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魔物の私を『国宝級に可愛い』と勘違いした女騎士が、過保護すぎる!  作者: こめりんご
第三章:聖女の巡礼。その旅立ちは、国を揺るがす事件となる

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第二十二話 愛は激辛。わたしがあなたの熱を冷ますから

「あ……暑い……死んじゃいます……」


 カレンがうめく。

 執務室は灼熱地獄と化していた。

 まき散らされた書類の端が茶色く焦げ始め、インク瓶の中身がボコッと音を立てる。

 その熱源は、執務室の中央に立ち尽くすフレアだった。


「うぅ……足りぬ……もっと殴らねば……」


 フレアは頭を抱え、ブツブツと呪詛(じゅそ)を吐き続けている。

 彼女の背中からは金色の炎のような魔力が噴き上がり、天井の(すす)が雪のように降り注いだ。


「フ、フレア! (しず)まって! 燃えてます!」

「うるさい……喚くな……今は……抑えるので精一杯だ……」

「早く練兵場へ! ここで放出したら本部が吹き飛びます!」


 騎士の一人が叫ぶが、フレアは首を振った。


「小さいのを……置いていけるか……!」


 騎士たちが必死に水をかけるが、水滴はフレアに届く前に「ジュッ!」と音を立てて蒸発する。

 もう誰も手が出せない。

 このままでは、騎士団本部が更地になる。


(どうしよう……フレアさん、すごく苦しそう……。それに、このままだと他の人たちが本当に焼けちゃう)


 少女はフレアの背中のすぐそばで、汗だくになりながら立ち尽くしていた。

 少女の額にはじんわりと汗が浮かび、前髪がぴたりと張り付いた。

 肌がひりひりする。でも、嫌じゃない。

 この熱は、フレアさんの怒り。わたしを守ろうとして我慢した分の、行き場のない気持ち。

 だから、これは「痛い」んじゃなくて「熱い」んだ。

 フレアさんの気持ちが、そのまま体に伝わってくるみたい。


 さっき、フレアさんの腕がどんどん熱くなっていた。

 その熱が、今、一気にあふれ出した。


(……わたしが、食べなきゃ)


 少女は小さく息をはくと、立ち上がった。



        * * *



 ふらふらと灼熱の熱源へと歩み寄る。

 足元の床板が熱できしみ、小さな煙を上げる。


「ダメ! リトルリリィ、離れて! 消し炭になっちゃいます!」


 執務室の入り口からカレンの悲鳴のような叫びが響く。部下たちが我先にと逃げ出す中、彼女だけが柱にしがみつき、少女の方へ手を伸ばしていた。


「お願いだから逃げて! それはもう止められません!」


 だが少女は止まらない。


 金色に燃えるフレアの前に立つと、無造作にその手を取った。

 その瞬間、指先から電流のようなものが駆け抜けた。

 火傷しそうなほどの熱。でも、その奥に、フレアの苦しみが渦巻いているのがわかる。

 

 この人、こんなに我慢してたんだ。わたしのために。

 少女は構わず、くいっとその腕を下に引いた。


「……っ!? ち、小さいの……今は離れろ……私に触れると……」


 フレアがドサリと片膝をつく。

 熱でゆがんだその顔は、それでもどこまでも美しかった。

 少女は遠慮なく、目の前に降りてきたその首筋に小さな腕を回した。


(いただきます)


 ハムッ。

 少女はフレアの首筋に甘く噛みついた。

 そして小さな喉を鳴らし、暴走する魔力を懸命に吸い上げ始めた。


 金色の光が、フレアの体から少女へと流れ込んでいく。

 光の糸が、少女のベールを激しく揺らし、背中の翼をかすめるように巻き付く。その小さな角が淡く輝き始めた。


 口の中に熱が流れ込んでくるが、いつもの味とは違う。

 辛くて焦げ臭く、舌がビリビリする感覚は、まるで溶岩を飲み込んでいるみたいだ。


 でも止めない。


 この人が痛がってる。苦しんでる。

 わたしのせいで我慢してこんなことになったのだから、全部もらう。全部食べる。


 ――そう。

 これが、わたしの役目なんだ。


 フレアさんに優しくされるだけじゃない。

 フレアさんの痛みを、わたしが引き受ける。

 フレアさんの熱を、わたしが冷ます。

 それが、わたしがここにいる理由。


 フレアさんの気持ちが、わたしの中に流れ込んでくる。

 苦しみ、悲しみ、それから――わたしへの、とても大きな想い。

 その全部が、わたしの中で混ざり合う。

 フレアさんと、一つになれるみたい。


 背中がぞくりと震える。

 熱いのに、どこか切なくて、でも満たされていく。

 頭の奥がふわふわして、体の芯が溶けていくような――




 森の中で出会った。

 わたしは生きることをもう諦めていたのに、優しく抱きしめてくれたよね。

 最初は勘違いだったのかもしれない。可哀想な子どもだと思ったから、助けたかったんだと思う。


 わたしが何かしたら、大袈裟に褒めてくれる人。わたしが何もできなくても、抱きしめてくれる人。

 本気でわたしが可愛いと思ってるから、王様にもウソを報告しちゃう人。


 でも、わたしが魔物だってわかっても、そんなこと関係ないって、抱きしめてくれたよね。

 わたし、あなたがそう認めてくれたから、生きててもいいんだって思えたの。


 わたしがあなたを大好きなように、あなたにもそう思っていて欲しい。

 そう願ってきたけれど、力を通して伝わってくるあなたの気持ち。こんなにも、わたしのことを想ってくれてる。


 この熱の中に、その全部が詰まってる。

 こんなわたしを好きでいてくれてありがとう。


 満たされていく。……でも、それ以上に。


 わたしは、この人を大切にしたい。


 フレアさんがいなければ、わたしは生きていけない。

 だから――わたしがそう思うように、あなたにも必要だと思ってもらいたい。


 あなたが壊れないように、つらい思いをしないように。

 あふれる分は、全部もらうね。



        * * *



 のどが焼ける。それでも、一滴も残さない。


「ぐ……うぅ……っ!」


 フレアが歯を食いしばる。

 魔力が急速に抜かれる感覚は、血が逆流するような違和感に襲われる。

 だが、彼女は決して声などもらさない。

 鋼の精神で耐え、ただ少女の背中を優しく撫でた。


「すまない……小さいの。苦い……だろう……」


「「!?」」


 廊下から様子をうかがっていた全員が、熱とは別の意味で凍りついた。

 最近「拒絶」「殴る」しか口にしなくなった冷徹な団長が、見たこともない慈愛(じあい)苦悶(くもん)に満ちた表情を浮かべている。


「団長が……浄化されていく……」


 見てはいけないものを見た、と騎士たちが震える。

 そして、その光景は、彼らの脳内で都合よく変換されていく。


「尊い……目が、目が焼ける……!」

「ああ、これが『聖女の口づけ』……我らは伝説を目撃しているのだ……!」


 実際は精気を吸い上げるという極めて魔物的な行為だったが、誰も気づいていない。


 バタバタバタッ。

 騎士たちが次々と鼻血を吹き、あるいは合掌したまま倒れていく。執務室は、聖なる死体の山と化した。


(んぐ……んぐ……。今日のフレアさん、激辛スパイス効きすぎ。のど乾く……)


 少女は無心で吸い続ける。

 魔力が抜けるにつれ、フレアの体の熱が嘘のように引いていく。

 肩から立ち昇っていた蒸気が薄れ、やがて室温が常温に戻った。


 その代わりに、少女の小さな体がほんのりと温かくなっていた。

 翼が金色の余韻を帯び、角の先端が淡く輝いている。


 少女は口を離し、ぷはっと息を吐いた。

 お腹がパンパンだ。もう一歩も動けない。


(うぅ……食べすぎ……)


 少女はそのままフレアにしがみついたまま、ぐったりと動けなくなった。

 フレアはあわててその小さな体を胸に抱きしめる。


「……小さいの? 大丈夫か? 苦しくないか?」


「だいじょうぶ……おなか、いっぱい……」


 少女はフレアの胸に顔を埋めたまま、小さく呟いた。

 その寝息が規則正しくなり始める。




 ――眠った……か。

 なんという献身。なんという自己犠牲。この子は、私のために……!


 フレアは少女の髪をそっとなでた。

 やわらかな髪が指の間をすり抜けていく。


 こんな小さな体で、文句ひとつ言わず。

 私は、この子に何を返せばいい? 命か? 命では足りぬ。なら、魂か? 魂でも足りぬ……!


 フレアの目尻に、光るものが浮かんでいた。


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