浪士組京に着く
江戸を出立して15日。
長かった旅もついに終わり、一同は目的の町『京』に辿り着いた。
ゾロゾロと歩いていた一団は隊ごとに分けられ、そこから更にそれぞれ受け入れ先の家に割り振られる事になった。
梓含む試衛館の面々は壬生にある八木家に割り振られた。今回は井上も同じ家に割り振られていて、本人が1番安心していた事だろう。
八木家は壬生寺の隣にあり、入り口には立派な門が建っていた。
門から石畳の道が縦に続き、玄関の戸を開けると家主とその家族が頭を下げて出迎えてくれていた。
「遠いところをよぉおいでやす。八木家当主八木源之丞でございます。どうぞよろしゅう」
「江戸試衛館から参った、近藤勇と申す。しばし世話になる」
近藤が代表して挨拶をすると、他の面々も次々と頭を下げる。
八木家当主の奥方と母親らしき2人から全員にお茶が配られたが、お茶を出すその手は震えており、お茶を出すとすぐに奥に下がってしまった。
「どうやら歓迎されてないようですね」
沖田が梓に耳打ちし、梓もコクンと頷いた。
(江戸から来た見ず知らずの男達を家に住まわせるんだもの、そりゃ怖いし関わりたくはないわよね)
割り振られた部屋に荷物を置いたところで、浪士組取締役のひとりが玄関から声をかけてきた。
相手が相手だけに近藤が対応すれば、今すぐ新徳寺という寺に集合しろとの事だった。
(今着いたばかりなのに?)
一同不思議に思いつつ、取締役を待たせるわけにもいかず急いで後を追う事になった。
新徳寺に全員が揃うと、浪士組取締役の清河八郎という人物が前に立った。山南の話によれば、この清河八郎が浪士組の立案者らしい。
前に立った清河は分厚い蛇腹折の紙束を懐から出すとバラバラッと広げる。その先は床についてもまだ余っているように見える。
そして清河はその紙束を読み始める。周りからはザワザワと声が上がるがお構いなしだ。
「おいおい勘弁してくれよ。今からアレ全部読む気か?」
原田がそう言うのも無理はない。15日間毎日歩き続け、やっと目的地に着いてゆっくりできると思ったらこれだ。身体はとっくに休む気でいる所に、今度は頭を使えなんて頭は拒否するに決まっている。
「俺は無理だ。左之聞いといてくれ」
「できるか!」
胡座に刀を立てそれを抱き込むように頭を垂れる永倉は、既に寝る姿勢をとっている。それは永倉だけではなく刀を抱いているかいないかの誤差はあるが見渡す限り半数が同じ姿勢をとっていた。
清河は浪士組を作ろうと思い立った理由から、難しい言葉を使って丁寧に説明をしているようだった。そしてその話は今後の浪士組の目指す所へと続いていく。
途中まで梓も話の内容を理解しようと頭を働かせていたが、襲いくる眠気には勝てず意識を手放した。
うつらうつらとする意識の中で、近藤が立ち上がる。
「私は貴方の意見には賛同できない!京に残らせていただく!」
「よく言った近藤、わしも同じ意見だ。お前達行くぞ」
芹沢とその付き人3人、いや4人だろうか。それぞれ立ち上がって寺を出ていく。
そして近藤もくるりと清河に背を向けて歩き出す。それに続くように試衛館の面々も立ち上がる。梓の左隣に座る藤堂は戸惑った視線を梓に向けるが、何も言わずに立ち上がる。
「梓さんはどうしますか?」
藤堂が飲み込んだ言葉を、右隣に座る沖田が真っ直ぐに梓の目を見て紡いだ。
「さぁ皆、こちらに署名を!その後は各々指定された家で便りを待つように」
清河が突然声を張り上げた事で、梓はビクリと目覚める。
突然聞こえた署名とは何のことかと、寝惚けた頭で辺りを見回す。そして目に入るのは、さっき出て行ったはずの沖田と藤堂が隣で寝ている姿。更に見回せば近藤も芹沢もみんな座っている。
(さっきのは…夢?)
夢なのか現実なのか、ただの夢なのか予知夢なのか、状況が整理できない梓だったが、頭の整理が追いつく前に最前列に座っているものから順番に立ち上がり、長く伸ばされた紙に横並びになって署名を始めている。
「沖田さん!平助さん!起きてください。署名をするらしいですよ」
順番が来る前に沖田と藤堂を起こすと、寝ぼけた顔で「署名ってなんの?」と質問される。しかし梓もその答えは持っていない。
よくは分からないが、あの夢の通りなら近藤が何か行動を起こすはずだと前にいる近藤を見れば、何も行動を起こす事なく署名をしに行ってしまった。
(あれ?それじゃやっぱり、さっきのは予知夢じゃなくてただの夢?)
益々状況が理解できなくなりながら、梓は今度は後ろに座る永倉と原田を揺すり起こす。もちろん2人にも詳細は説明できないが、その頃には山南も井上も土方も署名をしていたので、前にならえで署名をする事にした。
「いやー。あんなの起きてられねぇよなぁ」
「ちげぇねえ。小難しい話すんなら明日にしてほしいよな」
新徳寺からの帰り道、藤堂と永倉が開き直って笑っている。
「僕は割と最後まで起きてましたよ」
「え、私が起きた時寝てたじゃないですか!」
「総司ぃ、良い格好しなくて良いんだぜ?」
原田と梓が沖田を見れば、沖田はフフフッと何かを思い出したように笑い出す。
「嘘じゃないんですよね。梓さんがコクコクしているのがあまりに面白くて、しばらく見てたんですから」
「え!?見てたんですか!?」
(寝顔見られたって!恥ずかしすぎる!)
「見てましたよー。こっちにフラフラあっちにフラフラと揺れてるのが面白くて面白くて。そのうちに平助にぶつかって、平助もビクッとするくせに起きなくて」
「うー…平助さんごめんなさい……」
「いやいや、起きてねぇし謝る事ねぇって」
寝顔を見られていた上に迷惑をかけていたと言う事実に居た堪れなくなっていると、原田が待てよ?と沖田を見る。
「起きてたんなら清河が何の署名をさせたのかも知ってるんじゃねぇのか?」
確かに!と全員が沖田を見るが、沖田は肩をすくめて首を振る。
「あんな難しい話聞いていられませんよ。梓を見るのに忙しかったですし」
「案外それが狙いだったのかも知れねぇな」
それまでずっと、後ろを黙って歩いていた土方が声を発した。今度は全員の視線が土方に集まる。
「それが狙いって、梓を見るのが狙いってことか?」
永倉が言えば、すぐさま土方が「そっちじゃねぇ」と突っ込みを入れる。
「そっちじゃねぇってことは、難しい話を聞かせねぇのが狙いってこと…か?」
原田が土方の言葉を代弁してくれるが、自分で言ってて理解できていないのか、首を傾げている。
(難しい話をわざわざしているのに、それを聞かせたくない?なにそれどういうこと?)
「土方くんもそう思いますか?」
何がどう伝わったのか、山南が同意している。
そして2人は真剣な顔をして話し込み始めてしまった。
「どう言う意味でしょうか?」
「わっかんねぇけど、2人が気になってんなら何かあるんだろうなぁ」
「難しい話は分かる人たちが考えてくれりゃいいんだよ」
「左之の言う通りー!」
永倉は原田と藤堂の真ん中に入るとに肩を組んでわざとフラフラと歩く。
そんな様子を見ながら、難しい話といえば…。と梓も夢でのことを思い出す。
(もしあれが予知夢だったとして、この後試衛館のみんなが浪士組から離れるとして、私はどうするんだろう。みんなといるのはすごく楽しい。それでも、目標があって京に来ているんだろうみんなの元に、ただ京に行くために宿代を浮かせたいからと参加した私がいつまでも居ていいのだろうか)
決断を迫られているのを感じて、梓は1人考える。その頭には沖田の「梓さんはどうしますか?」と言う言葉がこだましていた。
翌日になっても、特に浪士組からの連絡は来なかった。
八木家に出してもらった朝食は普通の家の朝食にしてはとても豪華なものだったが、江戸とは違った味付けに一同は戸惑っていた。
梓は少し酸味を持った漬物も出汁の利いたお吸い物も美味しいと思ったが、江戸の濃い味付けに慣れた面々は物足りなさを感じたらしい。
そして朝食を終え、今日は何をしようかという話になる。
せっかく京に着いたんだから京の町を見に行くと言う藤堂と、歩き詰めだったんだから1日くらいゴロゴロすると言う永倉。
どちらも捨てがたいと思う梓だったが、それよりも何よりもやりたい事があった。
「私は最近刀を振る時間がなかったので、一日中刀を振りたいですかね」
思ったことを口にすれば、唯一沖田だけが「僕も同感です!」と賛同した。そんな梓達を藤堂は冷めた目で見て、初日以来の「剣道ばか」と言い放つのだった。




