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大和屋の屋根の上




 佐々木があぐりを連れ脱走してから2日が経った。

 が、『佐々木が見つかった』と言う話は、未だ梓の耳に入ってこない。

 それとなく土方に探りを入れもしたが、見つかっていない事は確かなようで、だからと言ってこれ以上追っ手を出す気はないらしく一安心だ。


 その一方、佐伯の死体が例の路地裏で発見されたのは昨日のこと。

 下手人は誰かと騒ぎになるかと、名乗り出る気の無かった梓はビクビクしていたのだが、何故か芹沢が自分が粛清したと名乗り出た。

 その理由として語られたのが、士道に背いたため。

 それ以上のことは語られず、『何か芹沢の機嫌を損ねることでもしたのだろう』『横暴な芹沢らしい』と根も歯もない噂が広まっただけで片付けられた。



「芹沢さん!どうしてですか!」


 梓が離れに怒鳴り込みに行くと、芹沢は酒を煽っている所だった。傍にはお梅だけでなく新見もいる。突然怒鳴り込んだ梓を、新見は細い目で睨みつける。


「梓鈴之助。局長相手に失礼でしょう」


 まさか芹沢とお梅以外に人が居るとは思わず、梓は確かに礼に欠いたと謝罪する。

 そのやり取りが耳に入っているはずの芹沢だが、気にした素振りはなく酒を煽るのみ。いったいどれだけ飲んでいるのか、部屋は酒の匂いが充満し、飲んでいないのに酔いそうだ。


「……して、局長に何用ですか」


 芹沢の代わりに梓に問いかける新見だが、梓は何と言えばいいかと今更ながらに戸惑ってしまう。

 部屋にいるのが事情を知っているお梅だけなら、気にせず芹沢に食ってかかることが出来たのだが、新見が居るとなっては話が違ってくる。

 何に対しても口うるさい新見のことだ。佐伯を殺したのが梓だと知れば、下手したら私闘を禁じるという法度に背いたと切腹させられかねない。

 梓はその場に正座し居住まいを正してから、再び芹沢に向き直る。


「芹沢さんに聞きたいことがありまして。出来れば新見さんに席を外していただきた…―」


 梓が全てを言い終える前に、芹沢はゆっくりと立ち上がった。

 そしてあろうことか、酒とつまみが乗っていた膳を蹴り上げる。

 突然のことに梓が呆気にとられていると、芹沢はヨロヨロと梓に近づき、結ってある髪を掴んで持ち上げた。

 突然の痛みに、梓は何が起こっているのかも理解もできず小さく声を漏らす。


「童。何か勘違いをしておらんか。…お前如きにやる時間はないわ!」

「ッ!?」


 髪を掴まれ身動きが取れない梓は、そのまま壁に打ち付けられた。


 芹沢は横暴で暴力が酷い。特に酔った時は手に負えない。そんな噂はもちろん梓も知っていた。実際花街で暴れる芹沢を見たこともある。

 しかし、自分の前では違う。優しい一面さえ伺える時もある。梓にそんな驕りがあった事は間違いなく、それはたった今粉々に砕かれた。


 怯む梓に目を向けることなく、ドスドスと部屋を出ていく芹沢。それに続いて、新見も部屋を出て行った。

 残されたお梅は芹沢達を見送り、散らばった徳利とつまみの片付けを始める。


「……梓はん。もう芹沢はんに話しかけるのはやめた方がええよ。痛い目見るのはあんたや」


 頭を押さえて呆けていた梓はハッとし、ガバッと起き上がりお梅に向き直る。


「芹沢さんどうしたんですか?いつもはあんなんじゃ…―」

「芹沢はんはいつもああや。ちょっと優しくされとったからって、勘違いしたらあかんえ」


 梓の言葉を遮りキッパリと断言するお梅。しかし、梓はとてもそんな風に思えず、お梅に食ってかかる。


「芹沢さんに何があったんです?どう考えても急におかしいじゃないですか!」


 何がきっかけなのか、何かあったのか。それは自分のせいなのか違うのか。情報が整理しきれない梓は、詰め寄るようにお梅に問いかける。

 そんな梓に、お梅は心底嫌な顔をしてため息をつく。

 芹沢だけでなく、お梅の態度もいつもと違う事に気が付き、梓は少し身構える。


「……ひとつ教えたるわ。芹沢はんな、梓はんが女やってうちより先に知っとったんよ。おかしいと思ったわ。梓はんにだけ態度が違うんやもん。お気に入りやったんかな?せやけど、あんた今回あぐりはんを逃したんやろ?それで佐伯はんまで殺してしまって、芹沢はんが怒るんも無理ないわなぁ」


 梓に口を挟む魔を与えず、鼻で笑うように言い捨てるとお梅はお膳を持って部屋を出て行った。

 今度こそ完全に取り残された梓は、お梅の言葉を何度も頭で繰り返す。


(あぐりさんの事も、佐伯さんを斬ったことも、やっぱりバレてる。……そんな事より、芹沢さんが、私が女だって気付いてた?)


 いつ、どこで、何故バレたのか。心当たりは全く無い。

 混乱する梓の頭に浮かんだ事といえば、『士道に背くまじき事』という局中法度の一文。

 今まで黙認されていたとして、突然切腹を言い渡されることはあるのだろうか。今回のように芹沢の機嫌を損ねればありえないことではないのかもしれない。

 梓は乱れた髪を結い直し、芹沢が戻る前にと急いで離れを後にした。




 数日後、壬生寺の境内で京相撲の興行が行われ、壬生浪士組はその警護を受け持った。

 先日の川遊びでもそうだが、舟涼み後の大坂力士との一件以来、大坂・京の力士とは縁ができており、その縁あっての壬生での興行であった。

 普段は禁止される女性の観覧も許可され、壬生の人たちは大喜びで老若男女問わず集まって熱狂した。

 梓もその1人で、初めて目にする力士の取り組みに警護中だという事も忘れ見入ってしまったほどだ。

 しかし、その場に芹沢一派は誰もおらず、近藤が「誘ったが断られた」と肩を落としていた。


 先日の一件以来、梓は芹沢と会っていない。

 噂では毎日のように花街で酒を飲んで暴れ、資金調達に押し借りをして暴れ、と悪行を働いているらしい。


 一体、突然どうしてしまったのか。自分があぐりを逃し佐伯を斬った事が原因だろうか。と悩む梓だったが、自分が原因だったとしてこれ以上芹沢の機嫌を損ねるわけにも行かず、考えても考えても確かめる術はなく、悶々と日々を過ごしていた。



 その日の夜、事件は起こった。


 興行の片付けもあり、皆で遅い夕食を食べている最中、1人の隊士が八木邸に飛び込んできた。


「た、大変です!」


 飛び込んできた隊士はダラダラと汗を流し、走って上がった息を整える間もなく叫ぶ。


「せ、芹沢局長が、大和屋に火を!!!」



 大和屋とは葭屋町にある生糸や反物を扱う商家だ。

 最近、市井では生糸の値が暴騰していた。その理由が、この大和屋の買い占めのせいだったと分かったのはつい先日のこと。

 そして更に、そこで得た利を尊王攘夷派である天誅組と言う過激組織に流していることが分かった。芹沢が大和屋に出向いたのは、そこに原因があるのだろうと、大和屋に駆けつける道中、土方が皆に説明する。


「なんでそれで焼き討ちしようってなるんだよ?」

「俺が知るか!」


 永倉の質問を一蹴する土方を先頭に、近藤以外の全員で大和屋を目指して走っている。

 なぜ近藤がいないのかといえば、土方と山南が止めたからだ。

 豪商である大和屋に火をつけるなど、間違いなく大問題になる。その場に芹沢だけでなく近藤まで揃ってしまえば、芹沢の独断ではなく壬生浪士組の制裁だと思われてしまいかねない。それを回避するための近藤不在であった。


 屯所を出て少し走れば、煙の匂いが鼻につく。それはどんどんと濃くなり、パチパチと火花の弾ける音も聞こえてくる。

 大和屋の前の通りに辿り着けば、火消しや野次馬の群がる先に、壬生浪士組の隊服が見えた。数は10人程だろうか。大和屋の入り口を取り囲み、抜刀までして火消し達が近付くのを阻止しているようだった。

 

「てめぇら!こいつはどういう状況だ!」


 土方の怒号が飛べば、大和屋を囲む隊士達がびくりと肩を振るわせる。

 鬼の副長の登場に、皆が後ろめたさから目を逸らすが、土方はお構いなしにその中の1人を捕まえて話を聞き出す。


「や、大和屋は天誅組に資金を出すくせに、壬生浪士組には出さないと…だから見せしめだと……」


 しどろもどろに答える隊士は更に、「局長から誰も通さないようにと言い使っています」と申し訳なさそうに、副長である土方始め幹部である皆も通す事ができないと続ける。

 同じ局長である近藤がいれば、隊士達の警戒を解く事ができたのだろうが、生憎ここには居ないため皆で下から説得するしかない。


 燃えているのは大和屋の蔵。ご丁寧に蔵の火が周りに燃え移らないよう、隣り合う貸家は取り壊されている。

 使用したのかしていないのか、大砲まで持ってきてあるのだから驚きだ。

 そんな状況で、当の芹沢はどこにいるのかと言えば、大和屋の屋根の上。皆の呼びかけも耳に入らないのか、瓢箪に入った酒を煽りながら轟々と燃える蔵を見て高笑いをしている。


「チッ。無茶苦茶しやがって」

「これは……流石に庇いきれませんね」


 頭を抱える土方に同調するように、山南が辺りを見回してため息をつく。

 燃える蔵の炎は夜空を照らし、異変に気付いた与力や会津藩の人間も何人か集まってきている。

 そんな中、駆けつけた全員で降りてくるように声をかけるが、芹沢は無視して酒を煽る始末。

 梓はと言えば事の大きさに言葉を失っていたが、下から呼びかけても意味がないと早々に諦め、警備する隊士の目の届かない所まで走っている。


(芹沢さん、なんでこんな事を…!)


 裏の通りから大和屋に近付く事ができ、そのまま素早く足場を探し建物をよじ登り屋根までたどり着く。

 蔵から近い場所を登ったため、ただでさえ蒸し暑い夏の夜に熱風を浴びて汗が噴き出る。


「え、梓さんいつの間に?」

「うおい!危ねぇぞ降りろ!」


 下にいる沖田と藤堂の声が聞こえ、大丈夫だと手を振ると真っ直ぐ芹沢の元に向かう。

 芹沢は相当酔っているのか、梓に気付くことなく酒を煽り「燃やせ燃やせ」と上機嫌に笑う。

 屋根に登れば蔵の炎はますます近く大きく感じ、これから火消しをしたとしても中にあるだろう反物や生糸は助からないだろうなと確信する。


「芹沢さん。何をしているんですか」


 できるだけ刺激しないように、平静を装って声をかければ、芹沢はやっとあずさの存在に気が付き顔を向ける。


「なんだ童。お前も見物か?」

「……やりすぎです」


 梓の声が震えた。先日髪を掴まれ壁に打ち付けられた痛みを思い出したからか、それとも目の前で狂気を振るう芹沢を素直に恐れているのか。

 そのどちらでもないと、梓の視界が歪む。


「男が泣くな」

「男じゃないって知ってるくせに」

「……ふん。お梅か」


 こうして話していれば、少し前の気怠げに梓の相手をする芹沢に戻ったようだった。


(大丈夫。まだ戻れる。まだ、確定していない)


 梓の心に少しの希望が差し込む。ここで説得できれば、心を入れ替えてくれれば。と。


「童。わしはいつ、お前が女だと気付いたと思う」

「……わかりません。いつですか?」


 そんな話をしている時ではない事は百も承知だが、消火活動すら意味を成しそうにない蔵の状況を前に、焦ってもしかたない。と、梓自身聞きたかった事を聞き返した。

 梓が話にのった事で、芹沢は酒を置いて鉄扇を取り出す。





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