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魔物の私を『国宝級の可愛さ』と勘違いした女騎士が、過保護すぎて外に出してくれません  作者: こめりんご


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最終話 涙も絶望も溶かしていく。騎士が告げたひとつの答え

 湿り気を帯びた地下貯蔵庫の空気。

 そこには、甘く、それでいて生温かい魔性の香りが沈殿していた。


「……こ、ろ……して……っ!」


 フレアの腕の中で、震えながらのどを鳴らした。

 その口から初めて紡がれたその言葉は、ひどくかすれて、今にも消えてしまいそうなほどもろかった。

 背中の翼はだらりとたれ下がり、頭の角は隠しようもなく月光を反射している。


(フレアさんに見られた。こんな姿を。人を……あんなふうにしちゃったところを)


 床に転がる店主と司祭へ目を向けた。

 二人とも、かつての面影がないほどに痩せ、枯れ木のように静まり返っている。

 少女の手のひらには、まだ彼らから奪った生命の、どろりとした気持ち悪い熱が残っていた。

 洗っても落ちそうにない、罪の感触。


(わたしは……もう、戻れない……!)


 フレアの腕から伝わる体温が、今は痛い。

 こんな汚れた体で触れていい相手じゃない。

 早く離れなきゃ。突き放して、どこか遠くへ行って消えなきゃ。

 そう思って、少女が身をよじって逃げ出そうとした。

 だが。

 彼女を抱きしめるフレアの腕に、一切のためらいはなかった。

 むしろ、骨がきしむほどの力で抱きすくめられたままだ。


「馬鹿者!」


 頭上から、雷が降ってきた。

 空気がビリビリと震えるほどの音圧。

 少女が驚きに目を見開くと、そこには憤怒(ふんぬ)に顔を赤くしたフレアの顔。

 そこに、予想していた軽蔑の冷たさなど微塵もなかった。

 射抜くような真っ直ぐなまなざし。ただ、すべてを焼き尽くさんばかりの「怒り」と「熱」が渦巻いている。


「何を、何を寝ぼけたことを言っているのだ、貴様は! 殺せだと!? この私に、よくも言えたものだ!」


(……え……?)


 怒られている。

 化け物だからじゃない。「ころして欲しい」と言ったから、本気で怒られている?


「角があるのが何だ! 翼があるのが何だ! そんなものは……『守るべき箇所が他の者より少し増えた』だけのことではないか!」


 フレアは少女の頭上にあるまがまがしい角を、ゴツゴツしたガントレットの指先でゆるりとつまんだ。

 普通なら拒むべき魔物の象徴(かたち)。けれどフレアの手つきは、まるでほこりでも払うかのように無造作で、けれど絶対に傷つけることがないほど慎重だった。


「角ならば、毎日私が磨いてやろう。(かぶと)を磨くのは得意だからな、ピカピカにしてやる! 翼もそうだ、寝る時に体に巻き付ければ毛布代わりにもなって便利だろう! その程度の手間が増えたところで、この私がひるむとでも思ったか、大たわけが!」


 少女は呆然とフレアを見上げた。


「貴様が魔物なら、私は魔物の姉になる! 貴様が世界にあだなす者となるならば、私は世界を相手に貴様を守る盾となる! ただ、それだけのことよ!」


「……あ、……あぁ……」


 涙が止まらなかった。


 許されたわけじゃない。ただ、そんなことはどうでもいいと、力づくで抱きつぶされた。


「それに、見ろ。あのような不届者どもですら、まだ浅ましく息をついている。……貴様が殺せなかったのではない。この私が見込んだ貴様が、そのような無粋な真似、最初からできるはずもなかったのだ」


 フレアは大剣の石突きを、床の石畳に「ダンッ!」と力強く叩きつけた。

 凄まじい衝撃波が地下室を駆け抜け、よどんでいた空気を吹き飛ばす。

 その衝撃で、気絶していた店主と司祭の体がビクッと跳ねた。


「……う、うう……。ここは……?」

「わ、私は……何を……」


 間の抜けた声を漏らしながら、二人の男はよろよろと、はいずり始めた。


「ほら見ろ。生きている。……少しばかり、過激なダイエットには成功したようだがな」


 フレアは鼻を鳴らし、少女の頬を流れる涙を、無造作に、けれどこの上なく優しく指でぬぐった。


「……ぐすっ。……ごめ、んなさい……」


 必死に声をしぼり出した。

 まだたどたどしいかすれた言葉。


「謝るな。泣くな。笑え。……さあ、帰ろう。蜂蜜をたっぷりと入れた、温かいミルクを用意してやる。冷え切った体を温めねばな」


 フレアは軽々と少女を抱え上げ、出口へと歩き出した。

 その首に細い腕を回し、その胸当てに顔を埋めた。

 冷たい金属の向こう側にある、力強い心臓の音。

 その温もりは、魔物としての本能が求める精気よりも、ずっと、ずっと深く、彼女の中心をうるおしていった。




 地下室を出ると、外はもう深夜だった。

 凍てつくような夜風が吹き荒れている。

 だが、少女は少しも寒くはなかった。

 フレアが自身の純白のマントの前を大きく開き、少女の体をすっぽりと包み込んでくれているからだ。


 少女はフレアの首に回した腕をゆるめ、おずおずと自分の足を、それから地面を指差した。

 自分の重さを気にするように、申し訳なさそうに首をすくめてみせる。


「ならん。病み上がりの身体に、夜道の石畳は酷だ。それに、重いなどと戯言を言うな。私の装備重量に比べれば、貴様など羽毛布団より軽い」


 フレアは鋭い眼光で、夜の街をにらみつけた。

 深夜の巡回をしていた衛兵たちが、その凄みに気づいてビクリと直立不動になる。

 屋根の上で鳴いていた野良猫ですら、「ヒィッ」と短い悲鳴を上げて逃げ出した。


「それに、まだ貴様のその……『チャームポイント』を見られるわけにはいかんからな」

「……?」


 少女がおずおずと視線でたずねると、フレアはマントの中で少女の角を指先でコツンと愛しげに弾いた。


「角と翼のことだ。……無粋な連中に見せるのは惜しい。この世界には、まだ貴様を脅かす『害悪』が潜んでいるかもしれん。虫一匹、(ちり)ひとつたりとも、私の目の黒いうちは貴様に触れさせんぞ」


 腕の中に「国を滅ぼしかねない爆弾」を抱えているというのに、フレアの足取りは誇らしげで、どこまでも堂々としていた。


(……最強だなぁ、わたしの騎士様は)


 少女はマントの隙間から、フレアの横顔を見上げた。

 月明かりに照らされたその顔は、あきれるほどに美しく、頼もしかった。



        * * *



 翌朝、路地裏で「激ヤセした状態で記憶を失い、放心している店主と司祭」が発見された。

 人々はそれを「神様のお告げによる断食の奇跡」や「魔物に魂を売った報い」と噂した。




 一方、騎士団長の屋敷では、再び平和な朝……とは少し違う、新たな儀式が始まっていた。


「さあ、ローブを脱げ。角と翼の手入れの時間だ」

(え……? やるの? 本当に?)


 温かいお湯で体を清められた後、ベッドの上に座らされた少女は目を丸くした。

 だが、フレアは本気だった。手には最高級の武器手入れ用のネル布と、秘術で精製された高価なオイル(本来は彼女の愛剣である大剣の手入れにのみ許されたもの)が握られている。


「当たり前だ。貴様の体の一部となったのだから、それは私の管理対象だ。さあ!」


 うながされ、恐る恐る背中を向けて翼を差し出す。

 フレアは「うむ!」と満足げにうなずくと、職人のような真剣なまなざしで、オイルを布に染み込ませた。


 ぬる、とした感触。

 人肌に温められた最高級のオイルが、被膜に薄く広がっていく。


「……んう……っ!」


 変な声が出そうになった。

 そこを触られるたびに、背筋を鋭いしびれが走る。

 奇妙な、くすぐったい感覚。

 角を一本一本、丁寧に拭き上げられる。

 翼の骨組みに沿って、指の腹で揉みほぐすようにオイルを塗り込まれる。


「じっとしていろ。翼の根元が凝っているぞ。飛べもしないのに緊張させていたからだ」

「ふ、ぁ……っ!」

「我慢しろ。手入れを怠れば、良い機能も錆びつく。……ふむ、それにしても良い光沢だ。ワイバーンの最高級革よりも滑らかで、宝石よりも美しい」


 フレアの手つきに邪念はない。

 ただひたすらに、「愛するものが少しでも快適であるように」という献身だけが込められている。


「よし、ピカピカだ! これなら魔界の王族とやらも、嫉妬して逃げ出す美しさだな!」

(……そんな人、見たこともないよ……)


 磨き上げられた角が、朝の光を反射してつややかに輝いている。

 自分の「化け物の証」が、なんだか「自慢の宝物」に変わったような気がして、照れくさそうに笑った。


 ――そして、一日の終わり。眠りにつく時間になると、さらなる『仕上げ』が待っている。


「さて、仕上げといこうか」


 フレアが立ち上がり、部屋の四隅に何かを設置し始めた。

 重厚な金属音。

 それは、どう見ても対城塞用のアダマンタイト合金の支柱だった。さらに、窓には鉄格子の代わりに、分厚い魔法加工済みの防弾ガラスと、何重もの魔法障壁が展開される。


「……?」

「物理防御と魔法防御の複合結界だ。これで外からの干渉の一切が遮断される。そして……」


 最後に、ベッドごと少女を包み込むように、極厚の布が巻かれていく。

 今度はさらに、すごい。

 家宝であるドラゴニック・ニットを贅沢にも裏地とし、表面には対ドラゴン用の捕獲網に使われる繊維を織り込んだ、特注の「絶対守護布」だ。

三重、四重と巻かれ、少女の体は一回り大きなミノムシと化した。


「どうした? 不満か?」


 フレアが真剣な顔で覗き込んでくる。

 苦笑いし、不自由な体勢のまま、小さく、「ん!」と幸せそうに声を出した。




 自らを「バケモノ」と認めた少女は、最強の騎士という「殻」の中で、これからの日々を生きていくのだ。





次回、エピローグ。愛に満ちた、二人の新しい日々。


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