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魔物の私を『国宝級に可愛い』と勘違いした女騎士が、過保護すぎる!  作者: こめりんご
第三章:聖女の巡礼。その旅立ちは、国を揺るがす事件となる

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第二十話 聖域の攻防。その静けさは、あまりに厳かで

 インクと古い紙の匂いが漂う執務室。

 重厚な扉が開き、フレアが入ってきた瞬間、室内が静まり返った。


 普段のフレアの席は、壁際の書架と大きな執務机に囲まれ、静かに書類が積まれているだけの空間だ。

 だが今日は違った。

 入室し、自分の椅子に白い「何か」を置くと同時に、フレアは机の周りに巨大なバリケードを築き始めたのだ。

 普段からパーティション代わりの書架に囲まれていた自席を、さらに厳重な要塞へと強化していく。

 鉄の書架で隙間を埋め、完全に視界をさえぎっていく。

 書架の間には、かろうじて顔が見える程度の隙間だけが残された。


「「……」」


 カレンと騎士たちは、開いた口が塞がらなかった。

 自宅だけでは飽き足らず、職場まで要塞にしようとは、この上司はどこかおかしいのではないか。

 カイルがのんきに様子を見ようと近づくと、バリケードの隙間から、フレアの威圧的な声が響いた。


「近寄るな! そこから先は『聖域』だ。書類は投げろ! 私が空中で受け取ってサインして投げ返す!」

「フレア……仕事になりません」


 カレンが頭を抱える。

 ふと、バリケードの隙間から視線を感じた。

 目が合う。純白のベールの奥で、少女がにこりと微笑んだ。ふりふりと手を振っている。


「……」


 カレンは胃を押さえた。

 あの子だ。間違いない。


(だから復帰を……。そういうことですか)



        * * *



 安全地帯であるバリケードの内側に隠された少女はクッションの上に座って、絵を描いていた。

 フレアに渡された羊皮紙に、二人の棒人間を描く。大きいのと、小さいの。手を繋いでいる。


(わたし、絵下手だよね……)


 ふと、影が落ちた。

 顔を上げると、フレアが絵を覗き込んでいた。

 仕事の手を止めて、じっと羊皮紙を見つめている。


「何だこれは……! この芸術的な線の揺らぎ。この純真無垢(むく)な色彩感覚……やはり貴様は天才か!?」


 押し殺した絶叫に驚いた。


「いや、天才という言葉すら生ぬるい! この手を繋ぐ二人の姿……まるで古代叙事詩の挿絵ではないか!」


(そんなわけないよ?)


「もしや、これは私か?」

「うん」

「ふ、ふむ……」


 フレアさんの整った顔が、ほんの少しだけゆるんだ。


「後に複製して宝物庫に永久保存せねば! 今すぐ国宝指定を申請……いや、そんなことをしては衆目にさらされてしまう。貴様の才能を狙う輩が現れかねん」


(やめてね!?)


 顔を赤くして、止めようと口をひらく。

 でもすぐに、フレアがバリケードの外に目をやって顔を険しくしたことに気がついた。

 外の気配をうかがうように首を動かしている。まるで、誰かが近づいてこないか見張っているようだった。



        * * *



 絵画もしばらくすると、飽きてしまった。

 羽ペンを置いて、部屋の隅にある水場のほうを見る。バリケードのおかげで、そこも隠れて見えないはずだ。


(お茶くらい、わたしがいれてあげようかな……フレアさんピリピリしてるし)

(すぐそこのポットまでだから、大丈夫だよね……?)


 ちらりとフレアを見る。

 ちょうどそのとき、バリケードの隙間からカレンの手が伸びてきた。


「フレア、これだけは今日中に決裁を……」


 ドサッ。分厚い書類の束が机に落ちる。


「……チッ」


 フレアが舌打ちしながら、渋々と書類に目を落とした。

 羽根ペンを取り、サラサラと署名を始める。


(今だ)


 少女は息を殺し、抜き足差し足でバリケードの隙間からはい出た。

 小さな体が書架の間をすり抜けていく。




 その瞬間、執務室内の空気が変わった。


 純白のベールに包まれた小さな影が、水場に向かって歩いている。

 そーっと、静かに、床の木目を踏みしめながら。


 騎士たちの動きが止まった。誰も声を出さない。

 ただ無言のまま、一人、また一人と席を立ち、壁際へと下がっていく。

 まるで海が割れるように、人垣が静かに左右へ分かれた。


(? なんでみんな動いてるんだろう……でも、こっち見てないし、大丈夫かな)


 少女は首をかしげながらも、そのまま水場へ向かった。

 備え付けの魔道ポットからカップに水を注ぐ。こぼさないように、そーっと。


 その間も騎士たちは微動だにしなかった。呼吸すら止めている者もいる。

 彼らの目には、後光を背負った聖なる幼子が、けがれなき御手で聖水を汲む姿が映っていた。


(よし、こぼさなかった)


 少女はカップを両手で抱えて来た道を戻る。

 再び、無音のまま人垣が割れ、閉じていく。


 バリケードの隙間をくぐり、フレアの膝の上にちょこんと座り直す。

 そして、まだ書類と格闘しているフレアの前に、カップをそっと差し出した。


「はい、おちゃ」

「……ああ、すまんな――」


 フレアは何気なく受け取りかけて、固まった。


「…………」


 ゆっくりと顔を下げる。

 金色の瞳が、少女の顔と、カップと、バリケードの外を順番に見た。


「小さいの」

「うん」

「貴様、今……バリケードを、出たのか?」

「えへへ」

「えへへ、ではない!」


 フレアが少女を抱き上げ、全身を検分し始める。


「指は五本あるか!? 十本……十本だ。よし! 傷はないな。毒を盛られてはおらんな!?」

「だいじょうぶ……」


 少女はされるがままになりながら、小さく笑った。




 バリケードの外では、騎士たちが放心状態のまま立ち尽くしていた。


「今、奇跡が往復したな……」

「ああ……俺たちは何を見たんだ……」


 誰かがつぶやいた。


「あの御方が……みずから聖水を汲まれ……そして、団長に捧げられた……」

「我々は……その御業(みわざ)を目撃してしまったのだ……」


 騎士の一人が、震える手で胸の前に指を組んだ。


「あれ、なんでみんな泣いてるんすか?」

 カイルだけが首をかしげていた。


 カレンは無言で、常備薬の胃薬を水で流し込んだ。


 そこへ、伝令が息を切らして飛び込んでくる。


「ほ、報告! 隣国の外交官、ガストン卿が到着されました! 今すぐ団長に面会したいと……!」

「ああっ! もうそんな時間!?」


 カレンが驚愕に顔をしかめる。

 最悪のタイミングだ。


「ええぇ、待って、今この状況で面会なんて――」

「通せ」


 バリケードの中から、低く冷たい声が響いた。

 フレアが、少女を抱きしめながらゆっくりと立ち上がる。

 書架の隙間から見えるその顔には、張り詰めた笑みが浮かんでいた。


「私の愛しい天使との団欒(だんらん)を邪魔する愚か者が来たか」


 少女を抱く腕が、ぎゅっと強くなった。

 まるで、大事な宝物を隠すように。


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