浪士組からの離反
「さて、飯も済んだところで、皆いいだろうか」
夕餉を食べ終わり膳を片付けたところで、近藤が床の間の前にドカッと腰を下ろした。それに続いて、近藤の両側に土方と山南も座る。
なにか大切な話が始まるのだと皆が察し、少しざわつきつつ、その向かいに全員が並んで腰を下ろす。
「先日の清河の署名の件で、山南君と歳から話がある」
そう前置きして土方と山南から語られたのは、昨日京に着いて早々に、清河に新徳寺へ集められた時のことだ。
難しい言葉をツラツラと並べていた話の意味を、土方と山南は2人で話し合っていたらしい。そして、ひとつの結論を導き出していた。
「端的に言う。昨日の清河の署名は幕府派の俺たち浪士組を、天子様の側の、自分に都合の良い組織に書き換えるものだったと俺達は予想している」
「清河は元々反幕派です。その男が幕府の金銭を使って江戸の浪士を京に連れてきた。そして幕府の目が届かないここで幕府を裏切り、意のままに操れる組織を作ろうとしている。という事です」
2人の説明で、自分達がとんでもないものに署名してしまったのではないかと、全員が冷や汗を流す。
幕府を裏切るつもりなど到底ないが、よく聞きもしないで署名してしまった事は事実だからだ。
「俺は家茂公御上洛に伴う警護のために京に来た。それを勝手に変えられて良しと出来るはずもない。俺は昨日の署名の訂正を清河に申し入れるつもりでいる。それによって浪士組を離れることになろうとも、考えを変えるつもりはない」
近藤が声高らかに言えば、試衛館の面々も「そうだそうだ!」と口々に答える。
「勿論これは強制ではない。もしかしたら江戸に帰る機を逃すことになるかもしれない。各々よく考えて決めて頂きたい」
そう締めくくって近藤達からの話は終わった。
試衛館のほぼ全員がその場で「残る」と宣言していたが、梓は返事をできずにいた。
(……あの予知夢はこの事を言っていたんだ。近藤さんの言うとおり、清河の策略にハマるのは嫌。それでも、私には近藤さん達のような幕府に仕えたいという大義はない。むしろ私は清河と同じ、幕府のお金を当てにして京に来たかっただけ。そんな私がここに残るのは、近藤さん達の邪魔になるのではない?)
考えても答えは出ないが、だからと言って眠ることもできず、梓は皆が寝静まった事を確かめると1人八木家を抜け出した。
やってきたのは壬生寺の境内で、月明かりに照らされたそこは静寂に満ちていた。
(考え事をするには最適ね)
脇差と大刀を左右の手に持ち、梓は低く身構える。
朝八木家でやった素振りとも違う、昼間沖田と手合わせした動きとも違う。
(昼間は沖田さんがグイグイ攻めてくるから自分の剣が出来なかったのよね。まだまだ未熟だなぁ)
切り掛かる時は縦に飛びながら、より相手より高い場所から。横から来た刀は逆手で受け、その反動を使って体を回転させ死角から打ち取る。正面から来た敵は脇差で受け、そこに沿わせるように剣先を斜めに滑らせ前のめりになったところを飛び上がって大刀で上から切り落とす。
相手を想定しながらの梓の剣筋は、飛んで回ってまるで剣舞。
月明かりを浴び、刀身をキラキラと輝かせながらヒラヒラと体と刀を操る。
(母様は女が刀を振うのを嫌がったてた。適齢期である16を迎える頃には道場への出入りも禁止されて、奉公に出なさいって。それでも私は刀を振る事をやめられなかった。奉公の帰りに色々な道場をこっそり覗いては、夜中に相手を想定して戦った。大体いつも父様か兄上に見つかって、そのまま指導してもらえたんだけど)
夜中の稽古はその時のことを思い出すから好きだった。
特に今日みたいな月明かりのある日は、父と兄が見守ってくれている気がした。
(兄上と父様なら、こんな時はなんて言うかしら。兄上なら「仲間になりたいなら怖がらずに飛び込め」かしらね。父様なら「まずはみんなと対話しなさい」って言いそうね)
刀を振いながら、今は亡き兄と父を思い浮かべて笑ってしまった。
翌日、朝らから梓は皆に聞き込みをすることにした。
「近藤さんと土方さんは、どうして京に来たんですか?」
「お、どうした?突然だな」
「昨日の話の後だ。こいつなりに考えてるんじゃねぇか?」
土方が梓の意図を汲み取って言えば、近藤は「なるほど」と納得して話しはじめた。
近藤と土方は、元は多摩の百姓だった。
近藤は所縁のあった試衛館の跡取りとして養子に入ったが、元が百姓だと馬鹿にされたらしい。
土方も奉公先をいくつも抜け出し悪さをし、綺麗だが棘のある薔薇にちなんで、バラガキと呼ばれていた。
そんな時黒船が来航し、時勢が大きく変わっていった。
そして3年前、桜田門外ノ変が起きた。
良くも悪くも、どこにでもいる浪士が国を動かす一歩を踏み出したのだ。
それを知り、近藤と土方は感銘を受けた。百姓だって国を動かせるかもしれない。百姓が武士になれない世の中なら、自分達は武士よりも武士らしい百姓になろう。
そのためにまずは、改革の中心、京に行こうということになった。と、2人は掻い摘んで梓に話した。
(やっぱりこの2人はすごい。しっかりと自分の考えを持って京に来ているのね)
梓は2人にお礼を言って、次の人に話を聞くことにした。
次に見つけたのは井上と山南だった。
2人にも話を聞いたが、井上は『近藤が好きだから』と、とても簡単な理由だった。
そして山南は、逆に時勢に深く関わり過ぎていて梓には理解しきれなかった。
(たぶん、自分の理想とする国の在り方と近藤さんの理想が似ていたから。みたいな内容だと思うんだけど……)
そして次は永倉と原田と藤堂。
この3人が京に来た理由は、なんとなく梓にも想像できた。
「そりゃ、面白そうだからかな」
「おう。近藤さんに着いていけば面白いことに出会えそうだなってな」
「おいおいおい。平助も左之もそんなんでいいのか?俺は一緒にされちゃ困るぜ?」
そうして永倉はなにやら語り出したが、自分の意見なのか飲み屋で聞いた事をそのまま言っているのか、耳障りの良いだけのような、そんな内容の話だった。
(確か時勢を語るのが、今の浪士の流行りだったかしら。永倉さんもそのくちね)
最後に沖田を探したが、沖田は玄関先で木刀を振っていた。
「沖田さん教えてください。沖田さんは何故京に来たのですか?」
「どうしたんです?また唐突ですね」
「今みなさんに聞いて歩いてるんです」
そう言えば、沖田は素振りの手を止めて「うーん」と顎に手を当てる。
「僕にはそんな大層な理由はないですよ。ただ近藤さんの役に立ちたかっただけです。あと、京に来れば強い相手に出会えるかなって」
「な、なるほど」
「あー!今それだけ?って思ったでしょう!」
戯けたように言われ、梓は全力で否定する。
「そんなことないですよ!私にこそ大した理由が無いですし!」
そこまで言えば、逆に「梓の理由はなんですか?」と聞き返されてしまった。
梓は恥ずかしくなりながらも、最初に掲げていた目標「京で一旗揚げたい」と沖田に伝えた。
「あはは!良いですねそれ」
「ちょ、笑わないでくださいよ」
「いや、ここだけの話ですけどね?」
そう前置きして沖田はニコニコして梓に近づく。
「近藤さんも、最初はそれ言ってたんですよ。京で一旗揚げて、百姓百姓って馬鹿にした相手に一泡吹かせたいって」
「え!?」
「今になって、何か聞こえが良いこと言ってますけど、最初の動機なんてそんなものです。だから梓も深く考えず、やりたい事をやったら良いのだと思いますよ」
そう言って沖田は木刀を差し出す。しかも天然理心流の極太の木刀を。
「差し当たって、今梓がやりたい事はこれでしょう?さっき店から受け取ってきました」
それを見て梓は目を輝かせる。
(木刀!私の極太木刀だ!)
梓は受け取ってすぐに近藤の元へ走る。
「近藤さん!木刀いただきました!大切にします!」
「お、総司から受け取ったか。これで益々強くなれるな」
「はい!がんばります!」
元気よく返事をして、梓は外に出て沖田と素振りを始めた。
後にした部屋で近藤と土方が「梓君はどうするか決まったかな」「あれくらい単純にしてた方がアイツには似合うさ」などと言っていることはもちろん知らない。
(私、大きな決断をする時はそれなりの理由がいるんだと思ってた。でも、やりたい事をやるのも選択なのかもしれない。ここにいれば自然と、ここにいる理由がなにか見つかるかもしれないし、見つからなくてもやりたい事ができる毎日っていうのも大切よね)
「沖田さん、私、もう少し気楽にやりたい事をやろうと思います」
「そう来なくっちゃ」
数日後、ついに浪士組から清河の使いがやってきた。
再び新徳寺に集められた面々に、清河は先日の署名が朝廷の学習院に通ったと報告する。そして声高らかに書状を読み上げる。
その内容は簡単に言えば、有事の際は呼ぶから、今は一旦江戸に帰るように。と言うものだった。
「聞いての通りだ。江戸に戻って天使様のため働こうではないか!出発はまた追って連絡する。ご異存あるまいな」
清川のその言葉に、近藤と土方と山南は顔を見合わせる。
「私は貴方の意見には賛同できない!京に残らせていただく!」
夢で見た場面がまた一つ現実になった瞬間だった。
近藤が声高らかに宣言すると、続いて芹沢が立ち上がった。
「よく言った近藤。わしも同じ意見だ。おい、行くぞ」
芹沢がそう言ってスタスタと出ていくと、その後を4人の付き人が着いて出ていった。
「お、おい!待て!署名はどうする」
「そちらは清河殿で書き換えておいていただきたい。失礼」
そして近藤もくるりと清河に背を向けて歩き出す。それに続くように試衛館の面々も立ち上がる。梓がどうするつもりか知らない平助は、心配そうに梓を見た後ゆっくり立ち上がる。
「梓はどうしますか?」
右隣に座る沖田が真っ直ぐに、しかし確信を持った目で梓を見れば、梓は「決まってます」と言って立ち上がった。
立ち上がるとき、チラリと清河を見れば額に青筋を立てて近藤の後ろ姿を睨んでいた。
新徳寺を出たところで、芹沢一派と試衛館の面々がなにやら話をしていた。
「近藤。お前達は今どこに間借りしておるのだ?」
「そこの八木家にお世話になってます」
「ほお。して、これからは浪士組の後ろ盾を失うことは分かっておるな?」
「もちろん。代わりの後ろ盾を探さねばなりませんな」
2人で腕組みをしながら、今日のところは後ろ盾の候補を考えて明日また話し合おう。ということになり解散となった。
そこまで話した後、少し離れたところに立っていた梓に視線を向けた芹沢。
「おぉ童。お前も残ったか」
「わ、童ではありませんと言っているではないですか。梓鈴之助といいます」
「鈴之助?似合わん名だな」
そう言ってワハハと笑って行ってしまった。
「梓、芹沢さんと知り合いだったのか?」
「知り合いというほどでは。下諏訪宿で少し話す時があっただけです」
藤堂に聞かれて答える。試衛館の面々の中では、芹沢は本庄宿ででたらめをやった乱暴者になっているのだから、良い思いはしないのだろう。
「あのおっさん、本庄宿でやったことはまだ許せねぇけど、さっきのには同感だな」
「土方さんもそう思ったか?俺もだ」
なにやらうんうんと頷いている原田と土方に、山南が「何のことです?」と声をかける。
すると平助が「分かった!」と手を挙げた。
「梓の名前だろ?鈴之助が似合わねえってやつ」
「私ですか!?」
いきなりの話題にびっくりする梓に、山南は心当たりがあるのか「あぁ」と笑った。
「それなら僕も薄々思ってましたよ」
「沖田さんまで!?」
「大体、之助ってのがよくねぇんだよ。鈴はいいけど、之助って」
「おい新八。それはこの左之助様に喧嘩売ってんのか?」
原田が永倉に掴みかかれば、井上が笑いながら「男っぽすぎるって事だろう?」と宥める。
「おいおい、どんなに似合わなくても梓君の両親が付けた大切な名前だ。馬鹿にしてはいかん」
近藤にまで似合わないと言われてしまい、名付け親である梓は顔を真っ赤にする。
(そんなみんなして似合わない似合わない言わなくてもいいじゃない!鈴之助かっこいいじゃない!)
怒る梓をみて、事情を知っている土方がただ1人声を殺して笑い震えていた。
その日の夜、梓はまた夢をみる。芹沢一派と試衛館の面々が裃を着て金戒光明寺と言うところを訪れる夢を。




