第十九話 聖者の行進。その輝きはベールでも隠せない
朝もやが立ち込める王都の石畳を、重い靴の足音が響く。
昨日の今日で、電撃的な「同伴出勤」の開始である。
少女はフレアの腕の中でマントに包まれていた。
だが、背中の羽が内側から布を押し広げ、その合わせ目をわずかに開いていた。
少女は移動中、そこから外の世界を見ていた。
朝日に照らされた石畳。等間隔に並ぶ街灯。煙突から立ち上る白い煙。
パン屋からは焼きたての香りが漂い、野菜売りのおばさんが威勢よく声を張り上げている。
子供たちが笑いながら走り抜け、犬が尻尾を振って追いかけていく。
(キラキラしてる)
少女は目を細めた。
久しぶりの外。以前は街は怖い場所だと思ったけど、やっぱり明るい。
普通で、温かくて、眩しい。
(これが……フレアさんが守る世界……)
そのとき、フレアの腕がぎゅっとしまった。
「二度と、あのような思いはさせん。……顔を出さぬようにな」
「くるしいよ」
「すまん。だが、どうしても力が入ってしまうのだ……」
謁見以来、外に出すのは初めてだ。ベールの認識阻害は機能しているか――フレアの腕に力が入る。
「十分念入りに、ことごとく注意するのだ。よいか、外の世界は貴様にとって地獄だ。一歩でも私のそばから離れれば、即座に獣どもに食い荒らされるものと心得よ」
(やっぱり世紀末だった)
少女は心の中でツッコんで、しかしこくりとうなずいた。
(フレアさんの腕、いつもより強い。……苦しいけど、嫌じゃない)
見上げると、朝日に透けた金髪がきらきらと揺れていた。
この人は、本気で心配してくれている。
わたしのために。こんなにも。
(ありがとう、フレアさん……)
* * *
騎士団本部・正門。
朝日を浴びて白く輝く大きな門柱が見えた。
その前に立つ人たちが、こちらを見て姿勢を正した。
フレアがそのまま門をくぐろうとした。
「お、おい見ろ……団長が何か……『光』を抱えておられるぞ……?」
「なんだあれは……視界が白く……」
門番たちが、その場で立ち尽くす。
その視線が、マントの中──少女に釘付けになっていた。
手にしていた槍が、カタカタと震えている。
(……わたし、なにかした?)
「団長……その、マントのふくらみは……?」
フレアの体がピクリと止まった。ゆっくりと首を回す気配がする。
「も、申し訳ありません! 尊き御方とはつゆ知らず!」
姿勢を正した門番の、ガシャン!と鎧が鳴る音が、朝の空気に響く。
(睨んだだけで人を屈服させた……)
少女が心の中でツッコむと、フレアがマントをきつく引き寄せた。
そこを通り過ぎるとき、隙間から門番たちが柱にもたれてずるずると崩れ落ちるのが見えた。
(えっ、門番さんたち何やってるの! 貧血?)
門番の一人は、心の中で涙を流していた。
――団長の腕に抱かれたお方を見た。
わずかにのぞく小さな口元と、純白のベールごしに薄く見える慈悲深い眼差し。
……ただ、尊い。それだけで、頭が真っ白になった――。
彼は知らない。
その「神聖な視線」が、実はただ「眩しくて目を細めていた」だけだったことを。
ベールの認識阻害が少女の魔性に負け、その光が『神聖な謎』へとすり替わっていたのだ。
* * *
騎士団本部の廊下。
フレアはマントの中に少女を抱えたまま、ずんずんと廊下を進んでいった。
団長の足音だけが響く中、その懐の中の少女は、この世のものとは思えぬほど静謐だった。
マントの合間から、白いベールが窓からの光を吸い込み、あわく発光しているように見える。
ただそこにいるだけで、場の空気を清浄なものへと書き換えていくような、きよらかな存在感。
すれ違う騎士たちが、次々と異変を起こす。
「な……なんだ、あの光は……!」
「眩しい……いや、違う……! 尊い……!」
書類を抱えた若い騎士が、その場で立ち止まった。
巡回中の老騎士が、壁に手をついてよろめく。
談笑していた三人組が、一斉に直立不動になって壁際に張り付いた。
廊下にいた全員が、まるで申し合わせたように左右に分かれていく。
誰も声を出さない。ただ、体が勝手に動いているようだった。
「……なんだ、これは」
フレアが足を止めた。
いつもなら「団長!」と声をかけてくる部下たちが、今日は全員黙って道を開けている。
しかも、その目はフレアではなく、自分の腕の中を見ている気がする。
「……ふむ」
フレアは眉をひそめたが、すぐに納得した。
何を抱えているかわからないから、うかつに声をかけられないのだろう。ベールがよく効いている証拠だ。
フレアは満足げにうなずき、足早に執務室へ向かった。
(絶対バレてる……! なんでフレアさん気づかないの……!?)
少女はベールの奥で、顔を真っ赤にして縮こまった。
この後、当然のごとく『事件』が起きるのだが、そんなことはまだ誰も知らない。




