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手合わせ②



「それでは両者準備はいいか?」

「「はい」」

「初め!」


 近藤が合図すると同時に、沖田は一瞬で距離を詰める。ジリジリと間合いを詰めた、先程の原田との手合わせとは全く違う展開に、梓は防戦一方になる。


「どうしました?梓さん、まだ疲れてますか?」


 目にも止まらぬ速さで手数を繰り出す沖田だが、その顔はにこやかなまま話をする余裕まである。対する梓はなんとかついていってはいるが、言葉を返す余裕まではない。


(一度間合いを取りたいのに、下手に動けば打ち込まれそうで動けない)


 そんな時、壬生寺の入り口から土方が歩いてきた。

 「こんな所にいたのか」と呟きながら手には木刀を持っている。


「やめ!」


 近藤を差し置いて土方が声を上げれば、沖田は反射的にピタリと動きを止める。それによって梓も動きを止めることができた。


「どうした歳?」

「なんですか土方さん。土方さんは僕の次ですよ」


 楽しんでいるところを止められて不機嫌を隠さない沖田に、土方は苦笑いする。


「俺はやらねぇよ。梓にこれを渡しにきたんだ」


 そう言って手に持っていた木刀を差し出す土方。


「なんか短くねぇか?」


 原田が首を傾げるのは無理もない。土方が差し出したのは普通の木刀より短い、脇差と同じ長さの木刀だった。

 それを渡された梓は戸惑いながら、差し出された木刀と土方を交互に見る。


「知ってたんですか?」

「まぁな」


 そんな意味深の会話に、その場にいた一同は首を傾げる。


 梓の実家、鈴野木道場は独自の剣術を使っていた。

 門下生に教えるのは色々な流派をごちゃ混ぜにした一般的な剣術。しかし道場主である父と後継である兄はそれとは別に、大刀と中刀の2本を使う二刀流の剣術も好んで使っていた。それは梓も例外ではなく、門下生に混じって道場で竹刀を振る時は一本。そのほかの時間、兄や父に稽古をつけてもらう時は二刀流の剣術を習っていた。


 何故それを土方が知っているのか。梓の知る限り土方が道場に来たのは2回のみ。それもほかの門下生がいる時間帯、刀一本での稽古の時のみだった。

 それなのに二刀流を知っているということは、もしかして梓が知らないだけで、土方は父や兄と交流があったのかもしれない。あったとするなら……


「兄ですか」

「あぁ。妙に馬が合ってな」


 それ以上土方は話すつもりがないのか、木刀を再び差し出し「いるのかいらねぇのか」と問う。

 梓は戸惑いつつも木刀を受け取り、深く頭を下げると沖田の正面に戻り右手に大刀左手に中刀の構えを取る。


「……へぇ。それが貴方の本気ですか。楽しみですね」

「楽しませられるように頑張ります」


 言いながら、梓は右手の長い木刀を上段に振り上げ、左手の短い木刀を中段に構える。

 そして再び近藤が「初め!」と合図すると、今度は沖田だけでなく梓も一気に間合いを詰める。

 沖田の手数は相変わらず多いが、梓も二本の刀を器用に使いそれを弾きつつ攻撃も繰り出す。


「刀が2本になったところで、片手では防ぎきれないんじゃないですか?」

「そういう時はこうするんです!」


 沖田が力を込めて振り下ろした木刀を、梓は二本の刀を交差させて受け止める。ギチギチと音を立てる木刀をそのまま持ち上げるように弾くと、右の大刀は沖田の面に打ち込み、左の中刀で横から脇を狙う。

 それを察した沖田は梓の大刀をカッと弾き、脇腹に打ち込まれた中刀も流れるように払い落とすと後ろに距離をとった。


「さすが沖田さん」

「梓さんもやりますね」


 お互いに一言賞賛を贈ると、沖田は構えを変える。体を半身にし、体勢を低くして刀を引いた姿勢だ。

 梓は何か来ると警戒をし、防御に徹するため動きを止める。


 一瞬の後、沖田は再び一気に距離を詰め目にも止まらぬ、音をも置き去りにする速さで突きを3回繰り出す。

 梓は驚きながらも、頭で考えるより先に手足を動かした。


「やめ!」


 近藤の合図がかかり、シンッとした境内に沖田が巻き上げた砂利がパラパラと落ちた。


 止めの合図はかかったものの、沖田の刀は梓の首には届いておらず、首の前で交差した左右の刀の交点に突きつけられていた。


「お見事。まさか避けられるとは思いませんでした」

「い、いえ、必死で避けただけなので紛れ当たりです」


 ニヤリと笑う沖田に対し、梓は笑う余裕もなく口元をヒクヒクと動かす。


(あ、危なかった。まさか沖田さんがあんな大技を持ってるなんて思ってなかったわ)


 喉元から離れた沖田の刀に心底安堵し、はぁ〜。と長く息を吐きしゃがみ込んだ。


「お前凄いな。さすが晴太郎の妹だ」


 土方が頭にポンと手を置き、小さな声で耳打ちした。

 驚いて見上げた梓の目には、そこにいるのが土方ではなく、懐かしの兄に見えた。

 いつも稽古が終われば、一番に頭を撫でて褒めてくれた。その仕草や笑顔まで兄そのままで、幻覚だと分かっていながら懐かしい感覚に思わず涙ぐむ。


(兄上。いつでもどこでも味方でいてくれた優しい兄上。私、強くなったでしょ?たくさん褒めたいでしょ?褒めてくださいよ。……会いたいよ)


 ポロポロと2粒の涙がジャリに落ちたところで、梓はハッとして涙を拭う。男は泣かないと自身に言い聞かせ、深呼吸をして後ろにいる沖田や近藤原田に顔を向ける。


「大丈夫ですか?どっか当たってました?」


 振り向いた梓の目が赤いことに気がつき、先程までの狂気じみた笑顔ではなく心配そうに梓を伺う沖田に、梓は笑顔で返す。


「残念ながらどこにも当たっていません」

「フフフ。それは残念」

「お前らスゲェな!いやー良い試合を見た!なぁ近藤さん!……近藤さん?」


 興奮する原田が近藤の肩を叩けば、近藤はポロポロと泣いている。男は泣かないと思っていた梓は、驚きのあまり目を見開いてオロオロする。


「かっちゃん。相変わらず泣き虫だな」

「いや、まさか、総司とこんな良い勝負をする青年が居るとは。…俺は嬉しい!」

「親バカが過ぎるだろうよ」

「こんな泣き虫な親嫌ですよ僕」


 土方は苦笑いして親友の肩をポンポンと叩き、沖田は照れ臭そうに口を尖らせる。

 京を目指す道中、近藤と土方が幼馴染だということと、近藤が沖田を息子か弟かというくらい可愛がっている事を聞いていた梓は、そんな光景を微笑ましく見つめる。


「近藤さんな、総司が強すぎるのを心配してたんだ。同じ年頃にはもちろん、大人だって敵わねえ強さだからよ。その力を悪い方に使ったり、つまらなくなって刀を握るのを止めちまうんじゃねぇかってさ」

「……そうだったのですね」


(沖田さんを大切に思っていればこそ、心配なんだな。大切な子に真っ直ぐに育って欲しいというのは、何処の親でも親代わりでも変わらないよね)


「その点お前はスゲェ!その強さよくも今まで隠してやがったな!」


 原田は梓の首に腕を回し、髪の毛をぐちゃぐちゃと撫で回す。一応抵抗する梓だがそれは全くの無意味で、解放された時には前が見えないくらいボサボサ頭にされていた。

髪の毛も結い直すしかなく、髪を縛る紐を解く。


(もうほんと、原田さんって手加減をしらないんだな)


 ブツブツと文句を言いながら髪を結えば、原田はそんな梓を凝視している。


「な、なんですか」

「あ、いや、な、なんでもねえ!」


 なんでもないと言う割には言葉を紡げていないが、たいした意味はないだろうと梓は髪を結うことに集中する。

 一方の原田は、一瞬でも男に見惚れた自分を自分で殴りたい衝動に駆られていた。



 その日の夜、八木家で出してもらった夕飯を囲みながら、皆の話題は昼間の手合わせの事で持ちきりだった。


「おい左之助!なんで俺を起こさねぇんだ!そんな良い試合俺も見たかったじゃねえか!」

「うるせえ!ガーガーイビキかいてたのは何処のどいつだ!」


 食事中に関わらず掴み合いを始める永倉と原田を背に、井上は感心して梓を見る。


「まさか梓がそこまで強いとは。綺麗な顔してやるもんだなぁ」

「本当に。沖田君といい梓君といい、綺麗な顔の子は強い説までありますね」


 山南まで同調するが、それを聞いて原田と土方、それから何故か永倉までが反応する。


「山南さん、その説はあたりかもしれねぇぜ」

「あぁ。ここに更に2人いるからな。顔が良いのがよぉ」

「いや3人だ。この俺様を忘れちゃ困るぜ」

「お前は違うだろうが筋肉バカが!」


 再び掴み合いを始めた原田と永倉を無視して、今度は藤堂が口を尖らせる。


「なんで俺がいない時にそんな面白い事始めちゃうかな?俺だって梓と手合わせしたかったのに…。二刀流も見たかったしさぁ」

「平助が京探索なんかに行くから悪いんですよ」

「新しい土地に来たらまず探検するだろ」


 沖田が京探索()()()と言ったことに、更に機嫌を損ねる藤堂。


「わしも京の町を散歩してきたぞ。江戸とはだいぶ違うが活気があっていい町だったな」

「そうなんだよ!話す言葉も全然違って、なんつぅの?品があるかんじでさぁ」


 藤堂の機嫌を気にして、井上が話を振る。気遣いできる大人は偉大だ。


「八木さん達の言葉もなんだか上品でしたもんね」


 梓が同調すれば、藤堂は「そうそう」と相槌を打つが、また次第に元気がなくなる。


「やっぱ俺も梓と手合わせしたかったなぁ」

「またやりましょう!明日にでも!」


 梓が目を輝かせて誘えば、藤堂も「おう!」と機嫌を戻したのだった。







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