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手合わせ①





 各々やりたいことをやるという事で解散し、沖田と梓は玄関先の石畳に木刀を持ってやってきた。

 この木刀、なんと八木家当主が壬生村の家々に掛け合って集めてきてくれたものらしい。


「八木さん、木刀まで用意してくれて、ありがたいですね」

「そうですね。内心はどう思ってるか、分かりませんけどね」


 梓が木刀を振りながら言えば、沖田もブンッブンッと木刀を振りながら答える。その言葉に、梓は初日の奥方達のことを思い出す。


(そういえばあれきり八木さん以外の家の方を見てない気がする。もしかしなくても避けられてるんだろうな。八木さんも、逆らったら怖いからって無理やり良くしてくれてるなら申し訳ないなぁ。……それにしても)


 梓は自分の腕を止めることなく、隣で素振りする沖田をチラリと見る。

 同じように木刀を振っているだけのはずなのに、風を切る音がこうも違うのは何故だろう。と。

 男女の違いならどうしようもないが、それで良いとはしたくない。持ち手の握り方や振り下ろす速度、振り上げる位置まで模倣してみても、やはり良い音は出ない。


「梓さん、さっきから僕の真似ですか?」


 手を止めてニヤリと笑う沖田に、梓は「ゔっ」と言葉に詰まる。


「勝手にすみません。どうやったら沖田さんみたいに良い音が出るのかなって」

「梓さんだって良い音出してるじゃないですか」

「全然違いますよ!」


 梓が全力で否定すると「そうですか?」と沖田は首を傾げる。そして再び木刀を振り上げ下ろす動作をゆっくりと行った。


「梓さんと同じように、こうしてこうするだけですから、特別なことはしてませんけどね?」


(やっぱり同じよね?となると悔しいけど、やっぱり男女の体格差なのかな?)


 どうすることもできないのなら、やっぱり自分のやり方を磨くしかない。と梓は再び木刀を振る。

 ここ数日は足ばかりが疲れて、腕を鍛える暇は無かった。木刀を振るのはやはり楽しいと再確認しながら、一本一本丁寧に振り下ろす。


「おぉ、やっているな。俺も混ぜてくれ」


 玄関からそう言って現れたのは近藤だった。近藤も沖田や梓に負けず劣らずの剣道ばかな一面がある。

 そしてその手には梓や沖田の木刀とは明らかに太さの違う、まるで丸太のような形をした棒が握られていた。


「近藤さん、それを振るんですか?」


 梓が驚いて聞けば、近藤はニカッと笑ってそれを前に突き出す。


「これは我が天然理心流で使う木刀だ。腕力はもちろん肩も足腰も鍛えられる」

「近藤さん、それ持ってきてたんですか!?」


 自慢げに説明する近藤に、沖田は驚き木刀を確認するためか近藤に駆け寄る。


(天然理心流が使う木刀ってことは、当然沖田さんも使ってたってことよね?もしかして、音の秘訣はそれ?)


「近藤さん!その木刀、少し振らせていただけませんか?」

「おぉいいぞ。持ってみろ」

「梓さんの体格じゃ持て余すんじゃないですか?」


 沖田のバカにした物言いに、みてろよ。と闘志を燃やす梓。

 確かに受け取ってみると、一般的な木刀より太いし重さも全然違う。片手で振るのは手の大きさ的にも梓には無理だろう。


(すごい。こんな物があったんだ。握りはともかく、この重さに慣れていれば刀の重さで手首を痛めることも少なくなりそう)


 試しに100回ほど素振りしてみるように近藤に言われ、梓は太い木刀で素振りを再開する。

 近藤は道場主というだけあり、梓の振り方を見て悪いところは指導する。

 あっという間とはいかなかったが、100回振り終える頃には普通の木刀で300回振った時以上の疲れが腕と手に溜まっていた。


「この木刀すごいですね。短い時間でも鍛えられた気がします」

「そうだろうそうだろう。更に言うなら、そこから普通の木刀を振ってみると凄いぞ」


 何がどう凄いのかは説明されなかったが、沖田も近藤もニコニコしながら梓を見ている。

 梓は言われるがままに元の木刀を手に取ると、今度は細すぎて違和感を覚える。そして何より驚いたのは、木刀自体が手に持っているのかも分からないくらい軽いのだ。


「うわ、なにこれ。手に吸い付くみたい!」


 不思議な感覚に興奮する梓。興奮そのままに木刀を構えて振り下ろす。


ブンッ


「〜ッ!?今の!聞きました!?沖田さんと同じブンッて言った!凄い!木刀をこんなに軽く感じたの初めてです!」


 梓のあまりの興奮ぶりに沖田は笑い出し、近藤は「うんうん」と小さい子供でも見るような優しい笑顔を向ける。

 そんな2人は気にもせず、梓は「もしかして!」と玄関横に立てかけてあった自分の刀を走って取る。


(やっぱり!持ち手が手に吸い付くみたい。刀もいつもより軽く感じる!)


「近藤さん!その木刀凄いです!私も欲しい!」

「そうかそうか。では八木さんに木刀を売っている店を聞いてこよう」

「えー!今から行くんですか?2人とも行くなら僕も行こうかな」


 ということで、善は急げと言わんばかりに八木さんに木刀を扱う店を聞き出し、壬生の隣にある村まで向かった。

 そこで近藤が木材の質から太さや長さまで注文をつけてくれた。


「ありがとやす。明日には出来ると思います」


 同じ材質の木があったらしく、思ったより早くできるとのことで梓は大喜びだ。


「おいくらですか?」


 巾着を持って店主に聞けば、店主は首を傾げる。


「お代はさっきそちらはんに頂いとりますよ」

「ええ!?」


 店主が手のひらを向けるのは近藤さんで、近藤さんはハッハッハッと笑いながら「それでは頼んだぞ」と店を出てしまった。


「ちょっと近藤さん!困ります!木刀を買うくらいのお金は持ってますから!」

「何かまわんさ。ついでだし多めに注文しておいたからな。もちろん総司のもあるぞ」

「本当ですか?八木さんには悪いですが、やっぱり物足りないと思ってたんですよね」

「いや沖田さんは良いですけど、私は門下生でもないですし!」


 笑いながらスタスタと歩く2人を小走りで追いかけながら梓も引けないと巾着を開いて粘る。

 門下生でもないと言ったところで、近藤は足を止めてくるりと梓を振り返る。


「何を水臭いことをいってるんだ。京まで共に旅した仲じゃないか。なにより俺は、梓君にあの木刀を使って欲しい。あの木刀を振ってあんなに良い反応をしてくれたんだ。贈り甲斐もあるってものだろう」

「ふふ、確かに。あれは傑作でした」


 再び笑い出す沖田は無視して、梓は今度こそ近藤の気遣いを受け取ることにし、深々と頭を下げる。


「ありがとうございます。大切にします」

「あぁ。そうしてくれると嬉しい」



「何だお前ら、まだやってたのか?」


 八木家に戻って昼食を食べた後も、3人で素振りをしていたら原田が縁側から顔を出した。


「左之さんも一緒にやりますか?」

「いやー俺はここじゃ狭いからなぁ」


(確かに。槍はここじゃ振り回せないか)


「そうだ。隣の壬生寺を借りるか?さっき八木さんが人のいないところなら使って良いみたいなことを言っていたぞ」


 近藤の言葉に、梓と沖田は目を輝かせる。


(壬生寺を使って良いってことは、手合わせもできるんじゃない?ついに出来ちゃうんじゃない!?)


 期待に胸を躍らせていれば、不意に沖田と目が合う。沖田も同じことを考えているのか、2人してニコーッと笑うと木刀を持って我先にと壬生寺に向かった。


「あの2人、似た物同士かよ。俺はまだやるとは言ってねぇんだけどな」

「まぁそう言ってやるな。俺としては総司があんなに楽しそうなところが見れて嬉しい限りだ」


 後に残された近藤の言葉に、原田は内心(剣道バカに親バカ。ね)と微笑ましく思ったのだった。



 壬生寺は八木家の隣に建っており、境内はとても広かった。


「これは…、思う存分やれますね」


 ニヤリと笑う沖田に、梓もニヤリと笑い返す。


「おい梓、お前いきなり総司とやるのか?総司はこう見えてめちゃくちゃ強いぞ?」


 遅れて近藤とやってきた原田は「まずは俺で肩慣らしなんてどうだ?」と梓を誘う。


(沖田さんってそんなに強いの?確かに初めに強い人とやるのは勿体無いかも。楽しみは最後に取っておきたいし……。槍と手合わせもしたいし……)


「それでは原田さん、お願いします」


 ペコリと頭を下げる梓に、沖田が「そりゃないですよー」と不満の声を漏らす。それを見て近藤は笑い立会人を買って出た。


 

「両者準備はいいか?」

「はい!」「おう!」

「……初め!」


 距離をとって梓は木刀を。原田は槍を構える。

 半身になり両手で槍を横に持ち、少し腰を落として頭の少し後ろに槍を構える独特の姿勢に、梓は新鮮な気持ちで向き合う。


(これは、想像してたよりどう攻めていいか悩む……)


 ジリジリと距離を詰めるが、動きが予測できなくて攻めきれない。一度弾いてみたがやはり重く、その上すぐにぐるりと回って戻ってきてしまう。


「梓さーん、ビビってるんですかぁ?」


 外から沖田が煽る声が聞こえるが、梓は集中を切らさない。

 フーッと息を吐くと、横に飛び原田の背中側に回り込む姿勢をとる。すかさず原田も体の向きを変えるが、それを待っていたように今度は反対側に切り返す梓。身軽な分体の反動も少なく、すぐに原田のガラ空きの腹部分に詰め寄る。


「うお?!」


 急に距離を詰めた梓に驚き、体制を崩しつつ後ろに飛ぶ原田。そしてそこから蹴りを一発繰り出す。


「ッ!?」


 振りかぶる姿勢からすぐに腕を前に揃えて出し、蹴りを防御しつつ後ろに飛んで距離を取る。

 お互い後ろに飛んだところでまた間合いができ、睨み合うことになってしまった。


「す、凄いですね原田さん!あの体制から蹴りまで出せます!?普通無理ですよ!」

「お、おう。いや、凄いのは俺か?」


 素直に相手を褒める梓に、原田は戸惑いつつ間合いを突破されたときの動悸が治らず片手で胸を抑える。


「いやー凄いですね。梓さんがここまで動ける人だとは思っていませんでした」

「あぁ、大したものだ」


 側で見ていた沖田と近藤も見入ってしまう動きの速さ。

 つまらなそうに見ていた沖田だったがいつの間にか顔がギラギラと輝いているのに気が付き、近藤は人知れず微笑む。


(さっきのが通用したなら、今度は手数を増やして間合いを詰めよう。手が塞がってるから足が出てきたなら、その足さえ避ければつぎに出てくる手は無いはず)


 しばらく向かい合って軽く打ち込んでいた梓だが、頭の中で道筋を作り緩急をつけて再び横に飛んだ。


「同じ手が効くと思うな…お?!」


 一度切り返し腹に来ると踏んだ原田だったが、梓はそこから更に反対に切り返す。それにギリギリ反応する原田を見越して更に切り返せば、体制を崩した原田の正面に詰め寄ることができた。


(ここで気は抜かない)


 体制を崩した原田にそのまま切り掛かることもできたが、更に体勢を崩させるために槍に向かって数発撃ち込む。

 そして仰け反るようになった原田の首元に木刀を突きつけた。


「そこまで!」


 近藤の声でお互いピタリと動きを止める。凄いのは原田が仰け反った姿勢のまま動きを止めた事だろうか。

 お互いに離れて礼をし、やっと2人ともフーッと息をついた。


「お前、見かけによらず強いなぁ。そんで速い」

「原田さんこそ、何ですかあの動き。体の重心おかしいんじゃないですか?」

「そりゃ褒め言葉として受け取っとくよ」


 お互い息を整えながら讃え合えば、沖田が拍手しながら進み出てくる。


「いやーお見事。次は僕とですね梓さん」


 ニコニコしている沖田だが、後ろにはしっかりと闘志を背負っている気がする。

 梓もすぐに受けて立ちたいのは山々だが、原田との手合わせの後で少し休憩が欲しいところだった。


「そう急かすな総司。時間はまだある」

「時間はありますが、実戦では敵は待ってはくれませんよ」


(実戦。そういえば天然理心流は実戦を想定した剣術だと聞いたことがある。これから京にいれば実際に人を斬ることだってあるんだ。そんな時に疲れたからって待ってくれる相手なんて居るはずないよね。沖田さん達は、死闘をするつもりで刀を握ってるんだ)


 梓はフーッと深く深呼吸をすると、沖田に向き直る。


「次、お願いします」

「そう来なくっちゃ」


 真剣な顔をする梓とニコニコ笑う沖田を見て、近藤はハァと笑いながらため息を吐く。




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