完遂。そして、帰還』
かつて私は、「もっとやれ」と書いた。
今、その言葉に、一つだけ付け加えよう。
『もっとやれ。そして、必ず結果を見せろ』
私はペンを置き、窓の外を見た。
明日、あの二人と王都を発つ。
……最後まで見届けるのが、私の役目というわけね。
羊皮紙を丸めて、懐にしまう。
窓の下からは、まだ荷造りで揉めている声が聞こえてくる。
「守護の繭だけでは不十分だ! アダマンタイトの結界支柱も積む!」
「それ対城塞用の装備ですよね!? 天幕を要塞にするつもりですか!?」
……訂正が必要ね。
この旅は、私の睡眠時間にとって、さらに過酷な試練になりそうだわ。
「まったく。世話の焼ける患者たちよ」
了
最後までお読みいただきありがとうございました。
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きっと二人なら、どんな困難も乗り越えられるはず。
その旅路に、たくさんの幸がありますように。




