エピローグ これからも
数日後、フレアの屋敷。
少女はあの夜、魔の成長に伴い少し体が大きくなった。しかし暴走が収まるとその反動か、一回り小さく縮んでしまっていた。
そんな少女を診察し、フレアの友人である女医エリーゼはあきれたように額の魔導ゴーグルを押し上げた。
「手紙を受け取った時点で、すでに嫌な予感はしていたわ。……あなた、きっと『一人で抱え込む』ってね」
エリーゼはあきれと安堵がない交ぜになった溜息をつき、パチンと指を鳴らした。
「ま、最悪の事態は回避できたみたいだけど。……診断結果を言うわよ。要するに、ただの食べ過ぎ。それも特大の」
「食べ過ぎだと? あのような壮絶な闘いを経て消耗していたのだぞ! 心労でやつれたのではないのか!?」
フレアが食って掛かるが、エリーゼは無視して冷静に少女のお腹を指先でつついた。
「原因はここ。……貴女の『気』の話よ、フレア。貴女の魔力は、普通の人なら焼け死ぬほど過剰なの。前から言っているでしょう、貴女は歩く魔力の塊みたいなものだって」
「む……それは……」
「この子が吸ってるのよ。貴女のあふれ出る死ぬほど多量の魔力を、余すことなくね」
エリーゼはいつくしむように、少女の頭をなでた。
「普通なら、貴女の魔力を吸えば破裂するわ。でも、この子は違う。貴女の異常な出力に合わせて、その小さな器を進化させて適応している。……貴女にとって、この子はただの被保護者じゃない。貴女を生かし、平穏な日常を与えてくれる、唯一無二の『熱冷まし』なのよ」
フレアは深い感動に震えた。
わなわなと唇をふるわせ、少女を見つめる。
「……なんと。では、この子は己の身を挺して、私の呪いを祝福へと変えてくれていたというのか! これほどの愛、これほどの運命……!」
(……いや、ただのご飯なんだけど。すごい美味しいし)
心の中でツッコんだが、フレアの瞳があまりにうるんでいるので黙っておくことにした。
エリーゼは深いため息をつき、診察鞄をパチンと閉じた。
「まさに、対をなす別種ね。これほど完璧な『共生関係』は、医学書にも載っていないわ」
自分が一方的に「寄生」しているのではなく、「共生」できている。
その診断は、少女の胸に残っていた罪悪感をきれいにぬぐい去ってくれた。
「でもね。この子がずっと貴女の気を吸い続けるなら、他の男を近づけるのは無理よ。吸精種の縄張りに他の男が入ればどうなるか……貴女、一生結婚なんてできないわね」
エリーゼがいたずらっぽく笑って告げた意地悪な忠告。
だが、フレアは鼻で笑い飛ばした。一秒の迷いもなかった。
「ふん、そのようなこと。この子がいる朝食の平穏に比べれば、塵芥にも劣るわ!」
「即答ね。……まあ、お幸せに」
エリーゼは肩をすくめ、あきらめたように苦笑した。
*
エリーゼを見送り、夕闇に染まり始めた帰り道。
石畳に伸びる二つの影。
フレアは隣を歩く少女の手を、そっと握った。
見た目は繊細なのに、無数のマメが刻まれた、温かい手。
「……すまぬな、小さいの。貴様の献身に甘えていたのは私の方であった。これからは、より一層精進して、貴様に美味い気を吸わせてやらねばな」
フレアは真剣な顔で言った。本気だ。本気で「美味しいご飯(自分)」を作ろうとしている。
首を振り、フレアの手をぎゅっと握り返した。
その温もりは、魔物としての飢えを埋めるだけでなく、冷え切っていた前世からの孤独さえも溶かしていくようだった。
隣にいてくれる。手をつないでくれる。
それだけで、世界はこんなにも暖かい。
「……いっしょ、に」
「……ん?」
フレアが足を止めた。
たどたどしく、けれどはっきりと、大好きな人を見上げて微笑んだ。
今まで言葉にならなかった想いを、音に乗せる。
「いっしょに……かえる。……フレア、さん」
風が凪いだ。
フレアの目が、みるみるうちにうるんでいく。
彼女は周りの目も気にせず、少女を勢いよく高い高いして、そのまま強く抱きしめた。
「ああ、ああ! もちろんだとも! 共に帰ろう、我が家へ! 今夜は貴様の大好きなホットミルクを、鍋いっぱいに作ってやろうぞ! 砂糖も増量だ!」
(うれしいけど、お腹ちゃぷちゃぷになっちゃうかも……)
苦笑しながら、フレアの鎧の冷たさと、その内側にある熱い鼓動に、幸せそうに顔を埋めた。
ぎゅっと、フレアの服をつかむ小さな手。
(フレアさん、大好き)
――ここが、やっと見つけた、わたしの帰る場所。
了
小さいの、とフレアの物語をここまで読んでいただきありがとうございました。
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本編はここで一区切りですが、物語はまだ少しだけ続きます。
次回は、エリーゼ視点で語られる、二人の共生関係の秘密……。




