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魔物の私を『国宝級に可愛い』と勘違いした女騎士が、過保護すぎる!  作者: こめりんご
第三章:聖女の巡礼。その旅立ちは、国を揺るがす事件となる

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第二十三話 決意の処方箋。未来への一歩は、苦く、そして甘く

 数分後。

 完全に鎮火して静かになったフレアと、満腹でゲップが出そうな少女。

 少女のお腹がぽんぽこりんに膨らんでいる。

 そこへ、不機嫌そうな白衣を着た女性が駆け込んできた。


「……ちょっとフレア! 毎日毎日! 『緊急時以外は呼ぶな』って言ってるの忘れたの!?」


 カレンの通報により叩き起こされたエリーゼだ。

 しかし、室内を見渡して、状況をすぐに飲み込んだ。『懸念』が、こんなに早く現実になるなんて。


 寝癖がついたままの髪を魔道ゴーグルでくしゃりとまとめ、くたびれた白衣をまとう、特級魔導医師、エリーゼ・フォン・アスクレピオス。

 今は王都の路地裏で看板すらない診療所に詰めている彼女だが、今日はカレンからの緊急要請で叩き起こされたらしい。

 彼女は、累々と積み重なる騎士たちの死体を見て、あきれたようにため息をついた。


「……なるほど。これが『急患』ってわけね」


 エリーゼは倒れているカイルの脈を雑に確認した後、フレアに向き直った。

 相変わらず顔だけは無駄に整っている。こんな美人が「全てを出し切りました」みたいな顔でぐったりしているのは、絵面として最悪だ。


「フレア、あなたね。いい加減にしなさいな」

「……面目ない。だが、この子の前で殺生は……」

「そうじゃないわよ」


 エリーゼは魔道ゴーグルをカチャリと下ろし、少女のお腹をぷにぷにとつつきながら観察する。消化中の魔力が腹の中で熱を持ちながら、ゆっくりと脈打っているのが見えた。


「……この子、相当『普通』の基準が狂ってる。あなたの覇気(はき)が重すぎるのね」


 エリーゼは呆れたように肩をすくめた。

 曰く、少女はフレアという「溶鉱炉」の隣で暮らしているようなもの。絶叫レベルの魔力刺激が、もはや普通になってしまっている。このままでは拡大する『余波』が、ただそこにいるだけで周囲を狂わせる。


「……どうすればいい?」


 フレアがすがるように問い、それにエリーゼが淡々と告げる。


「外の世界の『普通』を知ること。リハビリよ。旅に出なさい。」

「旅……? なら、近場で訓練すればよいではないか……」

「無理ね。ここはもう『攻略済み』だから」


 エリーゼは窓の外を見た。

 フレアの過保護オーラが届く範囲では、誰も少女に悪意や下心を向けられない。安全すぎて練習にならないのだ。


 少女が不安そうに見上げる。目が合ったエリーゼはうなずいた。


「王都から離れて、道中で『普通』を学ぶの。最後に聖都でその調律を完成させる」

「聖都……」


 そこは巡礼者が多く、目立たずにいられる。そして、フレアとエリーゼの古巣でもあった。


「それに」


 エリーゼは意地悪く付け加えた。


「あなた、この子に惹きつけられた人たちを殴って正気に戻してるでしょ?」

「……それが何だ」

「もし王都全員がそうなったら、どうするの?」

「全員、殴る」

「……本気で言ってるから怖いのよ」


 エリーゼはため息をついた。毎朝、国民数万人を一人ずつ殴って回る騎士団長。それはもう国の崩壊と変わらない。


 フレアが黙り込む。その横で、少女は青ざめていた。


(……やる。フレアさんなら、本当にやる)


 もし自分の力がこれ以上大きくなって、国中の人がおかしくなったら。フレアは平和を守るために、国民全員を「治療」し続けるだろう。それはもう、国の終わりだ。


(それは、だめ)


 この温かい腕の中以外に、わたしの居場所なんてない。

 フレアと一緒に生きたい。そのためには――。


(わたしが、変わらなきゃいけないんだ)


 少女は、自分の手を見つめた。

 小さな手。何もできない手。でも、この手で、フレアさんの役に立ちたい。


(わたしのために、フレアさんが変わった。我慢するようになった)


 フレアさんのためと言いながら、本当は自分のため。

 それはずるい考えだ。でも、だからこそ。


(誰にも迷惑をかけず、もらってるフレアさんの元気を『無害』に処理できるように。……わたしが、変わらなきゃ)


 旅に出る。知らない場所へ行く。

 怖い。すごく怖い。

 でも、フレアさんがいる。フレアさんと一緒なら、きっと大丈夫。


 それに、もう一つ。

 ベール越しに見た日常が、頭の片隅に残っていた。キラキラした石畳。パン屋の香り。笑っている子供たち。

 この世界を、もっと見てみたい。フレアさんが守っているものを、もっと知りたい。

 

(……ちょっとだけ、楽しみかも)


 怖いけど。不安だけど。でも、フレアさんと一緒に歩けるなら、きっと――。


 フレアは少女の前にひざまずいた。大きな手が、少女の小さな頬を包み込む。


「……小さいの」


 フレアの声が、震えていた。いつもの自信と余裕に満ちた声ではない。どこか弱々しく、切実な響き。


「私は、お前を守ると誓った。だが……あろうことか、この私が、お前を追い詰めている」


 額に、唇が落ちてくる。やわらかい湿り気がふわりと触れた。


「……行こう。地の果てだろうと、どこへでも。笑って帰って来れるまで、私が守る」


 フレアの決意の言葉に、少女は自分から手を伸ばした。

 しなやかだけどゴツゴツとしたその手を、小さな両手でぎゅっと握りしめる。


「うん。いっしょに、いく」


 それは、少女自身の意志だった。


「エリーゼ。……診断に感謝する」

「礼には及ばないわ。……ま、私も同行するけどね」

「ん?」

「あんた達だけで旅に出したら、三日で国が泣きついてきそうだからよ。監視役兼、主治医として付き合ってあげる。どうせうちの診療所、看板も出してないしね。しばらく閉めても誰も困らないわ」


 エリーゼはパチンと指を鳴らした。




 数日後、国王から正式な許可が下りる。

 少女と離れたくない国王が、少女の未来と、フレアによる王都破壊という国家存亡の危機を天秤にかけ、血涙を流しながら下した苦渋の決断だった。


 そして、世界を巻き込む「過保護な聖地巡礼」の幕が上がる。

 それは幼い少女にとって、ただ一つの居場所を守るための、切実な戦いの始まりだった。


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