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魔物の私を『国宝級に可愛い』と勘違いした女騎士が、過保護すぎる!  作者: こめりんご
第三章:聖女の巡礼。その旅立ちは、国を揺るがす事件となる

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第二十一話前 道化の空回り。その姿は、かつてのわたしのようで

 書架でその一角が封鎖された執務室。

 少女はフレアの膝の上に座っていた。


(よく分からないけど……嫌な人が来るのかな)


 やがて、受付係に案内されて、その男はやってきた。

 コツ、コツ、コツ。靴底を打ち付ける、威圧的な足音。


 入ってきたのは、痩せぎすの中年男性だった。

 仕立ての良い服を着ている。偉い人なのかもしれない。

 でも、書架の隙間から見えたその顔は、鼻にハンカチを当てて露骨に顔をしかめていた。


「なんだこの乱雑な有様は……。執務室は国の顔でしょう。こんな風に無秩序に物を積み上げて、整理整頓もできないのですか? これでは、貴国に背中を預けるなど到底不可能ですね。……だらしない。実にだらしないですね、貴国の騎士団は」


 いきなりの先制攻撃。

 騎士達が色めき立ち、拳を握りしめる。

 バリケード奥のフレアは動かない。その腕が、ピクリと震えたが、その美しい顔は氷のように無表情のままだった。

 ベールは機能している。この可憐な気配には気づくまい。フレアはそう信じていた。


「さっさと終わらせろ、ガストン卿。貴公の国の『平和条約』とやらは、騎士団の執務室を土足で荒らすことも含むのか?」

「ハハハ。……姿も見せずに問答とは、恐れ入りますね。騎士団長としての『礼節』も、その無粋な鉄屑の山の中に置き忘れてきたのですか?」


 ガストンの声には、あざけりがにじんでいる。


「私はただの視察ですよ。おや?」


 ガストンはバリケードの隙間から中を覗き込み、目を細める。

 その視線が、フレアの膝の上にある純白のベールに包まれた小さな影に留まった。

 眉をひそめ、何か言いたげに口を開きかけたが――すぐに視線を外した。


 フレアの腕に、ピキリと血管が浮く。

 座っている膝が、かたく強張っているのが分かった。


(うわぁ、典型的すぎて逆に清々しい嫌味な人だ……)


 少女はガストンを観察する。

(あのおじさん、すごい早口で文句言ってるけど……鼻毛出てるよ)


 フレアの腕が少女を抱きしめたまま動かない。

 いつもなら、こんなこと言わせておかないはずなのに。


(あ。これか。フレアさんが言ってた『伏魔殿(ふくまでん)』って)


 『足の引っ張り合い』『胃に穴が空くような競争社会』あれは、誇張ではなかったのだ。


 ガストンの嫌味は止まらない。予算、部下、そしてフレア個人への執拗な揚げ足取り。

 彼の口が動くたびに、執務室の温度が上がっていく。


「この作戦地図、情報が古い。平和ボケですか? これでは我が国との合同作戦など夢のまた夢ですね」


 ガストンは書架に並んだファイルを指でなぞり、顔をしかめた。


「遠征費の計上が雑だ。馬の飼料代など、現地調達で済むでしょう……。これだから『脳筋』は困る。予算をポケットマネーか何かと勘違いしているのでは?」

 

 騎士たちの拳が、ギリギリと音を立てる。

 でも、ガストンは止まらなかった。まるで、止まったら消えてしまうみたいに。


「それに……」


 ガストンは意地悪そうに笑みを浮かべた。


「その膝の上の『もの』。まさか、愛玩動物ではないでしょうね? 職場に獣を持ち込むなど、規律の乱れもここに極まれり、ですね」


 ミシッ。

 フレアの握る机の角が、きしんだ音を立てた。

 カレンとカイルが青ざめる。


「公私混同。予算の私的流用。失望しましたフレア・イグニス騎士団長。これでは来月の『合同演習』の指揮権は、我が国が頂くことになりますね」


 バキッ。

 フレアが手にしていた羽根ペンが、粉々に砕け散った。インクが飛び散り、机に黒い染みを作る。

 カレンたちが思わず一歩下がる。


(やばい。絶対やばい)


 少女は焦った。

 フレアさんが怒ったら、大変なことになる。止めなきゃ。

 小さな手で、フレアの服の端をぎゅっと握りしめる。


(落ち着いてフレアさん! こんな鼻毛の人のために、フレアさんが怒っちゃダメ!)


 少女は必死に、フレアの腕をぽんぽんと叩く。

 そして、ガストンの方を見た。


(あのおじさん)

 少女は、じっとガストンを観察していた。

 必死に人のあらを探して、必死に自分を大きく見せようとしてる。

 

 ――あ。

 この人、怖いんだ。


 わたしは、逃げた。

 この人は、噛みつく。


 やり方が間違っているだけで、本当は、ただ認められたいだけなのかもしれない。


(いつかのわたしみたい……)


 少女の瞳が、わずかにうるんだ。


 それが、ガストンの運命を決めた。


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