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魔物の私を『国宝級に可愛い』と勘違いした女騎士が、過保護すぎる!  作者: こめりんご
第三章:聖女の巡礼。その旅立ちは、国を揺るがす事件となる

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最終話 過保護な巡礼者たち。満たされたこころに導かれて

 数日後。騎士団本部に二人の訪問者があった。

 フレア・イグニスの前に、痩せ細った二人がひざまずいていた。


「我々は聖女様の旅路をお守りする所存です」


 司祭が鉛の印章が吊るされた羊皮紙を差し出す。「『巡礼許可証』です。教皇印は……まあ、私の独断で押しておきました」と。

 店主が純白のローブをうやうやしく捧げる。「何人(なんぴと)にも侵されざる(よろい)にございます」と。


 フレアは無言で二人を見下ろした。

 もちろん、この男たちが何をしたか忘れてなどいない。

 かつて、小さいのを連れ去ろうとした愚か者ども。


 殺してもいい。そう思った。

 握りしめた拳に力が入る。


「……フレア」


 横にいたエリーゼが口を挟む。


「教会のお墨付きがあれば、道中で余計な詮索をされずに済むわ。それに、あの子の正体を隠すには、『聖女』という肩書きは都合がいい」


「……」


 フレアは黙り込む。

 確かにエリーゼの言う通りだ。

 旅に出れば、各地で少女のあふれんばかりの魅力が男どもを惹きつけるだろう。

 その時「聖女」という肩書きがあれば、何が起きても『奇跡』として片付けられる。


 そして、この二人はもう「無害」だ。

 精気を根こそぎ吸われ、枯れ木同然になった彼らに、かつての欲望は残っていない。

 残っているのは歪んだ贖罪の念だけ。


「……いいだろう」


 フレアが言った。


「ただし、条件がある」


 二人が顔を上げる。


「小さいのに指一本でも触れたら、その場で灰にする。わかったな」

「「はいっ!」」


 枯れ木たちは歓喜に震えながら、深々と頭を下げた。



        * * *



 旅立ち前夜。

 フレアの私邸の寝室。


 少女はなかなか寝付けなかった。

 いつしかフレアと共にくるまるようになった快適な守護の(まゆ)の中で、もぞもぞと動いてフレアの寝顔を見上げた。

 月明かりに照らされた、穏やかな横顔。長いまつげ。すっと通った鼻筋。きゅっと結ばれた唇。


(フレアさん……)


 少女はそっと手を伸ばした。寝ているフレアの頬に、小さな指先が触れる。

 この温かさが、今のわたしの世界のすべてだ。


(あしたから、知らないところに行くんだよね)


 これまでは、この部屋だけが世界の全部だった。

 けれど、明日からは知らない景色が続いていく。

 少しだけ怖い。でも、それ以上に不思議な気持ち。


(……ねえ、フレアさん)


 あなたは、わたしに変な目を向ける人たちを怒っていた。

 わたしも、自分が何か特別なものじゃないことは分かっている。

 ただの、お腹を空かせた魔物の子。


 でも、あなたが隣にいてくれるなら、わたしが何者でも構わない。

 あなたが「小さいの」と呼んでくれるなら、それでいい。


(あしたも、あさっても。ずっと、隣にいるからね)


 少女は繭の弾力に顔をうずめるようにして、フレアの胸に擦り寄った。

 フレアの腕が、無意識に少女を強く抱き寄せる。


 きっと、声には出さない。

 言葉にしなくても、もう伝わったから。


(おやすみなさい。わたしの、大切な人)


 少女はその温もりの中で、ようやく眠りについた。



        * * *



 王都の東門。

 朝日が差し込む中、フレアと少女が立っていた。

 朝露に濡れた地面の匂い。石畳が日を反射して金色に輝いている。


 少女は店主が作った純白のローブをまとっている。

 そして、聖女のベールを目深に被れば、認識阻害の効果でその正体は隠れる。

 ――はずだった。


「……行くぞ、小さいの」

「うん」


 少女がうなずく。

 その仕草一つで、見送りに来た騎士たちが涙を流し、司祭たちが胸の前で指を組んで祈りを捧げた。


(なんで泣いてるの……? ただ歩いてるだけなのに……)


 少女は不思議に思いながらもフレアの手を握った。

 しなやかで、少し硬くて、温かい手。


 東門のアーチをくぐる瞬間、少女は振り返った。

 王都の街並みが、朝日に照らされて輝いている。


(この門をくぐったら、たぶん当分戻れない)


 旅が終われば帰ってくる。

 でも、今の自分のままでは帰れない。

 帰ってくる時には変わっていなければならない。

 もっと強くなって、いつかフレアさんを支えられるようになるために。


(それに、フレアさんと一緒なら、どこへでも行ける)


 ここに来る前のわたしは何者でもなかった。

 どこにも居場所がなくて、誰にも必要とされなくて。

 でも、今は違う。


(フレアさんの隣が、わたしの場所)


 少女はフレアの手を、ぎゅっと握りしめた。




 道中はエリーゼが同行する。

 王都の「共犯者」たちは、遠くから見守ることしかできない。


「聖女様……! どうかご無事で……!」

「我らは王都で、聖女様のご帰還をお待ちしております……!」


 騎士たちの目は、すでにうるんでいた。

 まだ出発していないのに、「聖女ロス」の禁断症状が始まっている。


「副団長……! 自分も、寂しいです……!」


 カイルが号泣しながら手をふっている。

 その顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。


「早い! まだ十歩も歩いていませんよ!」


 カレンが胃のあたりを押さえた。これから何ヶ月もこの連中の面倒を見なければならないのだ。

 胃の痛みを紛らわせるように、カレンは少女の方へ視線を逃がした。


「リトルリリィ。……気をつけてくださいね。無理しないで」


 少女は振り返って、小さくうなずいた。

 カレンが優しく微笑む。その目には、うっすらと涙が浮かんでいた。


(でも、聖女って誰のこと……?)


 少女の素朴なツッコミは朝もやの中に消えていった。


 こうして、いずれ「聖女の巡礼」と呼ばれることになる旅が始まった。

 無自覚な少女と、過保護な騎士と、あきれ顔の医者。

 そして王都に残った、歪んだ信仰を抱えた「共犯者」たち。


 彼らの愛が、世界を巻き込んでいく。



        * * *



 その頃、王城では。


「あの子が……旅に出るのか……? 余は……あと何ヶ月、あの可憐さを見ずに耐えればよいのだ……?」


 国王が、玉座で白目をむいていた。


「陛下、しっかりなされませ! 政務に支障が出ます!」

「余の心は既に支障だらけだぁぁぁぁぁぁ!」


 国王の絶叫が、城中にこだました。

 家臣たちが必死に介抱している。


 この国の平和は、しばらく危うい。





        *





 ――後年、この旅路は『真正(しんしょう)聖女巡礼録』として同行者エリーゼ・フォン・アスクレピオスの手により編纂(へんさん)され、大陸各地の学術機関に所蔵されることとなる。

 特に「聖都の乱」と呼ばれる一大事件は、その真価に対して、今なお議論が続いている。

 また、道中で聖女に挑んだとされる当時の勇者はその理由を問われ、ただ一言「正しいことをしただけだ」と答え、それ以上語らなかったという。


 だが、それはまだ先の話である。


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